音楽を嗜むことの効果|カナダで出会う音楽の話【第10回】

 いつもは事務処理や原稿書き等、机上でする作業は自宅で行うことにしている。自宅のリビングが私は一番集中できるからだが、今月号の原稿は事情により日頃お世話になっている教会のロビーで書くこととなった。この教会は私にとって心の拠り所のような場所なので、広いロビー中に子供達が走り廻っている声が響き渡っていても、何故か心静かにPCの前に座っていられるから不思議だ。これがチャッキーチーズとかならそうはいかないだろう。

 皆さんの中にはスタバなどで作業をなさる方も多いであろうが、私にはそこもどうやら向いてない。というのも、スタバ等のカフェはBGMにジャズやオルタナティブを流しているところが多く、ヲタクの私はついつい聞き入って分析など始めてしまうので本来の作業が全く捗らないのである。

 もっとも、自宅で書き物をするなんてかっこいいことを言ってみても、その気になるまでだらだらと、今やらなくても良い掃除を突然始めたり、いつもは全く手を付けないクラフトをやり出したりと、オシリに火がつくまで(今の若い方はこういう言い回しはもうしないかも)ずるずる引き伸ばしたりするのだから、結局は怠け者の言い訳なのかも知れないが。

 その代わりと言ってはなんだが、短時間で物凄く集中できるエネルギーは、自分でも実はなかなかなのではないかと思っている。よく私の周辺では、〝何かが下りてくる〟という言い方をするが、時には私ではない何者かが私を使って作業をしているような感覚に襲われたりするのは、どうやら私だけではなさそうだ。

 そして必ずひと仕事終わった後は、呆けたほうになるのも同じ。よく私達は〝行ったり来たりする〟というフレーズを使ったりしていた。スイッチが背中についているとかも言っていたかな。

 よくよく考えれば、子供の頃から、静まり返った自分の部屋で、独りで黙々と創作作業を行うことが多かったし、気が付いたら毎日ピアノを2時間練習するのが日課だった(厭々だったけど)。

 長年やっていた仕事も、ストレッチやメイク、衣装スタンバイの時間なんかが、本番へのエネルギー集中への導入時間となっていた。若い頃からのそういう日常的な習慣や時間の使い方は、後々まで物をいう。

 今でも大体集中力が持続するのは2時間くらいが限度だが、これはどのコンサートや舞台の本番も大体2時間位なことと無関係ではないと思う。子供の頃のピアノの毎日の練習時間も影響しているかもしれない。

 そう考えると、年齢に関わらず、音楽を嗜むことは、脳の働きが良くなることに加え、自然に集中力を育んだり、自分のエネルギーの使い方のバランスをいつのまにか身に着けたりする絶好の機会なのではないか。

 音楽の世界の片隅にちょこんと居させてもらっている身としては、ぜひそうあってほしいなぁと願わずにはいられない。

SAYAKA MUSIC STUDIO グリフィス千佳

 兵庫県神戸市生まれ。モデルを経てライブや舞台を中心に歌手、役者として活躍。2012年に移住、現在はさやか音楽教室で講師を務める。1児の母。