カナダで日本の伝統技術を伝える グローバルに活躍する和菓子家 三堀純一 インタビュー後編

菓道という言葉を提唱し和菓子の魅力を世界へ、そして日本へ広げる活動をする三堀純一氏。4月に北米を回るワークショップのスタート地点としてトロントで講演を行った。TORJA前号では和菓子の道を進むと決めてからの紆余曲折、パフォーマンスや衣装に関するお話を掲載した。早速インタビューの続きを見ていこう。

海外進出のキーワードは哲学と人間性

–トロントは多民族の街ですが、そこで和菓子は受け入れられていくと思いますか?

 どうなんでしょう。私の活動ってダイレクトに商品に繋がることではないと思うんです。私が菓道家としてのパフォーマンスをするにあたって、ヨーロッパの知り合いがアドバイスをくれるのですが、その中で、商品として持ってくるなと言われたんです。セールスって、押し付けても魅力的には見えないんです。でもそれに価値があると感じさせることによって自発的に食べてみたいと思う。それってもう、美味しいが始まっているんです。だから私は、まずは芸術・夢ありきだと思います。買ってくださいと言っているとお金も逃げていきますが、夢が動くとそれは自然に付いてきます。結局このカルチャー自体は生活必需の食事ではない。和菓子が豊かにしているのは胃袋ではなく心なので、絶対に哲学・アートが先だと思いました。

–そうしますと、和菓子が海外進出する際の鍵になるのは三堀さんが現在おこなっているようなアート性のあるパフォーマンスなのでしょうか?

 アートというか、人だと思います。どんな哲学を持ってそれに落とし込んでいるのか。そういうベースが人として見えるのであれば、誰もが食べたくなるような提案の仕方があると思います。和菓子業界に限らず、職人が作る様々なものはこれから機械が出来るようになります。人を感じられない物が蔓延した時、皆どれにも興味が無くなっていきます。そうした時に、自分が本当に欲しい物こそ、人を感じることが出来る物。そこに今後、テクノロジーと職人の世界との住み分けが問われるのだと思います。なので、私は着物を着だした時、もう売り物を製造することはしないと誓いました。

–そういった部分が現在の活動に繋がっているんですね。

 そうですね。ありがたいことに地元の方も応援してくださいますし、日本国内の方も私のお店のお菓子を食べてみたいと言ってくれます。有名パティスリーの店に行くのと同じですよね。監修はするけど、彼らが作ったお菓子ではないんです。でも彼らの哲学に共感するから食べたくなる。やはり見せるべきは商品ではなく人だと思うんです。

文化の逆輸入が日本の若者の心を揺さぶる

–海外で和菓子を広げる活動を行うことへの想いを教えていただけますか。

 和菓子は日本の文化なので、私は日本の若者にかっこいいと思って欲しいし、誇りに思って欲しいです。そのためにどうするのかは私の海外活動に繋がるのですが、逆輸入を狙っています。日本人って、外に出て見てみないと日本のことが良く見えないんです。もう一つ、どこかで白人に対する憧れがあるんです。白人がクールだと言った日本文化に対して、若い日本人が付いていく現実があって、歌舞伎や浮世絵など、ヨーロッパやアメリカで評価されたものが日本に逆輸入しています。和菓子も白人に評価を貰わないと日本の若者がクールに気づかないんですよ。

 我々が憧れるアパレルのブランドって全てヨーロッパの物ですよね。芸術の都であり、最先端に評価をしているのって、パリが最高峰だと思っていました。着物を着始めた時、私はすぐにパリに行きたいと言いました。そうしたらとある有識者の方からパリには呼ばれるまで行っちゃだめだと言われたんです。パリは評論家の集まりだから、見てくださいと言ったら見てくれない。パリが見たいと思うまで、まずアジアで暴れろと言われたんです。お前は偏西風じゃなくて偏東風で行けと。シルクロードを遡れと言われました。

–海外活動を続けて、日本以外でも広がりは出てきたのでしょうか?

 今年の新入社員はマレーシアから来ています。少しずつですが確実な手ごたえを感じています。去年初めてパリに呼ばれましたが、着物を着て3年目なので早いくらいだと思いました。

 また、私は最近本を出しました。パリにエルメスが選んだ芸術書だけを取り扱う小さな本屋さんがあるのですが、そこにダメ元で営業に行ったらすごく高い評価を下さって、今そこに私の本も置いてあります。そういうちょっとした情報に日本の若者がグラグラっと動くんです。でもそれって結局、買ってくれというスタンスではなく紹介として取ったものです。商売のところで培ってきたものが色々な所で生かされていると言いますか。私がアーティストとして活動していた時も頭の中はビジネスマンだったのかもしれないです。いかに見てもらうか知ってもらうかです。金をくれではないんですね、夢を共有させたいので。

–今後の展望を教えていただけますか。

 夢の一つに、地元の商店街で毎年七夕に幼稚園児が将来の夢を短冊に書く行事があって、毎年何千枚もある短冊を全部見るんです。パティシエやケーキ屋さんになりたいは毎年40~50人は居るんですが、和菓子屋さんになりたいはまだ見たことがないんです。ケーキ屋さんに負けないくらいに和菓子屋さんになりたいを、幼稚園児に夢見させたいですね。

–それが究極の意味で、今の活動の日本還元ということなのでしょうか?

