日本から震災・復興に 向き合う人々 久慈 浩介さん

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久慈 浩介さん

久慈 浩介さん

久慈 浩介さん

震災後、Youtubeに「自粛するよりも花見をしてください」という動画が流れ、話題となった。仕掛け人は岩手県の酒蔵、南部美人の久慈さん。「東北の酒を飲もう」「東北の食材を食べよう」という発信を通して、地域や行政とともに東日本大震災を忘れないでほしいという想いを胸に精力的な活動を行う。

南部美人をはじめ東北地方の酒造にとって、震災から今まで新たなチャレンジの連続だったと思います。(気仙ブランドKIBOのアメリカ進出など)この4年間を振り返って、久慈さんが一番のチャレンジだったと思われていることはなんでしょうか?

やはり震災当初の「自粛するよりも花見をしてください」という「ハナサケニッポン」というグループのYoutubeでのお願いが1番の挑戦でした。これは皆さんに支援されましたが、このお願いが無ければ東北の酒をはじめとする産業の早期復興はかなわなかったと思っています。このお願いから「東北の酒を飲もう」「東北の食材を食べよう」というムーブメントが起こり、「被災地応援消費」という今までの日本の災害では無かった新しい支援の形が出来上がりました。実はこの被災地応援消費は今でも続いています。

復興食堂というプロジェクト

復興食堂というプロジェクト

落語を披露してくれている

落語を披露してくれている

ボランティア美容師による散髪@避難所

ボランティア美容師による散髪@避難所

子供達へ駄菓子の支援@避難所

子供達へ駄菓子の支援@避難所

2015年を迎え、東日本大震災発生から5年目となりました。震災の風化について危惧されていますが、風化は進んでいると思いますか?

風化は確実に進んでいます。テレビやラジオは確実に震災の話をしなくなり、唯一定期的に報道されるのは福島第一原発の現状などです。最近では結構大きな余震があっても、取り上げられなくなってきました。1月に神戸の震災の様子がかなり取り上げられ、その中でも神戸が見事に今の姿に復興している映像がかなり流れたので、東北もそんな感じだろう、と間違ってしまっている方も多そうで恐ろしいです。

政府、行政によると震災4年目の年である2014年はチャレンジの年だされていましたが、実際に今までの年と2014年を比べて、行政、国の取り組みの変化はありましたか?

行政の取り組みは、初期の復興支援とは大きく変わってきました。今度は生活の再生、そしてその後のまちづくりの事など考えるようになってきたと思います。予算もたくさんついていますが、まだまだ使いにくい補助金が多く、実際についた予算の執行率は60%程度だと記憶しています。つまり、お金があるけど、それを使わせられていない、ということです。もっと柔軟に使えるお金や、民間のアイディアなどもたくさん取り入れてほしいのですが、岩手の大槌町で起こった補助金横領事件などもあり、なかなか柔軟にというのが難しいのかもしれません。ただ、確実に行政の方々は復興を前に進めようとしています。特に当事者である市町村の行政は一生懸命だと感じますが、県や国のお伺いをしてからでないと動けないのはかわいそうです。もういっそのこと、市町村にドンとお金を預けて「自由に使って」としたほうがもっと早く復興は進みそうです。しかし、土地の所有問題などがかなり大きく、進めたくても進められないジレンマはみんな持っていると思います。

お年寄り世代が長引く仮設住宅生活の末、地元を離れるか否かの選択を迫られていると本誌コラムで書かれていましたが、実際そういった方達は地元を離れられているのでしょうか。また若者達の地元離れは一層進んでいるのでしょうか。

お年寄りは自分で家を建設することが出来ない方が多いです。そうなると、被災地以外の親族のところに身を寄せる方も多いですし、若者は家を建てられますが、土地が決まらなかったり、3年、5年後となると、モチベーションが保てません。さらに若者は仕事の場が、震災前の希望するものと全く違う事が多く、漁師が建設業をしていたりしています。そういった仕事のミスマッチは大きな問題だと思います。もとから長く沿岸にすんでいた方々とは違う、縁の浅い人たち、そしてそんな中の若者たちは便利な盛岡や仙台に家を購入して、仕事も見つけて移り住んでいる方も多いです。しかし、そうじゃなくて、仕方なく内陸地方で仕事をしていたり、店を開いたりしている人も、「いつかは地元に戻る」と決意している方々もいます。酒の世界では「酔仙」さんがそうで、大船渡に蔵を建設して今酒造りしていますが、そこはあくまで「大船渡工場」としています。本社は必ず陸前高田に建設する、と心に決めているそうです。

震災から5年目を迎える今年、酒造として今後展開される希望、復興をどのように伝えていきたいか、また目標としていることを教えてください。
避難所になったお寺

避難所になったお寺

まず東日本大震災を過去のものにしてほしくない、忘れてほしくない、というのが一番の願い、希望です。まだまだ復興の道半ばの方々は多いですし、復興と言う言葉すら当てはまらない方もいます。そういった方々を置いていくような政策は日本政府にもしてほしくありません。そのためには、毎月11日の月命日にはどんな形でも震災の話題をマスコミには取り上げてほしいです。事実、岩手日報という新聞は、毎月11日には必ず震災の記事を書きますし、今でも毎日1ページは震災の話が書かれています。地元の新聞だけではなく、日本全国で被災地に寄り添ってほしい。ただ、震災後も台風の被害など日本全国で大きな災害がありました。そういった災害はもうすでに報道すらされていません。それから比べるとまだ東日本大震災は取り上げられている方ですが、被災地の人たちは忘れ去られることを一番悲しく思っています。同じ日本人として、ぜひ東北の復興していく姿を共有してほしいと私も思います。そのためには私たちは、震災直後からお願いしている「被災地応援消費」を日常のものに出来るように、これからも地道に活動していきたいと思います。もう派手な活動よりも、どれだけ地道に活動を長く続けられるか、根気の勝負だと考えています。しっかりと地元に根付き、東北の明るい未来を夢見て復興活動をこれからもずっと続けていきたいと思います。海外の方々にもぜひ忘れてほしくない、この東日本大震災を。まだまだ泣いている日本人、東北人は思っている以上に多くいます。だからこそ、忘れないでくれるだけで私たちは頑張れます。声をかけてくれなくてもいい、支援のお金とか出してくれなくていい、とにかく「忘れないでほしい」これが一番の願いです。


久慈 浩介さん

東京農大醸造学科を卒業後、東京での研修を経て、南部美人に戻り、冬 は蔵で酒造りを指揮し、春夏は南部美人と日本酒の良さを伝える「南部美人ライブツアー」 を開催。また、年に十数回、造り酒屋の仲間たちとフランス、アメリカ、香港などで酒の 会やセミナーを開催するほか、海外向けコラムを連載するなど世界に向けて日本酒の文化的価値の向上に取り組んでいる。 さらに、青年会議所に所属して活動した経歴を持つほか、現在も二戸市観光協会理事な ど多くの役職に就任し、地域づくりにおいても幅広く活躍している。