カナダでゲーム屋三昧 #008

現実とファンタジーの境界 (日本マンガとアメコミ比較論)

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動きと心理描写が多彩な日本コミック

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表情とシーンで魅せるアメコミ


「バーチャルVirtual」という言葉を聞いて何を思い浮かべますか?ネット上でのバーチャル恋愛や仮想現実という名前でバーチャルリアリティなんて言葉があります。実はこの意味は英語と日本語で全く異なる意味で捉えられています。英語ではバーチャルとは「現実ではないが『本質』に近いもの」、これがなぜか日本語になると「現実とは異なる仮想的なもの」。たんなる言葉の捉え方…といえばそれまでですが、実はこの言葉こそ欧米と日本を大きく隔てる「モノの見方」を示しているように思えるのです。

二次元を愛するオタク、日本が輸出するアニメとマンガはまさに新しい人種を生み出し、消費を作り出しました。シンデレラから『Frozen』のアナ・エルサに至るまで、欧米アニメはディズニー映画に見るように教示的で子供から大人まで安心して見れるコンテンツですが、日本アニメはガンダム、アキラ、エヴァンゲリオンなど80年代ごろから独自の進化を遂げ、「性と暴力を描く大人向けのコンテンツ」として一つの産業になりました。この2国間のマンガ・アニメの違いは、実は「バーチャル/リアリティのモノの見方」によって生まれたのではないかというお話。

「日本のマンガは面白いのに、アメコミ(アメリカン・コミックス)ってなぜあんなにつまらないの?」という声をよく聞きます。日本人だけかと思ったら、欧米人でも同じようなことを言う人もいます。スーパーマン、バットマン、スパイダーマン、アイアンマンといった数多くのヒーローを生み出してきたアメコミですが、その市場規模は400億円程度。実は日本のマンガ市場4500億円の1/10以下に過ぎません。なぜこんなに消費が少ないのかというと、アメコミは一度規制によって大きなダメージを受けているのです。遡ること50年以上前、1957年にコミックコードと呼ばれる規制があり、「子供に有害でないもの(ヒーロー物)以外は描いてはならない」と、多くのマンガが規制対象となりました。勧善懲悪なヒーロー物だけが残ったアメコミでは、産業の活性化など望むべくもなく、どんどんと縮小の波に飲み込まれていきました。

その結果、描画の技術には大きな開きが出来てしまったのです。最近アメコミと日本マンガの描き方の研究をしています。まあ、色々違いはあるのですが、簡単にいうと「リアリティの擬似表現にすぎない米国」と「妄想100%極大する日本」。米国は映画スクリプトと同じように描いていくので、コマ割りも等分で時間軸にそって均質で、キャラ的にも(デブマッチョな主人公からそばかすにきびも目立つ女性ヒロインまで)リアリティが強く、なにより日本マンガで発達した「動き・感情を代替する表現(顔が赤くなる斜め線や、『ちびまる子ちゃん』の青筋、『バガボンド』の筆を活かした線)がほとんどありません。逆に日本は完全に妄想100%の世界・描写が許され、ヒーロー・ヒロインは美男美女ぞろい、しかも10代など若い世代でも驚異的な能力や使命を帯びて大人の世界を浄化していきます。線からコマ割りから時間軸(『スラムダンク』は7年かけて描いたのに、マンガの中では3ヶ月間しか進んでない!)から、とにかく自由。漫☆画太郎からジョジョの荒木飛呂彦、バガボンドの井上雄彦まで、とにかくバラエティに際限がありません。実に様々な工夫が生み出されてきました。

マンガが有害なものとして嫌厭されてきた歴史は米国も日本も同じなのですが、アンダーグラウンドでもマンガはマンガだからと性・暴力などタブーも描き続け、表現方法を進化させ続けてきた日本は、この50年間の歴史によって、米国には生まれなかったコンテンツを生み出したのです。でもこれ…たった50年前の規制だけが原因なのでしょうか?ここだけでは明確な分析は難しいのですが、どうも現実と非現実の境界について宗教・文化もからめた欧米社会と日本社会の絶対的なモノの見方がここに起因しているように思えてならないのです。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教では偶像崇拝が禁じられています。単なる模型や彫刻であっても、神を可視化するということは神を貶めるということ。彼らはモノに拝むことを禁じ、現実とあの世を明確に区別しています。そうした一神教に対して、多神教の日本を含むアジア社会は神に関わる偶像を量産してきました。偶像は偶像、それでいいじゃないかと。東洋的価値観ではバーチャルとリアリティは陰と陽のように交じり合い時に入れ替わり、常に流動的。対する西洋的価値観ではバーチャルは常にリアリティに隷属し、その禁忌を犯してはならないもの。とすると、マンガの世界は西洋では偶像崇拝の脅威として初期からはねつけられ続けたのではないか。

ここからは自説ですが、東洋のファンタジーを生み出す創造力は、ルネサンス以降500年にもわたる科学合理主義的な世界観に対するアンチテーゼになってくるのではないか。そういう兆しが日本のマンガやアニメには見られるのです。などなど誇大妄想的な考えに拘泥しながらも、実は海外ではこれらの市場が成立していないのも事実。そこへの打ち手を探ることも今後別の形で考えていきたいな~と思っております。今後共どうぞ応援よろしくお願いいたします。

ちなみにちょっと広報ですが、8月22-24日バンクーバーのオタクの祭典Anime Revolutionで、弊社ディレクター佐藤がセミナーを行いました。テーマは「IPゲームの創り方」「バンダイナムコスタジオの入り方(笑)」、100名を越える来場者が駆けつけ、かなりの盛況でした。今後もこうした情報発信を積極的に行っていきます!10月初旬に、日本領事館125周年記念祭&日本国際交流基金主催で、バンクーバー、トロント、モントリオールの3都市をまわって、ゲーム産業の今後についてカンファレンスを行う予定です。プレゼンターはゲーム産業研究の権威であるConcordia大学教授MiaConsalvo氏と、不詳私めが。また、皆様にお目にかかるのを楽しみにしております。


nakamura-atsuo中山 淳雄

1980年宇都宮市生まれ。2004年東京大学西洋史学士、2006年東京大学社会学修士、2014年Mcgill大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)を経て現在 はBandai Namco Studios Vancouer. Incに勤務。コンテンツの海外展開を専門に活動している。著書に『ボランティア社会の誕生』(三重大学出版:第四回日本修士論文賞受賞作、2007年)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHPビジネス新書、2012年)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHPビジネス新書、2013年)、他寄稿論文・講演なども行っている。