植松 伸夫さんインタビュー

TORJA New year Special Interview

日本ゲーム音楽界を代表する天才作曲家

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植松 伸夫さん

植松 伸夫さん

電子音3つのゲーム音楽から壮大なクラシックまで幅広く作曲を手掛ける植松氏。その才能は1999年オリコン洋楽チャート19週連続1位の記録や、2001年アメリカTIME誌で音楽の革新者として紹介されるなどゲーム音楽という枠を超えて世界中で評価されています。通算99回目のオーケストラ公演がトロントで行われたということで、コンサートのみならず、これまでとこれからの新しい挑戦について植松さんに詳しく伺いました。


植松伸夫 / dogearrecords.com
1959年高知県高知市生まれ。神奈川大学卒業後、CM音楽制作などを経て1986年スクウェア(現スクウェアエニックス)に入社。同社の代表作ファイナルファンタジー(以後FF)など、約30の作品の音楽を手掛ける。1999年自身のプロディースした「Eyes On Me」がオリコン洋楽チャート19週連続1位を獲得。2004年同社を退社後、有限会社SMILE PLEASE設立。また2002年よりFFの音楽をオーケストラにアレンジしたコンサートを開始。

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会場は多くのファンで満席だった

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多くのFFファンが駆け付けた

ゲーム音楽をオーケストラでやろうと思ったきっかけは?
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日本国内のみならず世界中で多くのファンを持つファイナル ファンタジーシリーズ

きっかけは「ドラゴンクエスト」のすぎやまこういちさんがオーケストラコンサートをやったことですね。他にやっている人もいませんでしたし、面白そうだなと思っていました。その後ファイナルファンタジー(以下FF)でもオーケストラ演奏にも見合うような曲が溜まってきたので、挑戦してみるのも面白いかなと思い、日本で初めての公演を行いました。その後、試しにアメリカで公演を行うと、思いの外ウケて(笑)。もう一つは指揮者をやっているアーニー・ロスとの出会いです。彼はオーケストラに詳しいと同時にロックやポップスなど様々なジャンルとコラボレーションもしていたのでゲーム音楽にあまり偏見がなく、コンサートに関しても熱心にやってくれました。そこでこの人とだったら面白いものができるかもしれないな、と思って始めたのがこのツアー「Distant World」です。始めてから7年経って、このトロント公演で99回目です。記念の100回目は1月に日本でやります。

昔のゲーム音楽と今のゲーム音楽とを比較して作曲に関して変わった点は?

昔と比べて、ロックミュージシャンを使ってロックミュージックを作ったり、オーケストラを使ってクラシックを作ったり、頭の中にあるものは表現しやすくなったと思います。一方で、ゲーム音楽という独自性は薄れてきているのではないかと思います。どっちが良いというわけではないですが、電子音3つでどこまでできるだろう、と考えていた当時の作曲家の方が、独自性を求めていた気はします。
今も昔も身の回りの様々なものから影響を受けて作曲しています。作曲とは結局その人の感じたものを作っている以上はその人の生き方や価値観、美意識がどこかに反映されて然るべきだと思います。

音楽を始めたきっかけと、音楽を仕事にしようと思った経緯は?

音楽を始めたきっかけは自分の姉がピアノをやっていて家にあったので、趣味でギターを始めたりバンドを組む感覚で始めました。初めはただビートルズの「レット・イット・ビー」が弾きたくて、マネしてやっただけですね。作曲も譜面を見て弾くのが苦手だったので自分で創ってやろうと思って始めました。仕事にしようと思った理由は単純に音楽が好きで、音楽に携わって生きていきたい、という思いからですね。年をとった子供みたいに中学生の頃の思いのまま大人になってスクウェアに入社しました。ファミリーコンピュータなどのゲームが出たのは僕が二十歳超えてからでしたので、まさかゲーム業界に入るとは思ってもいませんでした。入社して初めの頃はゲームの製作側と曲に関して何度も打ち合わせをしていましたが、作っていくうちに段々やりたいようにできるようになっていきました。とくにFFは同じような年代の人がやりたいことを出し合って、そのまま曲作りにぶつけられました。

スクウェアエニックスを退社した理由は?

ゲーム音楽のほかにも様々なことに挑戦したいという思いがあったからですね。一つ作品を創って、次はこれを創ってくれと頼まれて創って、という繰り返しになってきたと感じがありました。嫌になったわけではないですが、居心地がよくなりすぎてしまいました。20年以上いた会社なので自分に対して誰も何も言わなくなってしまったのもあり、卒業することにしました。なんか、新しい刺激が欲しかったのだと思います。

新たに会社を設立されて、今後挑戦していきたいことは?

自分で思う自分の実力と、世間のFFの音楽に対するイメージがかけ離れている部分があると思うので、もう一度、一から音楽をやり直したいという思いがあります。自分が音楽家として何ができるのだろうか、FFを取っ払って何か新しいものができるか、と考えています。人間は何か新しいことをゼロから始めて、世の中に問いかけ続けて、それが一つの形になるまで10年あれば何とかなると思うのです。幸いなことに僕らの仕事は体力を使うものではないので、頭の中がしっかりしてれば、今55歳で始めて65歳くらいには何か自分の中で納得のいくものが出来ると思っています。シンセサイザーを使うしかないですが、一人で何ができるのか試してみたいです。勿論それが一つの形になれば、50人くらいの小さなライブハウスとかから始めたり、他の楽器を少し増やしたりするかもしれないですけどね。アマチュアバンドがライブハウスに出たい、みたいなフレッシュな感じで新しいことをやってみたいです。

留学やインターンシップなど、トロントで様々な挑戦をしているTORJA読者に一言
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インタビュー中の植松伸夫さん

一番はやめない事です、やめたらそこで終わりだから。もしかしたら後一週間で目標達成できたかもしれないのに、その前でやめちゃうから失敗、ということになるのだと思います。古臭い考え方ですが、何かしら自分の中で一つ階段を上ったな、という実感があるまで継続する努力や根性が必要だと思います。一方で、思いつめてもダメです。夢を叶えることは絶対しんどいから、しんどいとばかり思っているとプレッシャーに押しつぶされます。どこかで何とかなるよ、と思う心のゆとりが大事です。だから、「頑張らなきゃ」という熱いものと、「何とかなるさ」という懐の深さの両方が必要だと思います。でも、別に夢を叶えなくたっていいんじゃないの?(笑)って最悪そのくらいのことを思ってないと大変ですよ。夢を叶えていなくても楽しい人生を送っている人も大勢いますから。何とかなるのです。