東北の小さな酒蔵の復興にかける熱い想い 第53回

トロントの日本食レストランでも良く見かける、岩手県の銘酒である南部美人。実は南部美人の蔵は2011年3月11日の東日本大震災で被災した蔵のひとつだ。南部美人の5代目である久慈氏は震災直後から日本酒を通じて地域復興に様々な取り組みを行ってきた。TORJAでは久慈氏が体験したこと、復興に向けての取り組みなどを寄稿してもらった。

東日本大震災で最も大きな子供たちの被害と言っても過言ではない、宮城県石巻市の大川小学校の裁判の判決が出ました。仙台地方裁判所は石巻市と宮城県に14億円の賠償命令を下しました。原告の遺族の勝利と言う事になります。

児童74人が死亡・行方不明となり、東日本大震災時に学校管理下で最大の被害となったこの大川小学校。あの日、なぜ児童は約50分間も校庭にとどまっていなければいけなかったのか。なぜ裏山に逃げなかったのか。ほかの災害時の東北各地の学校で、子供たちの命を懸命に守った教職員の行動と比較してしまうと、私もこの空白の50分間に納得がいきません。

岩手県では、学校管理下にあった児童生徒は全員無事だったのに、なぜ大川小学校の子供たちは教職員の管理の下で亡くならなければいけなかったのか。

訴状などでは、地震後、教員が児童を校庭に集め、約45分たって避難先の堤防付近へ移動をはじめてすぐに津波が襲ったそうです。

学校側が津波の到達を予見し、児童を安全に避難させることが出来たかどうかが争点だったこの訴訟、判決では教員らが学校の前を通った市の広報車の避難の呼びかけを聞いており、津波の襲来は予見できた、と指摘されました。さらには児童を裏山へ避難させれば被災を免れる可能性は高かった、としています。

確かに学校は浸水想定区域外で、裏山は地震で崩れる可能性も捨てきれなかったかもしれませんが、そのような想定外を言い訳にしても意味がありません。

さらに、遺族が提訴に踏み切ったのは、保護者説明会で市側の説明が二転三転し、第三者の事故検証委員会の報告書も真相解明にはほど遠い内容だったことが原因のようです。

しかし裁判では勝ちましたが、空白の50分間で何があったのか、真実は全く明らかになっていません。遺族は勝ちたかったのではなく、真実を知りたいという思いが1番なんだと思います。

残念なことに、一緒にその場にいた10人の教職員も死亡しました。しかし唯一生き残った教職員1名の証人尋問は体調不良により実現しませんでした、遺族側がおそらく最も聞きたい話なんだと思いますが、この5年以上、真相は明らかにされていません。

この生き残った教員が唯一「山へ逃げよう」と意見していたとも言います。

はたして、空白の50分に何があったのか。真相はどこにあるのか。私も遺族の皆さん同様に真実を知りたいです。

遺族の中の一人が、裁判で勝っても亡くなった命は戻らない、と辛そうに答えていました。その通りで、あの時は市の職員も先生も生徒もみんなが被災したのです。みんな被災者なんです。それが月日が経過していくにつれて、原告と被告に別れてしまうこの悲惨さ。

誰もが同じつらい思いをしたのだから、せめて真実を知る人は真実を話してほしいです。そうすることで大勢の遺族が心に区切りをつけられるのではないでしょうか。誰も喜ばない悲しい悲しい裁判だと感じました。


オンタリオ取扱い代理店:
nanbu-bijin-sakeOzawa Canada Inc
現在トロントで楽しめる南部美人のお酒は、「南部美人純米吟醸」とJALのファーストクラスで機内酒としても採用されている、「南部美人純米大吟醸」の二種。数多くの日本食レストランで賞味することが可能。
南部美人
http://www.nanbubijin.co.jp



kuji-kousuke-sake本文:南部美人 五代目蔵元
東京農業大学客員教授
久慈 浩介

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