 そうですね。夢は京都でサロン・デュ・餡子ですかね(笑)。私の活動はソロプレイヤーではなく、ムーブメントにならないといけないので。

–そのためには視覚的な和菓子職人が多く出てくる必要があるのでしょうか?

 視覚的でなくても良いと思います。ちゃんと人が見えれば、スタープレイヤーが出てくることによって、それはオーディエンスから見た時にバトルに見えます。それが沢山起きるとムーブメントに繋がるんです。私はよく、こういう黒い格好をしているので、和菓子業界のシスだって言っています。ダース・ベイダーです。この間知り合いの専門学校の先生に、私が活躍して世界に私のこれが和菓子だと思われたら困ると言われました。なので、私はこの業界にいち早くジェダイが登場してくることを待っているのです。

職人として問われるのは一つの道を究めるストイックさ

–哲学の戦いがあるからこそ、TVチャンピオンの様なバトルが受けるのでしょうか?

 オーディエンスから見たら戦いに見えても、実はそれは未来を見た共有なんです。また、私も私で周りに惑わされずに自分のスタイルを貫こうとは考えます。今ってマルチな時代ですから、人に求められるのもマルチですけど、なんでも出来る人って何かの特別な人ではなくなるんですよね。〝餅は餅屋〟というのもそこに繋がるのですが、何かのプロだったらそれだけをやり続けるストイックさが私には問われるんだと思います。だから私は、テレビで話題になった時にはそっくり和菓子などを沢山作りましたが、なんでも出来る和菓子屋さんは着物を着だしてから封印しました。

 本来菓子屋ってそういうものでした。和菓子という言葉が戦後生まれで、まだ100年たっていません。これは洋菓子という言葉が出来た事への対義語として和を付けただけで、それ以前の和菓子の相称というのはただの菓子でした。その菓子屋さんというのは、現在のような菓子のマルチプレイヤーではなくて、おはぎはおはぎ屋さん、お団子はお団子屋さんという風に、それぞれがストイックな孤高のプレイヤーでした。でも戦後に和菓子という言葉が生まれると、全てが和菓子として括られます。そして和菓子屋さんであるなら全て網羅できないと一人前じゃないよね、という流れになり、マルチプレイヤーだらけになりました。そうするとスタープレイヤーが居なくなってしまいました。そういう歴史があります。

 時代は変化していくので、テクノロジーが進化していくと、やはり便利なものは利用したくなります。だから私は見せ方だと思うんです。蓋を開けてみれば菓道家三堀純一もマルチプレイヤーで、色んな事が出来ます。でもそれが何のためかというと、練り切りを世界に普及させるためのスキルなんです。でも徹することって、それ以外のことを我慢するほうが自分に問われる事なのだと思います。楽しいことって世の中に溢れていますよね。それを全部体験しようとすると何の専門家か分からなくなってしまうので、そこの我慢ですよね。

–自身の哲学があり、それを理解してくれる人が居るからこそ成り立つのでしょうか?

 そうです。理解してくださる方が居れば全然怖くないですね。今、自分の中に確固たる夢があるので、そのおかげでお金に苛まれなくなりました。面白いものでお金は勝手についてくるんです。食べるだけはね。死にはしないので。

闇の中に浮かび上がる和菓子が美しい
菓道家 三堀純一氏
寿司レストラン匠心でライブパフォーマンス

照明の角度に拘るからこそ和菓子が映える

4月16日、寿司レストラン 匠心とGusta Cooking Studioが共催する華道家・三堀純一氏のライブパフォーマンスが匠心にて行われた。観客は三堀氏の繊細な和菓子作りの技術を目の当たりにした。

 パフォーマンス開始前、三堀氏は入念にステージを準備していた。特に照明の角度を何度も微調整している姿が印象的だった。美しさは光ではなく影に現れるため、その影が美しく見えるよう光の角度にはこだわっていると三堀氏は述べた。

 完成した五つの作品は、春夏秋冬とカナダをイメージして作られたと三堀氏は述べた。製作工程を目の当たりにしていたにも関わらず、観客は完成品を間近で見るとその緻密さに改めて目を丸くしていた。金魚や折り鶴、さらにはカエデの葉をかたどった作品には、まさに自然の美が捉えられているようだった。

和菓子も世の中と共に進化が必要

匠心のシェフと和菓子を作る三堀さん

 パフォーマンス終了後、三堀氏は観客から寄せられた質問に答えていく中で、和菓子のこれからについて語った。日々変化を遂げている世の中と共に和菓子も進化していかなければならないとした上で、どうしたら和菓子について興味を持ってもらえるかは常に考えていると述べた。自身が行うライブパフォーマンスも若者や外国人に和菓子を知ってもらうための手段の一つであると語った。

 ライブパフォーマンスに加え、三堀氏が「匠心」のジャッキー・リンシェフと共に和菓子を作るなど、会場は終始和やかなムードに包まれていた。また、初めて訪れたトロントについての感想を聞かれたところ、三堀氏は、平和で多国籍な街であると答えた。今回初めて北米を訪れた三堀氏。三堀氏のライブパフォーマンスを通じて、これから和菓子と日本文化の魅力がさらに多くの国の人に伝わることを願う。