国民投票の是非

国民投票が話題になっている。日本でも憲法改正議論に伴い、国民投票のプロセスがあるが、諸外国ではどうも国民投票を政治家の武器として多用しすぎるきらいがあるようだ。今回はそのあたりを覗いてみよう。

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英国でEUの離脱を問う国民投票が行われ、想定を覆し、離脱派の勝利となった。キャメロン首相は「国民投票で国民の真意を問う」と述べた際、「ふん、離脱派が勝つわけない。これは俺の国民へのサービス精神だ」程度にしか思っていなかったはずだ。なぜなら、国民投票の必要性は全くなかったのだから。

負けは負け。これは致し方ない。だが、キャメロン首相の態度が気に食わない。離脱が決まった瞬間に「俺は残留派だから離脱の為に俺が一肌脱ぐ理由はない。だから首相は辞める」とさっさとその席を蹴飛ばしてしまった。

私からすれば「おいおい、それはないだろう」と言いたい。国民投票は結果がわかってやるものではない。その結果次第でそれを主導した首相は結果を尊重し、責任をもって導線まではこなすべきであった。つまり、この場合ではEUに対して離脱宣言をするところまでだ。

こんな中途半端な状態で放置プレーするなら初めから国民投票など企てるべきではない。

国民投票は最近のトレンドとも言えるだろう。ポピュリズムというか大衆迎合主義がなぜここまで政治手法として流行したのだろうか?

個人的には「アラブの春」と称する2010年から12年ごろにかけて起きた反政府デモと既存政権の転覆がきっかけだったと思う。何十年も政権に居座り続け、特殊権益を通じて蓄財するトップに国民は長いこと、なすすべもなかった。だが、携帯のSNSという武器が国民の意識を一体化させ「ボイスの武器」と化し、難攻不落の政権を切り崩すことができたのだ。

この時、世の政治家は国民の声に耳を傾けないと自分にも「ボイス爆弾」が落とされると気が付いた。これを見事に引き継いだのがギリシャの国民投票である。ギリシャ危機の際、緊縮財政策に対してチプラス首相は国民投票を実施、緊縮反対が61%となり、解散総選挙を行う。結局チプラス氏が再選、EUらトロイカとのディールの決着をつけたことが記憶に新しい。

また、2014年9月にはスコットランドの独立を問う住民投票が行われ、「第一次英国分裂危機」の騒ぎとなったが独立反対派が55%を取り、一旦はこの騒ぎは収まった。また、ここカナダでも1995年にケベック州の独立を問う住民投票が行われ、50.58%の僅差で否決された。面白いことにケベック独立運動はこれだけ僅差になった当時以降、その盛り上がりはほとんどなくなっている。思うに独立派にしてみればいざ独立したらどうなるか、というビジョンが選挙後に見えてきたということではないだろうか?

とすれば英国の離脱派の勝利も「だからどうなの?」とも言える。英国政府、ひいては議会が離脱する旨を正式にEUに表明しない限り、何も起きない。そして表明してから2年かけてそのやり方や内容を決める気の長い話である。正直、現段階ではEUから離脱するかどうかも定かではないのだ。なぜならギリシャのケースのように国民投票の声が必ずしも絶対ではないからだ。

さて、目線を日本に移してみよう。

舛添前都知事に関して「都民による信任投票」を行ったわけではないが、9割の人が「ひどい」と思ったのでポピュリズムの観点からは落第となった。だが、舛添さんがあそこまでバッシングされるほど無茶なことをしたのか、と言えば比較論からすればもっとひどい知事や首長はいくらでもいる。残念なことに舛添さんは有名人だから防戦一方になっただけの話である。

ポピュリズムの怖いところはここだろう。多くの国民はある事象に対して一定の色をつける。赤か青かである。タイの場合は赤対黄色だった。結論が先にありきなのでその過程の論理は結果を論理的に導ける都合のよい理由だけを引き出し、不都合なものには目もくれない。

ならば私は都知事選に立候補した小池百合子の戦略は面白いと思っている。なぜなら彼女はその対象を都議会としたためである。仮に小池氏が都議会の問題点をうまく引き出し、メディアに乗せることができれば都民のポピュリズムを勝ち得ることができる。つまり、ポピュリズムの時流に如何にうまく乗るかが政治家の世渡り術となっている。

だが、これが完全に正しいとは思わない。なぜなら政治家のボイスは一つの意見であり、モノの見方はいくつも存在するからだ。例えば英国離脱派を主導したボリス・ジョンソン氏のように国民意識をうまく利用し、一定方向に操縦する術を持っていれば国の運営はどのようにもなるということだ。

日本が軍国主義となり「欲しがりません、勝つまでは」と国民が一体となったあの戦前、戦中の意識はどうして育まれたのだろう?その大きな理由の一つは情報操作であろう。現代のSNSは強力な拡散能力がある上にスマホから読み取るその情報は読み手の好きな情報だけに選別されていることに注意したい。

ITの技術の発達は「好きなものだけ選択する」という大きな弱点がある。この術にはまるとポピュリズムの政治家にとっては思うつぼ、そして世の中は激動を迎えるということだ。あなたもその罠にはまっていないだろうか?


岡本裕明(おかもとひろあき)

okamoto021961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。