園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第71回「嫌いなものは食べなくて良い!?」

「嫌いなものは食べなくて良い!?」

23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。


子どもに嫌いなモノを無理矢理食べさせるべきかどうか、と聞かれる事が多々あります。実際、うちのナーサリーでもかなり頑固な偏食児童はいつの世代でも居るものですし、あの手この手で工夫して食べさせる様にはしていますが、どこまで何をどう食べさせるのか、また無理矢理というのはどの程度までのことを言うのでしょうか。

オンタリオ州では、デイケアを運営する際、スナックプログラムの一環ということで、教室内の一角にスナックテーブルを用意する事を推奨しています。子ども達がお腹がすいたら、好きな時に好きなものを好きなだけ食べても良いという事になっています。推奨という事ですから、誰かがこの方法は子どもにとって良い…と判断した結果なのだとは思うのですが、私はその考えにあまり共感出来ません。第一、お腹がすいたからと好きな時に好きなおやつをどんどん食べていては昼食を美味しく食べられません。

「もうあと少しでご飯だからそれまで我慢して待とうね」って、昔から日本ではごくごく普通に言われてきたセリフです。ご飯を作ってくれている人にも失礼、という考え方も根強いです。一般のデイケアですとケータリング会社に頼む所が多いですから、その場合、作ってくれている人が見えず、あまり気にならないのかも知れません。

当ナーサリーの給食室の先生は子供達の事を考え、栄養バランスに富んだ日本食のバックグランド色豊かな内容のおいしい昼食を一生懸命、汗かきながら作ってくれています。子ども達はそんな給食室の様子を間近で見ていますから、いつも感謝の気持ちを表してくれています。

そして、ナーサリーでは、決まり事で『出た食事は必ずその種類をひと口は食べよう』と言うルールがあります。ナーサリーでは、エノキや春雨、生姜やシイタケ・ごぼうなど和食ベースの食材をよく使いますが、それらに慣れていない子もたくさん居ます。また、偏食がひどい子も居ますので、その子達もとにかく一口はトライしてみよう!という事なのです。

実は、トロントでは『無理強いしない』事も推奨しています。ランチは、子ども達が食べたいものを食べたいだけ食べ、要らないものは残しても良いという考えです。カナダでは徹底して子供の意思を尊重する…事を重要視している様です。しかし、これでは子どもはもちろん食べ慣れたものしか食べなくなっていくのではないかと危惧しています。

自分が食べた事のない食材、特に見た目が悪いものは絶対に口にしたがるはずがない子ども。でも、それが好きか嫌いか、食べた事もないのに食べないままにしておくのはもったいな過ぎます。ですから、ナーサリーではひとくちルールを設けているのです。子ども達が嫌いなもの、食べたくないものでもとにかくひと口だけ口に入れて食べてみます。大きなひと口である必要はありません。変な話、米粒大でも良いのです。先生や他の子ども達みんなで応援したり励ましたりしつつ、それを口にした時はこれでもかというくらい褒めちぎります(笑)。すると、初めは全く食べられなかった食材や子ども達には珍しいメニューもそのうちどんどん食べられる様になる事が証明されています。もちろん、嫌いな食べ物が好きになるか…と言われると、そうではないかも知れません。でも、幼児期は食べず嫌いなだけも多いので、試してみる事に意義があり、それは子どもにとっては『新しい挑戦が出来る』という自信に大きく繋がるものだと思っています。
 
私の頃の給食は、どんな物でも出されたらその量に関わらず残さず食べるのが当たり前で、食べられなかったら休み時間が終わるまで食膳の前で延々座らされている時代でした。私は休み時間は遊びたい人でしたので嫌いなものでも口の中にかき込んでいましたが、中には泣きながら、吐きそうになりながら残っている子も居て、それがトラウマで食べられなくなってしまったと言う話も聞きます。学童期になるとある食材の食感や調理法が嫌いだったりと、ある程度何が嫌なのか分かって来ますから、もっと子どもの意思に任せても良いのではないかと思います。子供の頃は嫌いだったけれど大人になったら逆に好きになるものもたくさんあるでしょうし、調理法や調味料を変えたら食べれる様になる事もあります。それでも嫌いなものは別のもので栄養素を代用出来ますし。あまり、こだわる必要はない気がします。


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。