園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第67回「子供の旅立ち」

「子供の旅立ち」

23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。


新年早々、息子が新たな旅立ちに出ました。5年間大学でバイオメディカル・サイエンスを専攻しており、一時は小児科医になりたいと呆然と考えていた健人ですが、自分なりに色々と思う事があり、全く違う職種を選び、実際には心底その職種に夢描くようになり、それに向かって努力して来た結果、無事就職が決まったのです。トロントを離れ、特別な研修に6ヶ月間入り、その後正式に社会に出て行く事になります。旅立ちの朝、やっと親としての役目を果たした様な気持ちで健人にハグをし、送り出しました。

子供には節目節目で新たな旅立ちが付き物です。私達のナーサリーでも卒園し、別の学校に通う事は子供達にとって初めての大きな一歩になります。そしてそこからどんどん進級し、大学への進学。特に、トロントからは別の地域や他国の大学に進学する子達もたくさんいます。ナーサリーもかれこれ23年経ち、卒園生達ももう大学や就職している年代に突入しています。子供達の近況を知らされ、私自身も親の様な気持ちになりますから、実際の親御さんのお気持ちも手に取る様に分かります。子供が旅立つとき、嬉しさの中に寂しい気持ちや心配な思いも入り込む事は当然です。

逆に子供にとっても同じ。今までずっと何不自由なく暮らして来た生活が一転し、全て自分でしなければならない、責任重大の生活が始まります。私も一人暮らしをしていましたが、離れてみて初めて親の有り難さが身に沁み、感謝して止まなかった日々を思い出します。

そして、何よりも結婚を機にカナダにやって来た時。これは私の人生において何よりの一大事であり、未知の世界への旅立ちだった事に間違いありません。ここカナダでこの記事を読んでいらっしゃる多くの読者の方もそうではないかと思います。

海外への旅立ち…子供がそれを告げた時の親の受ける衝撃、なおも、自分で選んだ道を歩む事への応援の気持ちと子供を案じる思いでいっぱいなはず。よくぞ許してくれましたね、と親への感謝と同時に、自分たちの子供のしたい事、選んだ道を受け入れ、応援してあげないといけないな、と心から感じます。

そしてまた『親』と言う字にも改めて考えさせられます。木の上に立って見守る人、それが親なのだと。きっと昔だと、仕事で夢を掴むまでや、結婚で一度出て行った場合など、二度と実家の敷居をまたぐことは許されなかったでしょう。それは「もっと努力しろ、決して諦めるな」と、昔の日本人ならではの励まし方であったのかもしれません。『親』は遠くから見守るだけの存在であったのでしょう。

しかし、親はいくつになっても親であり、子供はいくつになっても子供なのです。私の場合、80にもなる母は50にもなる私の事を未だに心配し、なおかつ応援してくれています。「子育てのゴールは子供の旅立ち」と言いますが、子育てにゴールはないのかもしれません。昔と違って、今のご時世、何かあったら帰っておいで…。これに限ります。簡単に諦めろと言う訳ではないけれど、どうしようもなくなったら、帰れる場所があると言うのは何とも有り難い事ではないではないですか!帰れる場所があるからこそ安心感によって勇気が、そして辛い事にも耐える力が与えられるのだと思います。

帰る場所のある方はその事に感謝しましょう、そして、子供達が旅立つ時には帰って来れる場所を与えてあげましょう。

偉そうに色々書いてみましたが、健人が大学を選んでいる時、ちょうどディズニーのToy Story 3 が放映され、大学に旅立つ主人公のアンディが健人とシンクロしてしまい、大泣きで映画を観たのを覚えています。ところが、当の健人は結局トロントを離れる事なく、家から車で15分の大学に自宅から通っていましたのであの涙の思いはどこへやら。

でも今回、オンタリオ州どんな遠くへ飛ばされるかも分からない仕事。私は今度こそはと覚悟して心の準備もしていたのですが…勤務場所が発表になり、な・なんと、これまた家から車で15分のトロント市内に勤務決定…。え?まだ家に住み続けるつもり??ってな事になっております(笑)しかも、今の研修場所も車で2時間半程で戻って来れる事から、毎週帰宅するそうな…(もちろん、家が恋しくてではありません。彼女に会いに帰って来るだけです)。

何はともあれ、親として息子の旅立ちを祝い、これからも成長を見守り続けて行こうと思っております(笑)。


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。

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