TPPってどうなるの?
昨年11月号の本寄稿にTPPのことを書かせて頂いた。その時のポイントはTPPが発効すればアジアの時代を後押しし、北米に於いては東海岸から西海岸にその主流は移っていく、と述べた。それから数か月がたち、今年の2月にはニュージーランドで参加12カ国が5年以上かけて取りまとめたその分厚い協定内容を確定する儀式を行ったが、さてそのTPP、一体どうなるのだろうか?
日本の一部報道では協定調印であたかもTPPが発効したようなちょっとしたお祭り的な感じも見られる。日本の農業はこの数年、ひっそりと攻めの農業の姿勢に転換しつつあり、個人レベル、民間レベル、農協レベルそれぞれが競うように「お国自慢」の農産物をアジア中心に各地で販売したいと考えている。いわゆる「輸出ノウハウ」が地方では今や注目ワードとなっているとしても過言ではあるまい。
だが、TPPがそう簡単に成立すると思われては困る。事実、私はかなり際どいとみている。
まず、TPPは2月の協定調印から2年以内に12カ国全てが各国で批准することを要件としている。批准とは議会などで賛成多数でこの協定を国家として承認することである。仮に2年以内にこれが満たされない場合、参加国GDPの85%を占める最低6か国が批准することが求められている。実はこの85%がミソであり、アメリカが60%程度、日本が17%程度占めている。つまり、日米両国が批准しないことにはTPPは失効し、5年以上の努力は水の泡となる。それともう一つ、2月に調印した協定の修正は不可能で、take or leave itであることがキーポイントである。
日本は安倍政権の下、批准をするハードルは最も低いであろう。通常、協定から数か月間かけて議員が内容を吟味し、国会等で議論されることとなる。夏に参議院選が予定されており、一部では衆参同時選挙の噂もあるが日本で今、政権交代することは想定しにくく、TPPのメリットが最もある国の一つが日本である点を考えればほとんど懸念はない。
では、私が際どいと思う理由は何か、といえば、アメリカの行方が実に不明瞭なのである。TPPの推進役はオバマ大統領だがレームダック化し、議会の主導権を野党共和党が握っている以上、オバマ大統領のレガシーにさせたくないという明白な「目標」が存在する。よって、11月の大統領選挙までにアメリカが批准することはまずあり得ない。
では、新大統領が選ばれたらどうなるか、であるが、現在、大統領選の主要候補者は概ね、TPPに反対している。民主党はクリントン、サンダース氏共に反対。共和党もトランプ、クルーズ氏が反対でルビオ氏のみ賛成している。ルビオ氏が大統領になる芽はあるのか、といえばあまり勝手なことは言えないが、彼には若さがあるものの経験がなく、移民の子という今のアメリカの世論が喜ぶキャリアではない。
大統領候補はTPPが大統領選にネガティブだという理由で反対表明をしているのだが、この4氏の誰かが大統領になる可能性は相当高いと想定すれば、TPPが議題に上るのは少なくとも新大統領が17年1月31日頃に行う一般教書までお預けだろう。
繰り返すが、TPPの協定は2年以内に調印することとなっているため、アメリカは一般教書からちょうど1年しか猶予がない。債務上限問題の時の様にギリギリにならないと動かないアメリカ議会を考えればまず、17年秋までは本格議論は始まらないとみている。
では、その時、アメリカがTPPを批准するかどうかは世界経済とテロなど地球儀ベースでの情勢次第だと考えている。
TPPを議論する時、私はいつもGATTの交渉が頭をよぎる。特にウルグアイラウンドについては当時の交渉担当者からも話を聞いたこともある。今進めているドーハラウンドを含め、考え方やアプローチはTPPと共に貿易などのハードルを下げるというコンセプトであり、類似点がある。では数多くのラウンドがあったGATT交渉は成功だったかといえばお世辞にも素晴らしかったとは言わないだろう。特にウルグアイの評価は低い。
但し、政府間で進める自由貿易交渉を受けて民間はその先を読む。つまり、その協定そのものが必ずしも実を結ばなくてもそれに刺激される形で他のことが動くことが多い。私はその効果をむしろ期待している。
例えば、先日バンクーバーで政府関係者らの講演、パネルディスカッションがあったが、TPPに関して「成立しないかもしれないからカナダと日本のEPA交渉を早く推し進める」というボイスが多かった。ちなみにカナダの役人等が「(TPP批准に関して)アメリカは相当難航する」と述べているがその言葉の裏にはカナダがもっと苦戦しそうで、アメリカのせいにしようとしていることも薄々感じられる。
日本では昨年まであれだけTPPへの不安視一色で特に農業部門は鉢巻き姿のデモが印象的だったが、急速に雰囲気は変わってきている。が、実は自由貿易万歳のアメリカが難色を示すのはアメリカがシェール産出による自前主義が芽生え、中東や欧州のテロで孤立主義がより進み、基軸通貨ドルを巡る政策に新興国やIMFがやんやと口出しするため「アメリカはアメリカ」というモンロー主義が育まれつつあるようにも見える。アメリカはこの数年で大きく変化した。社会主義者サンダース氏が有力大統領候補になるほどの変化である。その変化を理解しなければTPPも含め、日本は大きなサプライズに振り回されることになりそうだ。
了
岡本裕明(おかもとひろあき)
1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。