日系ビジネス社会、90年代移民組とその後|バンクーバー在住の人気ブロガー岡本裕明

 カナダは起業家天国だろう。中小企業に優しい税制もあるし、起業家への理解度はアメリカに並ぶし、その支持も強い。もちろん、事業化のハードルはこの20年でぐっと上がったがチャンスはまだある。そしてその起業の中身は今後、どんどん形を変えていきそうだ。モノの販売や飲食店ばかりではない。ノウハウや技術を売る会社も伸びる余地が大いにある時代になるとみている。

 私はいわゆるカナダへの日本人事業者移民が比較的多かった世代に当たる。年代にして1990年頃である。トロントは少ないかもしれないが、バンクーバーには90年前後に移民してきた人はかなり多い。現在の年齢に直して40代後半から60歳ぐらいだろう。

 その世代が移民した理由は大まかに三つのグループに分かれる。一つ目はワーホリや学生からそのままカナダに居ついたグループで何らかの起業をしたか従業員として長らくカナダでエンジョイした人たち、二つ目が日本で会社勤めをしたあと、こちらに転職した人たち、三つ目が国際結婚派でこれは女性が多い。国際結婚がちょっとした流行になったのもその背景にある。この三つの層の共通項は多くが「地球の歩き方」世代にあたる点だ。

 「地球の歩き方」は個人海外旅行のブームの火付け役と言ってもよい。70年代後半、海外からさまざまな珍しいもの、面白いものが輸入され、ソニープラザなど輸入雑貨店に学校帰りに立ち寄った人も多いだろう。またアメリカの音楽や映画など文化面でも日本に強烈なインパクトを与えた。FENを聴く、というのは当時の若者のトレンドと言ってもよかった。

 つまり、90年頃に移民した人々は海外へのあこがれやポジティブなイメージを十分味あわされた世代であり、海外に肯定的なスタンスを持ち、新天地を求めてやってきた点でそれ以前の移民層とは趣をやや異にする。

 では90年代移民組はどんなビジネスを立ち上げたのだろうか?ビデオレンタル、コンピューターサービス、美容室、食品業などもあったが紆余曲折し、案外飲食系のビジネスに収斂した感がある。日本のビデオレンタル屋なんて今時、カナダ全土で数軒あるかないかだし、パソコン時代についていけない方々へのパソコン・ネットサービスの会社も今や化石となり、それらの人がウェブサイト制作会社にシフトしてみたものの激戦で技術の急速な進化で振り落としも激しい。

 言い換えれば90年代移民組はパソコン・IT革命の真っ只中で人生一番脂がのっている年代を過ごしたわけで波にうまく乗れた人、乗り損なった人の差が出たともいえるだろう。

 ではその次の世代はどうなったのか、といえばご承知の通り、日本全体が収縮したバブル崩壊で夢も希望もチャレンジ精神も全部どこかに消え去ったそんな時代に重なる。「本業回帰、国内回帰」という言葉がメディアに躍ったが、これは海外にいる日本人を異端児し、海外にいた人間は使い物にならないというレッテルを張った日本企業の歴史に重なる。

 それを横目で見たのか、若者はすっかり海外に出たがらなくなった。これだけが理由ではない。「地球を歩きつくした」つもりだったのか、「海外に行ってもそんなにドキドキしないし、言葉通じないし、日本の方が飯は旨いし、だいたい俺、海外でなんて働かないし」という人生を達観したようなへんてこな理由を述べるのである。

 さらに拍車をかけたのが近年の日本国内の好景気で引く手あまたの就職戦線である。民主党政権の時は悲痛な面持ちのワーホリさんで溢れ、2010年のバンクーバー冬季五輪で就労ビザが取り易かったこともあり、日本人移民ブーム再来かとも思われたが、幻で終わった感がある。

 最近カナダで起業する日本人を見ると圧倒的に飲食系が多い。それもラーメン店である。メニューの種類が少なく、スープと麺の管理が主体で経営的切り口がシンプルなので、寿司屋、居酒屋の手間暇とは圧倒的な差があることも起因するのだろう。

 日本の食文化を国際標準のフードアイテムに引き上げることは嬉しいことである。また、アニメや漫画、コスプレからサブカルチャーなど文化的輸出も注目されている。

 だが、日本が持っている潜在的能力はそんなものではない。製造業や食文化、エンタメ文化は我々の誇るべき分野の一つであるが、日本の産業構造はとっくの昔にサービス業にシフトしている。日本が生み出した技術、ノウハウ、経営支援、付加価値あるサービスの横展開ができる余地は相当あり、それらをベースに海外で起業しようとする人がなぜ現れないのだろう?

 私は高齢者向け住宅事業をここでやりたくてしょうがない。10年前にバンクーバーで開発、建築した百十一戸の老人ホームの運営を外から覗き見しながら、参入のチャンスを虎視眈々と狙っている。あるいは、雪で覆われた地に新鮮な野菜を届けられる植物工場もカナダだからこそ展開できる要素がある。また、コーチング事業をする日本人の方を何人か知っているが、なぜ、カナダで通じる日本人養成講座がないのだろうと思う。

 ビジネスのネタはいくらでもある。日本人にしかできない技やノウハウもある。それを引き出していけば、もっと面白いことができるのではないかと心底思っている。事業継承ではないが、日系のビジネス社会が次の人たちにバトンタッチできるようにするためのお膳立ては我々の世代が後押ししなくてはいけないのかもしれない。


岡本裕明(おかもとひろあき)


1961年東京生まれ。青山学院大学卒業後、青木建設に入社。開発本部、秘書室などを経て1992年同社のバンクーバー大規模住宅開発事業に従事。その後、現地法人社長を経て同社のバンクーバーの不動産事業を買収、開発事業を完成させた。現在同地にてマリーナ事業、商業不動産事業、駐車場運営事業などの他、日本法人を通じて東京で住宅事業を展開するなど多角的な経営を行っている。「外から見る日本、見られる日本人」の人気ブロガーとしても広く知れ渡っている。