園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第70回「人の美しさ、とは」

「人の美しさ、とは」

23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。


さて、突然ですが、『世界一醜い女性』という代名詞で、YouTubeなどの動画を見たことのある方はいますか?名前はリジー・ベラスケスさん。新生児早老症様症候群という世界で3人しかいない疾患を患っている28歳のアメリカ人女性で、その疾患のため体重は全く増える事なく、右目も失明しました。

リジーさんは高校生の時「世界一醜い女性」という名で自分の動画がネット上にアップされていたのを見つけたそうです。わずか8秒程度の音もない動画は400万回以上も再生され、会ったこともない見知らぬ人からの何千という中傷のコメントが書き込まれていたそうです。

そのコメント一つ一つにリジーさんは目を通したそうなのですが、それらは全てリジーさんの風貌を罵り、嘲笑う内容のものばかりで、ただの一つとしてリジーさんのことを肯定する内容のコメントはなかったと言います。その時のリジーさんのショックは想像を絶するものでしょう。そのそばに居て、そのリジーさんの様子を見ていたというお母さんの想いもいかなるものか…考えただけで胸が詰まる想いです。リジーさんは子どもの頃から多くの「いじめ」に苦しみ続けて来たと言います。しかし、リジーさんの両親は信念を持ちリジーさんを心からしっかりと強く、前向きに励まし続けたのです。

リジーさんは問います。「人の美しさとは一体なんですか?」「あなたがどんな人間であるのか、それを決めているのは何ですか?」と。そして長い年月を掛けて「人生は自分の手の中にある」と気付かされます。

私も含め周りのみんながオシャレに目覚め始めた思春期の頃、私は自分の見た目が大嫌いでした。「鼻は低くて丸くて、髪はくせ毛だったことからまとまりがなくバサバサで、げじげじ眉毛。脚も太くてスリムなジーパンも履けない。どこからどう見てもお洒落じゃない。」自分の風貌に全く自信を見いだせず、ネガティブなことしか考えず、卑下してばかりの日々でした。

そんな時、仲の良かった男友達が「ゆかちゃんの元気で明るい笑顔は、僕の気分まで明るくしてくれるから好っきゃわぁ〜。」と自然な感じでサラッと言ってくれた何気ないそのホンの一言が今までのネガティブな私を180度変えてくれたのでした。目からウロコとはこの事でした。

その言葉を聞いた後からは、鏡に向かって自分自身に微笑む様になりました。見た目ばかり気にして、それこそ「美しくない自分」が恥ずかしくなくなりました。ネガティブな意識は自分をどんどん嫌な私にしていき、それが姿に表れて悪循環だったのだと思います。ポジティブに考え、ポジティブに行動する。明るく笑顔を忘れない。

リジーさんも自分自身の人生をまさにその様に転換した時期がありました。周りからの辛く嫌味な言葉や態度さえも逆にバネにして、自分への力の糧にしました。自分のステキな部分を見つけ、前向きに突き進む彼女の姿はとても美しいと思います。

私の若きし日看護の現場で、私が患者さん達に与えられる何でもないありきたりのものと言えば、明るい態度と笑顔だったのかも知れません。「笑顔」とは私が相手をどれほど思っているかという私の気持ちであり、私の心の表れだと思っていましたので、作る笑顔ではなく相手を想い、感じて、接したい…。そう思っていました。今もその気持ちに変わりはありません。 

リジーさんが問う「人の美しさとは一体なんですか?」何度聞いても、奥が深いな、と思います。一見分かっていて、でも、捕われがちな見た目の美しさ。特に最近は昔と違って簡単に整形手術が出来たり、そこまでいかなくても写真の修整などで自分を良く見せようとしたり、多くの人が外見にこだわる様子は隠せないでしょう。

でも、だからこそ、そういう大人の姿や様子を子どもには見せたくない、植え付けたくない、と私は思うのです。子どもは正直ですから、見た目の違いに気付きやすいものです。だからこそどう教えていってあげれば良いのか、心を育てていってあげれば良いのか。それはそばにいる大人の態度次第といって良いのかも知れません。

実は以前、私と同じくらいの歳の先生と私とで、ナーサリーの園児に「池端先生と○○先生とどっちが若く見える〜?」と聞いたところ、その子はすっごく困った顔で「どっちも若くないから分からない」と答えられた事があります(笑)

そう、子どもは正直です。そんな子ども達と戯れるべく、今日も笑顔でナーサリーに向かう私なのでありました。


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。