芥川賞作家 中村文則氏

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犯罪を通して鋭く世の中を描く、人間の根底にある感情をむき出しに表現する純文学作家

純文学でありながら犯罪小説やミステリー小説といった大衆文学の要素を取り入れ、「ウォール・ストリート・ジャーナル」で、ベスト10小説に選ばれたり、ノワール小説への貢献でDavid L. Goodis賞を受賞したりと世界でも高く評価される中村氏。
国際作家祭(IFOA)には、「去年の冬、きみと別れ」の英訳最新作「Last Winter We Parted」をたずさえ、唯一の日本人作家として登壇。国際作家祭(IFOA)や著作にとどまらず、幅広く伺いました。

中村文則
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1977年、愛知県東海市生まれ。福島大学卒業後、作家になるまで2年間フリーターを続け、2002年『銃』で第34回新潮新人賞を受賞してデビュー。芥川賞候補となる。2004年には『遮光』で第26回野間文芸新人賞を受賞し、2005年『土の中の子供』で第133回芥川賞を受賞。2010年『掏摸(スリ)』で第4回大江健三郎賞を受賞し、同作の英訳出版が決定。その後2013年に出版された『去年の冬、きみと別れ』が英訳3冊目として北米で出版された。

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ジャパンファウンデーションで行われた犯罪小説討論会

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IFOAで他国作家との翻訳について討論会

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イベント後のサイン会の様子

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英訳最新作「Last Winter We Parted」

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SOHO出版「THE THIEF」

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SOHO出版「EVIL AND THE MASK」


●国際作家祭(IFOA)に参加して

トロントへは初めて来ましたが、おしゃれでフレンドリーなイベントですね。これまで韓国や中国、台湾、アメリカと、作家や本のイベントにはいくつも参加してきました。この後もノワールコン(NoirCon:2年に一度開かれる推理、犯罪、冒険などを含む暗黒小説の文芸イベント)のために、トロントからフィラデルフィアへ直接向かいます。それぞれのイベントに個性があって、おもしろいですね。
各地で作品の評価をいただきますが、これは国に限らず似た感想を抱く方が多いようで、「こういう小説は読んだことがない」とよく言われます。読む人によってとらえ方は異なるでしょうけど、純文学とミステリーの要素を併せ持っているからかもしれませんね。

●英訳最新作「Last Winter We Parted」

(日本語:去年の冬、きみと別れ)
本作では、写真の被写体への異常な執着を描いています。焼かれる娘を絵師として助けることなく受け入れる、芥川龍之介の「地獄変」から着想を得ました。そういった、あってはならないことに興味がありますね。また、欲望や願望は、その本人の内面から生じたかどうか確証がありません。何かしたくても他人のまねかもしれませんし、誰かをうらやましいと思っているだけかもしれません。本当の自分の願望を本人は知らないのではないか、人間の本性は本人では認識しづらいのではないか。そう考えたときに絵が浮かび、この作品が生まれました。

●作家になったきっかけ

もともと明るい人間ではなく、日常的に悩みを文章に起こしていました。スタイルはさまざまで、短編のようだったり詩のようになったり、ただの文章だったり。それから本が好きで、たくさん読んでいましたね。大学卒業後に就きたい仕事がなかったこともあって、卒業後は就職せず、小説としっかり向き合ってみようと決めました。日本で作家としてデビューするには、出版社主催の賞を獲ることが一番の近道です。小説の種類によっては持ち込みやスカウトもありますが、僕は東京で2年間フリーターをしつつ応募し、運よくデビューしました。実はそのころ、小説を軸にフリーターを続けることに限界を感じ、仕事を持ちつつ小説家を目指そうと、少年院の先生である法務教官の試験も受けていました。少年犯罪に関心があったので、少年犯罪者更生の一助となるのも悪くない、と考え法務教官を選んだのです。その合格通知とデビューの知らせをほぼ同時に受けました。結局、法務教官という大変な仕事と小説家を両立するのは難しいと考え作家を選び、今に至ります。

●作品の根底にあるもの

法務教官の試験を受けた理由は僕の個人的興味が文芸だとしたら、社会的興味が少年犯罪だったからです。少年犯罪に興味を持ったきっかけは大学一年のときに起きた神戸児童殺傷事件です。容疑者は、自分の中につくり出した架空の神と対話しながら成長し、その成長の儀式として人を殺します。実は僕も小学生のころ、あまり周りに頼るものがなかったので、架空の存在をつくり出した経験があります。僕の場合は思春期を迎える前に消えましたが、その容疑者の「神」は、性欲が芽生えるころにも消えることはありませんでした。そのため、グニャグニャと混乱したものになってしまったのですね。これは一歩間違えれば、僕もわからなかったな、と。だからこそ少年犯罪を考えるとき、社会の側よりは、罪を犯す少年の側から見る傾向があります。これは僕の作品に反映されていると思います。

●名作を生み出す執筆スタイル

文章を書く仕事をしていますが、書き方を専門的に習ったことは一度もありません。ただ、短歌や俳句のように、なるべく短い言葉で大きなことを表現するよう心掛けています。だらだら書くこともできますが、短い言葉の方が読む人に入りやすいかと思いまして。
息抜きにはよく散歩をしています。小説の執筆中には、もうだめだという瞬間が各作品に必ず一度はあります。行き詰るのは仕事柄仕方ありませんので、毎回乗り越えていますが。行き詰るたびに散歩でリフレッシュしてまた書く、この繰り返しです。ちなみに、書き方はすごく悩みますが、テーマの選別に困ったことはありません。ほとんどが自分の中から出てきますので、リレーのように書きたいアイディアが広がっていくことが多いですね。

●今後挑戦してみたいこと

小説家ですので、たとえば映画監督になるとか、執筆から遠く離れたことに興味はありません。ただ、もう少し年齢を重ねたら、戯曲、劇の脚本には挑戦してみたいですね。知人の劇を見て刺激を受けたことが大きいと思います。三島由紀夫や安部公房、A.チェーホフも小説家でありながら、劇を手掛けていますし。戯曲の内容はまだ浮かんでいませんが、できればシンプルなものを創りたいと考えています。

●国際的作家の英語学習

海外での経験で英語の必要性は重々感じていましたが、「掏摸」の英訳をきっかけに、2年前から日本でマンツーマンの英会話教室に通っています。聞き取りに比べるとまだまだですが、しっかり話せるようになりたいですね。英訳された作品を読むのは少し難しいですが、オーディオブックは英語で聴いています。自分が書いた表現が英訳されているだけでなく、読み上げる方に感情が入ると、ハリウッド映画のようでおもしろいですよ。

●「海外」に滞在中のみなさんへ

語学力に関しては、もっとも向上しやすい環境にいらっしゃいますね。目的の言語が話されている土地に住むことが、何よりも習得に効果的と聞きますから、うらやましい限りです。一方で、日本人であることが武器になることもあるのではないでしょうか。あまり日本に固執するのも考えものですが、日本の良さを生かしつつ、グローバルな視点を保つことが重要だと思います。あまりに外国に染まってしまうと、結局個性がなくなってしまいますからね。グローバルな視点を持った日本人として、どう戦っていくか。それを意識してみてはいかがでしょうか。