園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第69回「命の重さ・心の深さ」

「命の重さ・心の深さ」

23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。


東日本大震災から6年が経ち、3月はそれに関する特集のドキュメンタリーなどをたくさん見る機会がありました。当時小学生だった子供達は中学生に、中学生だった子供達は大学生、または就職などの歳。私などが一生かかっても体験しない様な出来事を多感な時期に体験した子供達の考え方があまりにもしっかりしていて大人よりも大人びていて、感心すると同時にその子達が歩む人生の厳しさと、その子達が持っている心の深さに感動します。

私はこれまで半世紀も生きて来ましたが、幸いにも心の底からから死んでしまいたいと思う程辛い想いをしたことがありません。しかし、震災を体験して来た子供達の中には友人や家族、親戚を、中には家族全員失ってしまい独りぼっちで生きていかなければならない子もいて、その子達は死んでしまいたい程辛くて哀しい事の連続だったと言います。しかし「亡くなってしまった人達の分も生きる、それが自分の使命の様にも感じる。この6年間、多くの人に支えてもらって、これからその恩返しもして行きたい。」と語っているのを聞き、昔私が看護師の実習中に聞いた話を思い出しました。

30年も昔の事です。小児科病棟に入院している子供達は重篤な患児も多く、治る見込みのない病気の最期を精一杯生き抜く子供達がたくさんいました。「いつか病気が治ったら、学校に行ってお友達と一緒に勉強するんだよ!」と病棟内で特別な授業を受けている子供達もいました。それを見て私がその子達の母親の一人に「実習やら勉強やら大変…って思っている自分がすごくちっぽけに思えて反省させられます。好きな仕事をするためにこうして勉強出来る機会を与えられていること、本当に感謝しないといけないなぁ…と思います。」と話したところ、その母親はこの様に言っていました。

「もう二度と学校に行けないって分かっているのに、こんなに勉強させる必要ないのに…。この子の夢は学校に行くこと。こうして勉強させてあげることで夢を繋げているんですよ。これがこの子にとっての生き甲斐なんです。勉強が嫌だ、学校が嫌いだって学校に行かない子供達と交換してやって欲しい。生きるのが嫌だって言う人達と命を交換してやって欲しいって思うことが多々ありますよ。人の世は本当に不平等。私も辛くてくじけそうになる事ばかりだけど、あの子の笑顔を守ってやらないと。多くの人のサポートがあるのが何よりの救いなのよ。だから、これからこの子達の様な病人の看護をしようとしてくれているあなた達にこういう姿を見てもらえて、こんな風に頑張っている子達がいるって分かってもらえるだけでも嬉しいわ。」と。

まだ若くて、子供もいなかった私はどう返事して良いのか分からず、また、子供の病状は分かっていても、子供の命の重みを本当の意味で正直理解は出来ていなかったと思います。

あれから、私自身子供も授かり、子供に関する仕事に就き、少しは成長し、色々な立場で命の重みを理解出来る様になりました。この世にはどんな辛い状況に置かれても精一杯生きて行こうとしている人達がたくさんいる反面、そう分かっていても、そう思っていてもどうしてもくじけそうになる人がいるのも事実です。辛い状況の中、一人で生きていくのは無理があったり、難しいものです。このややこしいご時世だからこそ、心の病気にもなりやすく、自らの命を絶つ人も多いのかも知れません。でも、誰かが気付いてあげれば、誰かが聞く耳を持ってあげれば、誰かが手を差し伸べてあげれば…。心が落ち着き、思いとどまり、救われる命も出てくるでしょう。

私自身、死にたいと思う程の状況ではなかったけれど、一人でカナダに移民して来て、辛い事、苦しい事などたくさんありました。そんな時、誰かがいつも私のそばで手を差し伸べてくれて、支えてくれていたからこそ、元気にここまでやって来れたのだと思います。

東日本大震災の被災児が言っていた様に私も社会に恩返しをして行きたいと思っています。辛い人は声を大にして叫ぶべきです。余裕のある人は手を差し伸べられるはずです。こうして社会は手と手が、心と心が繋がって行くんです。私なんかより三分の一や半分程しか生きていない子供達から命の重さと心の深さを学ばせてもらっています。


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。