トルドー首相の 手腕|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明

46歳の若きエースは腕まくりをした白いワイシャツ姿でにこやかに握手をしているシーンがイメージだ。好感でさわやかさも売り物だ。そのジャスティン・トルドー首相は15年11月に就任し既に2年半が過ぎた。そこには笑顔とは裏腹の難問山積で大いなる苦悩が見られる。


 トルドー氏が首相になるとき、「大丈夫かねぇ」という声は確かにあった。氏の政界進出は2008年であり、首相になるまでの政治家としての経験値が少なく親の七光り、という懸念である。だが、トランプ大統領は政治家経験ゼロだと考えれば経験値よりも本人資質や家系がものをいうのであろう。日本ならさしずめ、小泉進次郎氏が比較対象かもしれない。

 フェミニストが甘い顔で笑顔を振りまき、世の中丸く収まるなら苦労はしない。だが、近年、社会問題はとみに複雑化し、頭痛の種となってきた。トルドー氏が直面した一つ目の問題は通商関係であろう。トランプ大統領のTPPから離脱宣言を受け、安倍首相がリードするTPP11への乗り換えは想像以上に困難であったに違いない。
 ところが思わぬ追い風はトランプ氏のNAFTA再交渉に伴う政治的影響であった。私はTPP11が署名式にまで至った理由はトルドー氏の手腕というよりトランプ氏の強硬姿勢がカナダ内の反対派を黙らせるに十分な後押しとなったから、と考えている。

 アメリカと最大の貿易パートナーであるカナダがNAFTAを通じたアメリカとの通商メリットを十分享受できなくなるリスクを考えれば代替案を模索するのは当然である。そして、それ以上にNAFTAが混迷を深めればアメリカ国内経済に悪影響が出るのは目に見えている。つまりTPP11のアメリカへの挑戦状でもあったはずだ。

 それでもNAFTA再交渉はトルドー首相が「決着はもう数日中には」と口にするところまで来ていた。だが、トランプ氏は関税戦争へと舵を切る。TPP11が先々機能するとしてもアメリカとの交渉がうまくいかなければカナダも即時、厳しい立場に立たされることが目に見えている。トルドー首相が通商問題で苦しむのはこのゲームにある。

 G7ではカナダが議長国ながら開催前からG6対トランプという対立構図が明白であった。その結果は想定通りでトランプ氏から激しい抗議を受け、トルドー首相にとってマイナス面が目立つ結果となってしまった。

 トルドー氏が抱える二つ目の問題はBC州を抜けるパイプライン敷設問題である。事の発端は既に連邦政府がお墨付きを与えていたキンダー・モルガンのトランス・マウンテン・パイプライン敷設についてBC州の州知事選でパイプライン反対派のNDP、ホーガン氏が当選したことに端を発する。ホーガン氏がリードする反対派の動きは激しく、アルバータ州のレイチェル ノットリー知事の怒りをも買った。両知事のバトルは州間の通商戦争にまで発展し、挙句の果てにアルバータがBC州へのガソリン供給の蛇口を締めるとしたことでトルドー首相と三者会談まで実施された。そのトルドー氏はパイプライン推進派である。

 トルドー氏はブリテッシュコロンビア大学を出ているにもかかわらずBC州でのイメージは悪化している。最近ではパイプラインの会社をカナダ政府が3800億円で一時的に買収し敷設推進への断固とした姿勢を見せたことで事の成り行きは極めて神経質な状態にある。

 トルドー首相を巡る問題は他にもある。例えば氏の支持率が明白に下落したきっかけとなったのが氏のインド訪問とされる。その訪問におけるあまりにも大きな失敗の積み重ねで国民の期待と信任を下げることになった。事実、最新の世論調査ではトルドー氏の中道左派、自由党は野党の中道右派、保守党に大きくリードを許している。

 カナダが抱える問題がトルドー氏の手腕不足によるものなのか、カナダ国民の支持政党が中道右派に傾いてきているのか、その両方なのかは判断しにくい。国内の各州の動向を見るとオンタリオ州では中道右派の新保守党が勝利し、フォード氏が州知事になった。

 オンタリオ、サスカチュワン、マニトバは完全に保守党領域だし、BC州ではNDP政権の推進する政策に対して懸念の声が高まり、パイプライン問題に伴い、北米で最も高いガソリン価格の地域という汚名に住民はいら立ちを示している。つまり、国内全体で保守の巻き返し傾向がみられる。

 言い換えればカナダ国民は中道左派とそのマスコット的イメージであるトルドー首相に「刺激がない」と思い始めている節はある。例えばG7におけるトランプ大統領との一件にしても会議中はおとなしかったもののトランプ氏が退席した後にトルドー首相がアメリカをこき下ろしたことにアメリカ側が大きく反発、後ろから襲いかかったとののしられた。

 カナダ人はアメリカ人と違い、自分の意見をそこまで明白に打ち出さない国民性が強い。多民族国家が他の人とうまくやっていこうという気遣いの表れなのかもしれない。だが、二枚舌な国民性とも言われるのは表で笑って後ろを向いて思いっきりののしる傾向があるからともされる。

 ちなみにカナダは友人が作りにくい国としても知られているが、それは本心を見せないことで付き合ってみたら別の素顔が見えてきた、ということかもしれない。

 となれば優しさと笑顔の後ろに何があるのか、と勘繰られても致し方あるまい。個人的にはトルドー首相はもっとハードボイルドで野性的な政治家としての闘魂を見せるべきではないか、と思っている。


岡本裕明(おかもとひろあき)


1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。