ないとどうなる?遺言書|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第1話】

一般に「遺言書」と聞くと、「遺言なしで死亡した場合、やっぱりカナダ政府に遺産を取られるんでしょう?」、「遺言を作るほどの財産なんてないから必要ない。」、など皆さん様々な考えをお持ちです。今回は、遺言書の役割についてお話します。

遺言書の役割

遺言書(Will)とは、死後に残された財産の行方を決めるための法律文書です。オンタリオ州では、遺言書には主に二つの役割があります。一つは、遺言執行人(Executor)の任命。もう一つは、死後の財産、すなわち「遺産」(Estate)の分配方法を指定することです。

①遺言執行人の任命=あなたの願いを届ける人を確保する

「遺言執行人」とは、あなたが他界したときに、あなたの最後の願いを届ける、故人の代表者のことを言います。遺言執行人の主な仕事は、あなたの代わりとなって、様々な事務手続きを行い、残された財産を回収・整理し、税金・債務・諸経費を支払います。そして、遺言執行人は、遺言書に書かれた故人の指示に従って、遺産を分配し、相続人に届けます。

②遺産の分配指定=あなたの希望を明記する

もう一つの役割は、あなたがご自分の遺産を「誰に、どのように、どのくらい残したいか」を指定することです。これは、愛するご家族のためだけではなく、慈善団体や教会など、ご自分が支援したい先にお金を遺すこともできます。

とにかく面倒な無遺言の手続き

それでは、遺言書を残さずに亡くなってしまったらどうなるのでしょう。とにかく困る場面がたくさん生じます。

①遺言執行人がいない=あなたの声を届ける人がいない

一番困るのは、遺言執行人がいないために、あなたの代わりになって様々な手続きができる人がこの世にいないということです。車の売却、銀行口座の解除、投資の現金化、不動産の売却など、遺言書があれば比較的スムーズにできることが、簡単にできません。そのため、「遺言執行人」の代わりとなる、「無遺言のための遺産管財人」(Estate Trustee Without a Will)を裁判所で選任しなければなりません。また、この手続きには、遺産の大きさは関係ありません。さらに、遺産管財人の任命許可が下りるまで、遺産は全て凍結されることになります。そして何より、この手続きのために、多くの時間と費用を費やすことになり、残されたご家族の精神的・経済的な負担になります。

②あなたの希望が書面に残されていない=あなたの声が届かない

遺言書には、あなたの最後の願いを伝えることができます。しかし、遺言書を残さず亡くなると、あなたの希望とは無関係に、遺産の分配について、すでに政府が決めてくれたプランに従うことになります。これは、「法定相続法」と呼ばれ、法律で決められた相続人に、決められた割合が残されることになります。この法定相続法による遺産配分は、ご本人の希望に沿わない場合が少なくありません。その典型的な例が、次の二つです。

【A】遺したくない相手に遺されてしまうケース:もし法律婚夫婦の一方が別居中に無遺言で亡くなった場合、第一順位の法定相続人は、別居中の妻や夫となります。そして、遺産の中から20万ドルを最初に優先的に受け取る権利があります(Preferential Share)。

【B】遺したい相手に遺されないケース:コモンロー(事実婚)の夫婦の一方が、無遺言で亡くなった場合、残されたパートナーには、法定相続権が一切ありません。法定相続人は、子供や兄弟など、血縁関係に従って遺産が分けられます。そこで、残されたパートナーは、法定相続権がないため、裁判所を通して、扶養者手当請求(Dependant’s Support Claim)などの何らかの金銭的支援を訴えるしかありません。

最後に、遺言を残さず死亡した場合、政府に遺産を取られてしまうと思っている方が多いようですが、ほとんどの場合はそうではありません。先に述べたように、法定相続人が遺産を受け取ることになります。しかし、世界中どこを探しても血縁者である法定相続人が見つからない場合、最終的には、オンタリオ州政府に遺産が行ってしまう可能性もあります。

このように、遺言書は、あなたが他界した後、あなたの声を届ける人を確保し、あなたの希望を法的に実現する大切な手段です。そして、遺言書を作ることは、ご自分の財産だけではなく、残された家族を守るためのものでもあるのです。


スミス希美(のぞみ)

福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。