園長先生!気付けば息子も大きくなりました…第74回「お盆に想うこと」

「お盆に想うこと」

23年前に誕生した「池端ナーサリー・スクール」。その園長であり創設者の池端友佳理さんのそばにはいつも日系三世のご主人・マークさんと現在24歳の健人くんがいた。母親であり、教育者であり、また国際結婚移民をした友佳理さんとその家族の笑いあり、涙ありの人生をシリーズで振り返ります。


毎年、8月は私にとって想い出深い月です。8月に入るとすぐに広島と長崎の原爆、そしてその直後の終戦記念日。日本国民にとって忘れられない、いえ忘れてはならない歴史の大惨事の追悼のテレビ番組が日本語放送局の普及でここカナダでもたくさん見られる様になりました。 また、京都人である私にとって8月は、大切なお盆の行事もあります。「五山送り火(ござんのおくりび)」別名は「大文字の送り火」と呼ばれ、市内の五つの山でたいまつに火をつけ、炎が昇って行くのと同時にお精霊(しょらい)さんと呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届ける行事です。始まったのは平安時代とも江戸時代とも言われていますが、行われるのは今も終戦記念日の次の日。私はいつも、ご先祖さまと一緒に戦争で亡くなった方々を想い、お送りする日でもあると信じていました。


戦争を知らない世代である私でも、戦争の悲惨さは連日、それに関する番組を見て明らかに感じられますが、これからの世代にどのように伝えて行くべきなのでしょうか。 

戦争の渦中、戦地に借り出された人々、戦争によって洗脳された各国民全てが紛れもない被害者であり、戦争に正義など決して無いと思い知らされます。今の平和な世の中があるのもその方々のお陰です。憎み合う事の愚かさを、また平和の大切さを、私達に伝えようとして今も尚、懸命に働きかけていらっしゃる戦争体験者の方々も高齢になり、その数も年々少なくなって来ているのが実情です。その方々が願ってらっしゃるのはただ一つ。

『平和』です。平和な世の中を後世に残す事をひたすら願い、今を生きていらっしゃるに違いありません。

ところが今、この2017年にもなるこの現在、平和になるどころか、各国でなおも続く啀(いが)み合い、紛争、度重なるテロ…。

平和を誓い続けて来た日本にも、北朝鮮の弾道ミサイルによる不安と恐怖は襲いかかっています。アメリカと北朝鮮間の戦争をもにおわせる関係に世界中緊張は高まり、この様な中、国と国のみならず、同じ国民同士の個人的な関係までぎくしゃくして行き、マルチカルチャー国として先進国であったアメリカは後退する一方。

本当にショックだったのは、先月ちょうど終戦記念日の直前、アメリカ東部・バージニア州のシャーロッツビルで起こった、白人至上主義者&ネオナチの支持者らと反対派の間で激しい衝突による死傷者を出した事件でした。人だかりに車が突入し1人が死亡、少なくとも35人が負傷したのです。最近あちこちで発生しているISISによるテロももちろんなのですが、普通の一般市民によるヘイトクライムがここまで発展したという事への衝撃は、私の中では今まで以上でした。

正直、白人至上主義者やネオナチの支持者などは大昔の歴史上の一部と私は解釈しており、KKKなどは聞いたことはありましたが、古いむかーしの写真をどこかの資料で見た程度。しかも、おかしな格好をした人達がカルト的なことをしているという印象で、私にとっては架空の名称の様に感じていた程、無関係のものだと思っていたのです。

異なる容姿・文化・言葉・背景などを持つ様々な人達が共に生きる社会において、それぞれの人達が対等な立場でお互いを尊重しながら生きる。この多文化主義の時代に、子供達を取り囲む親や家族達は、また私達教育者は、世界中の大人達は今まで子供達に何を教えて来て、此れから何を教えていけば良いのでしょうか。

他人を尊重し、思い遣る優しさ。こんな当たり前のことを子供に教えられないとはどんなご時世なのでしょう。人種、民族、宗教、身体的・精神的な障害、性的指向など様々な分野で理解も深まり、子供達には偏見の無い正しい知識を与えられる寛容な社会になって来たと近年は感じていたのに。後退させてはいけない、絶対に!

世界平和は実は家庭に始まり、子供達の身近な小さな社会が作り上げて行くものですから、普段発するホンのふとした何気ない言葉や態度も気をつけたいのはもちろん、前述の様々な「違い」について家庭でも話す機会を持つべきではないかと思うのです。

清らかな炎に包まれ、天に繋がる煙に乗って、空高く舞い上がって行かれたお精霊さん。この世の中を見て、今あきれ顔で哀しくこの世を振り返っていらっしゃることでしょう…が、どうぞ見捨てずに私達、そして未来を背負って行く子供達を根気よく見守っていただきたい。罪のない子供達の未来の平和を願って止みません。


池端友佳理ー 京都出身。大阪の大学看護科を経て同大学病院の産婦人科で看護師として経験後、1990年に渡加。伴侶は日系カナダ人三世。一人息子(大学生)の母。1993年に自宅で池端ナーサリー託児所を開設。1999年日系文化会館内に池端ナーサリースクールを設立。園長を勤める傍ら、カナダ唯一の産後乳房マッサージ師として活躍中。

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