我々の生活はどうしたら満たされるのだろうか?

最近のメディアは世界経済の行方にいくつもの不安材料があると指摘し、将来の不安感を必要以上に煽ってはいないだろうか?我々の社会のあるべき姿とは何だろうか?身近な例を交えて皆さんと考えてみたい。

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昨年秋、安倍首相は日本のGDPを2020年に600兆円に引き上げると発表した。現在の名目GDPが500兆円程度なので20%アップということになる。実際にはGDPの計算方法を変えるため、15%程度の増加を目指すことになるのだが、そのGDPの計算では6割が個人消費に依る。つまり、日本人に今より10%ほど消費を増やせ、と言っているようなものだが、それには財布が今より1割以上温まることが前提になるが果たして現実的なのだろうか。

日銀はデフレ脱却を目指し、「魔法使い黒田」総裁は異次元の金融緩和、サプライズ緩和、マイナス金利など日銀の政策を一般大衆にまで「見える化」を進めた。総裁の記者会見はヒーローインタビューの感すらあるが、2%のインフレ目標には全く届かず、マイナス金利政策に至っては邦銀から総スカンを食い、総裁の軽口もかつてのようには聞こえない。

こう考えると経済の運営とは実に難しいと感じるだろう。経済学というのはそもそも自然科学系の学問に比べてその評価は低い。ノーベル賞一つをとっても自然科学系は高く評価されるがノーベル経済学賞はオリジナルの賞ではない。スウェーデン国立銀行が賞金を供出しており、本家本流ではない。なぜか、と言えば絶対普遍の学問ではないからかもしれない。

経済を発展させるために人間社会は様々な試行錯誤を繰り返してきた。歴史上の数々の戦争も経済領域を拡大させるためであっただろう。日本が戦争をしたのも究極的には新たなる大地を求め、資源を求め、成長を夢見たからだ。歴史学に精通している人は欧州の植民地政策からの解放だとその正当性を述べるが結局のところ、領土拡大することで支配領域を増やし、経済規模を膨らませたかったわけだ。

豊臣秀吉が織田信長より一歩先んじていたとすれば信長は国内統一が野望だったが、秀吉は朝鮮半島を通じて大陸の向こうまで制覇しようとした。だから故にケチな信長から領地のお裾分けに対して秀吉は結構です、と断るのだ。そんなちっぽけなものはいらぬということだろう。

経済がある程度分かる人に「なぜ、デフレじゃ、ダメなのですか?」と聞けば即座に「経済の規模が小さくなるから」と跳ね返ってくるはずだ。つまり経済とは規模を拡大することでより強靭な体質を作っていくことに他ならない。

皆さんのよく知っているファーストフードチェーンやコーヒーショップ、コンビニを考えてみるとほとんどが多店舗展開だ。セブンイレブンは年間1千店も増やすのだが、それは出店した分だけ売上や利益が増えるという計算に他ならない。ではなぜ、それを目指すのかといえば下請けはその会社に足を向けて寝られなくなるからだ。客はその店の商品を今の流行だと捉えるかもしれない。英語ではディファクトスタンダードという。

だが、この規模追求の経済はいびつな経済マップを作り上げることになる。ここで戦後の歴史を振り返ろう。それはアメリカの自由を基調とした風通しのよい地球経済作りであった。誰でもチャンスはある、これがかつてのアメリカの最大の美学である。片田舎のお嬢さんでもブロードウェイのステージに立ち、全米の注目を浴びることができるという夢を与えたのは60年代だった。遥か彼方の話である。

そのアメリカは自国の製造業が不振になり、マネーという武器を使った攻撃に出る。企業買収時代である。世界中の企業をアメリカが食べつくす、そして、資本家はより強靭になり、99%と1%の格差を生み出す。カナダ企業も多くは米ドルまみれになってしまったではないか。

ではそのアメリカで今、何が起きているのか?大統領選挙の激しいつばぜりあいの中である傾向が見て取れる。それは極論を好む体質が生まれているということだ。そして数の理論が正しいならば99%の人たちのボイスが圧倒的に有利になるわけで、実は私は「トランプ現象」より「サンダース旋風」の方が注目に価すると思っている。誰が大統領になるかよりもアメリカ国民が選挙戦を通じてその心の奥底を読み込むことに意味がある。

その際、世界の経済の潮流はそれでも拡大させたいのか、と考えると何か違うサイクルに入っている気がする。シェアリングエコノミーの仕組みは今より1割消費を増やすわけではなく、ライフへのメリハリを与えるものであろう。

パナソニックやトヨタが規模の経済から質への重視に変わりつつある政策を見逃してはいけない。売り上げが多ければよいというものではない。人々が喜び、社員が満足する社会を作り、悦びにあふれた社会を作るのが本当の意味での経済成長ではないだろうか?

日本はもともと少子高齢化社会であり、政府による経済規模の拡大政策は人口増がない現実に於いて二律背反とも言える。ならば高齢者が安心して終末まで過ごせる社会構造を生み出し、お金にがめつくなくてもよいシステムを作るほうがよっぽど大きな経済成長ではないだろうか?

最近の世界の経済状況を見ているとオールドエコノミーから全く違う常識観の社会に移行しつつあるようだ。世界の経済学者はここを見抜いて人々を幸せにする学問を突き詰めないとノーベル賞はいつまでも分家扱いのままになるだろう。


岡本裕明(おかもとひろあき)

okamoto021961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。