トロント国際作家祭(TIFA)社会の「普通」を問う【対談】村田沙耶香氏 × ジョスリン・アレン氏

トロント国際作家祭(TIFA)にて芥川賞作家の村田沙耶香氏がトロント・ジャパンファウンデーションに登壇。

翌日はユニオンステーションとハーバーフロントでも講演を行った。

10月26日、小説『コンビニ人間』で知られる村田沙耶香氏と翻訳家・作家のジョスリン・アレン氏による対談が開催された。二人はコンビニを通して日本の文化について対談したのち、村田氏の小説の書き方や登場人物が作られる経緯について語った。さらには村田氏の作品を通して社会の「普通」についても議論した。

日本のコンビニシステムから見えるカルチャー

 最初に観客に紹介されたのは日本のコンビニ。コンビニ店内の映像を通して日本のコンビニのシステムやその裏にある日本の文化について話し合った。コンビニはとても統一された場所だと指摘したアレン氏。同じ制服を身につけた店員や整然と並べられた商品の裏側にはどのような意図があるのかと問いかけた。それに対して村田氏は「コンビニは日本人が好むように作られている」と説明。均一であることを日本人は好む傾向にあると述べた。

 村田氏自身も長年コンビニで勤務をしていた経験があり、それを元に客からは見えないコンビニの戦略についても言及した。整然としていて合理的に見えるコンビニの店内だが、それとは裏腹に「合理的ではない買い物」を促すべくコンビニの店内は計算されているそうだ。客が買い物をする際に「プラスもう一品」を買うべく店作りをしていたと自身の経験を語った。さらに、「接客がいい」コンビニや「品揃えがいい」コンビニに行くように客が店を「選ぶ」ことや「選ばれる店作り」をすることも日本的な思考ではないかと加えた。その後、村田氏とアレン氏はそれぞれ日本語版と英語版の『コンビニ人間』の冒頭を朗読。観客は日本独特のコンビニの風景を頭に思い浮かべるべく聞き入っていた。

 次にアレン氏は村田氏に彼女自身のコンビニでの勤務経験について質問した。始まりは大学生の頃だったという村田氏。人見知りの自分を「直す」べくアルバイトを始め、『コンビニ人間』の主人公のように店舗のオープニングに携わったという。そのため、『コンビニ人間』のコンビニ店内の描写や、商品を並べる様子、さらには体が勝手に動く感覚も彼女自身の経験が反映されているそうだ。一時期はファミリーレストランで勤務していたこともあるというが、そこで経験した「女性らしさ」を強調するウェイトレスの制服や身だしなみに違和感を覚え、再びコンビニで勤務することを選んだという。

作品を生み出すプロセス

 『コンビニ人間』の他にも村田氏の作品の中には、2人ではなく3人で恋愛関係をもつ『トリプル』や、「十人産んだら一人殺していい」という世界を舞台にした『殺人出産』など、社会においての「普通」や「当たり前」といったことを問うものが多い。それを踏まえ、アレン氏は村田氏が作品を生み出すプロセスについて質問した。

 これらのストーリーは書き始める前から頭の中に思い浮かんでいるのかと聞いたところ、村田氏はそれを否定した。

「ストーリーは全く考えないので、書き始めるときはラストがどうなるかさっぱり
わからない」

と述べ、小説を「実験箱」と例えた。突然頭に浮かんだ「今の世界とはずれているルール」や「素朴な疑問」などを「実験箱」に入れ、それらが起こす化学反応を元に作品を書き上げていくそうだ。「そこで様々な実験を重ね、思いがけない展開や結末を知ることが楽しい」と嬉しそうに語った。これを聞いたアレン氏は村田氏の考え方に感嘆した様子だった。

「まるで小さな世界の神様のようだ」

と目を輝かせていた。

 続いて二人は、そのストーリーを構成する登場人物が誕生する経緯について語った。村田氏は小説を書き始める際、登場人物の似顔絵を描くと説明。

「子供の頃からの癖で主人公が着ている服や靴、髪型や身長などを細かく決めて書いている」

と述べた。そうすることにより作品の展開が変わる、と村田氏は加えた。「例えば主人公が走っているシーンだと、ヒールを履いている人だったら転んでしまうし、ヒールを履いていない主人公だったら犯人を走って追いかけて捕まえるかもしれない」とその細かな設定の重要性を指摘した。その一方で、その似顔絵は作品が進むにつれて変化もしていくと述べ、『コンビニ人間』の登場人物の一人である白羽さんを例に上げた。「彼は最初はほんの少ししか出てこない夜勤の男の子だった。太っていてとてもいい人だったが、書き直していくうちに痩せて背が高くなり性格が悪くなった」と困ったように述べ、会場からは笑いが起こった。

社会の「普通」とは

 主人公の恵子や白羽など、『コンビニ人間』は社会の「普通」について疑問を投げかける。そこでアレン氏は村田氏に「普通」についてどう思うか問いかけた。すると村田氏は「普通」を「憧れの言葉」と表現。小学生の頃は「普通の女の子」として振る舞うよう心がけていたという。ただ、それを長年続けてきたせいか「私は本当の私がどういう人間なのか、小説を書いているとき以外はいまだによくわからない」とその問題性も指摘した。また、幼い頃から自身を苦しめていた「女の子らしさ」についても語った。そんな中、コンビニで勤務していた際には男性と同じように働くことによって「自分が性別がない店員という存在になれた」とコンビニでの勤務経験に感謝するように述べた。

 対談後、質疑応答の時間では観客から様々な質問が聞かれた。表紙のデザインについて聞かれた際には、「日本語版も英語版も全く意見を出さず編集者に決めてもらった」とした上で、両方とも気に入っていると述べた。また、翻訳のプロセスについては翻訳家の竹森ジニー氏と会話を重ねて共に作品を作り上げたエピソードを振り返った。


 今回村田氏の作品で初めて英訳された『コンビニ人間』。社会の「普通」について問うこの作品は我々が「当たり前」として生きてきたことについて考え直す機会を与えてくれる。これからさらに多くの彼女の作品が英訳され、世界の人々に読まれることを期待したい。