園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第65回 保護犬ビオラ・アダプション記念日

第六十五回 「保護犬ビオラ・アダプション記念日」

23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。


ちょうど一年前の今頃、我が家に保護犬ビオラがやってきました。ビオラはパピーミル出身の8歳の女の子。パピーミルとは「仔犬工場」の事。営利目的で、特に人気の犬種(時にネコやその他の愛玩小動物)を劣悪な環境下で大量に繁殖させる悪徳業者(ブリーダー)のことを言います。最適な環境のもと純血統犬種を残す目的で適切な繁殖を試みる本当の犬愛好家ではなく、金銭欲のみの営利目的で犬の繁殖をする反人道的なブリーダーです。犬は命ある生き物として扱われる事なく、あくまでも「商品」であり、それも人の目に触れない場所での商品生産ですからその環境は想像を絶するほど酷いものなのです。

ビオラは8年間(推定)もの間、小さな繁殖用のケージから出た事がありませんでした。繁殖機能が無くなり、アメリカの殺処分の施設に捨てられた所をカナダの保護団体が助け、トロントに連れて来たのです。保護された時は全身の長い毛はべったりと糞尿まみれで固まり、皮膚はただれ、口の中も歯は小さく真っ黒で歯茎も炎症が著しく、歯をほぼ全部抜き取らないといけない状態でした。人にも慣れていませんでしたから、少しずつ家で飼われる事を学びながらフォスターファミリーの元でフォーエバーホームを待っていたのでした。

元々犬が2匹いた我が家でしたが、去年の夏に一匹を亡くし、もう一匹も私もかなり落ち込んでいたため、家族で話し合い、かねてより考えていた保護犬を迎え入れる事になり、インターネットで保護団体を調べている際に出会ったのがビオラだったのです。

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私達家族はビオラを車で北に1時間程のフォスターファミリーの元に引き取りに行きました。私たちに会うのも恐れ、失禁してしまった程だったのです。帰りの車の中もずっと震えていました。家に着いたとたん、走ってどこかに逃げようと逃げ道を探して、終いにはソファーの後ろに隠れて出て来ませんでした。用意していたベッドも毛布も使う事はなくフロアで眠り、食事も摂らず、ただただ怯えていました。長年ケージから出た事のなかったビオラは何もかもを恐れていました。

首輪もひもも怖がり、お散歩すら出来ません。今までケージの中でトイレを済ませ、その中で寝ていたのですから、家の中どこでもしたい時にしたい所でトイレをします。裏庭に出させたら、家に入るのを恐れ、何十分も中に入って来れません。ちょっとした物音でもこの世の終わりかと言うくらいビックリし、飛んで逃げて行きます。人のそばが怖いのでとにかく隠れられる所があればどんな狭い所でも隠れます。

この仔はどんな過去を強いられて来たのだろう…と思うと胸が締め付けられる思いでした。長期戦でしたが、日が経つにつれ少しずつ少しずつ安心感を得て行った様で、ビオラは心を開いて行ってくれたのです。

そして1年。ビオラはすっかり我が家の一員になりました。まだまだ、怖いものはたくさんありますが、相棒犬から色んな事を学び、我が家を自分の家だと認識し、多くの事が出来る様になりました。

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今ではトイレがしたくなったら裏庭のドアまで行って教えてくれ、家族が家にいなければトイレシートの上で出来、お散歩時には首輪もリーシュも付けられ、冬にはジャケットやブーツまでちゃんと着用するまでじっと待ち、ソファーの上でリラックスしてお腹を丸出しにして眠るのです。私達家族が帰って来たら、もうこれでもかとシッポを振り、右に左に走り回って喜びます。犬用トイやボールでの遊び方はまだ難しい様ですが、私の手にじゃれてもっと遊べと手でちょんちょんと合図してきます。私の横に寄り添って眠ります。
 
今までの辛かった時間を埋めて行くかの様にビオラは日々成長しています。この仔を迎え入れて本当に良かった…心からそう思います。

保護犬と一言に言っても様々で、我が家に来たビオラの様にシビアなケースの犬もいますが、飼い主の都合で飼えなくなった犬や、パピーミルの摘発や崩壊で保護された子犬達など、飼いやすい犬もたくさんいます。

もしももしも、皆さんの中で犬を飼いたいと考えている方がいらっしゃれば、ぜひ保護犬もその選択肢に入れてもらえればと思います。セカンドチャンス…与えてあげればそれ以上の愛情を返してくれる事、間違いなしです〜!


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。

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