メジャーリーグサッカー・トロントFC遠藤翼選手 × マッサージセラピスト青嶋正さん|プロアスリート対談
カナダ公認マッセージセラピストである青嶋さんは、25年間でフィギュアスケートの羽生結弦選手をはじめとするアスリートを担当し、8名がオリンピックに出場し入賞や金メダルを獲得、そして多くのバレエダンサーを国立バレエ団プリンシパルダンサーへ導いている。その青嶋さんがトップアスリート達の身体とコンディショニングについて語り合う。
不定期連載でおくる第一回目は、18歳で単身渡米し、アメリカの大学リーグの強豪チームでプレーし実力を磨き、卒業後日本人初のドラフト1巡目指名でトロントFCに指名されプロのキャリアをスタートした遠藤選手。その後、リザーブチームのトロントFCIIに降格したが、今年2019年に再び這い上がり、再契約したことを発表した。
ー語学勉強とサッカーの両立を目指し、メリーランド大学に通う
遠藤: 高校を出てプロになりたかったのですが、Jリーグから声はかかりませんでした。しかし、日本の大学の環境でサッカーをしたくなかったことや、英語を身に付けたい強い信念があったことが理由となり、アメリカから上を目指す挑戦にかけてみようと決意しました。
青嶋: スポーツの才能があれば、それに集中していれば良いという風潮が強い中、セカンドキャリアを見越して、あえて学業との両立を選んだ遠藤選手の判断は、厳しい道だったと思いますが正解だったと思います。
ープロの試合は選手だけでなく監督もプレッシャーがあるので、結果が出ないと迅速なリカバリを求めて監督が一方的な指示を出したりして選手と衝突も起こる
青嶋: 様々な環境で要望に応えるプレーをするのは難しくありませんか?
遠藤: 難しいですが、適応能力はプロの必須要素であり、自分のストロングポイントでもあります。プロである以上、結果的に監督に信頼してもらいゲームで使ってもらわないといけないので、自分の得意なプレーはありますが、どの様な形でも使ってもらえる様に準備しています。
ー遠藤選手の最終ゴールは?
遠藤: 小さい頃から変わらずワールドカップに出場することです。
青嶋: 2026年のワールドカップは、カナダ・アメリカ・メキシコの共同開催になりますが、出場が保証されるカナダからの出場は考えませんか?それとも日本からの出場にこだわりますか?
遠藤: 日本から出たいですね。日本にこだわります。
青嶋: 今年の春に雨で中止になってしまいましたがLAでJリーグの神戸ヴュッセルとの対戦が予定されていました。遠藤選手としては特別な思いがありましたか?
遠藤: ありましたね。日本のプロチームと実際に対戦したことがないので、MLSチームにどの様な戦いをしてくるのか?北米でキャリアを積んできた自分が日本のプロチームにどの程度通用するのか?などに興味がありました。
ー日本と北米~プレースタイルの違い
遠藤: 綺麗にパスを回して相手を崩していく日本のパターンに対して、北米は縦の動きが早いとか、一対一のプレーが多いです。自分はボディサイズが小さい方なので、フィジカルな局面を出来るだけ避ける様に、プレーポジションには常に気を使います。
青嶋: 自分の最大限のプレーができる状況を作りながらプレーすることによってウィークポイントをカバーしているのですね。
ー日本と北米~大学スポーツの環境の違い
遠藤: 先ず練習環境が全く違います。北米の大学チームは、設備、環境、サポート体制全てにおいて素晴らしいと思います。
基本的に大学スポーツの人気が高いことや、NFL・NHL・NBL・MLBなど卒業後の受け皿があることがレベルの高い選手を呼び、その環境が資金サポートを生むために質の良い環境が整いやすいというシステムがアメリカでは出来上がっています。
大学の施設でみると、イングランドのプロサッカーチームのチェルシーがスタンフォード大学の施設でプレシーズンを行うことが多いことからも証明されています。
日本の大学のように200名近く選手を抱えて、一年生は声出しと球拾い、寮は合同部屋という環境はアメリカにはありません。アメリカの大学チームは25~26名のエリートで構成され、才能が埋もれる心配は無いのです。
ー日本と北米~練習方法の違い
遠藤: 日本は未だに長時間練習するのが良いとか、とりあえず走っていれば良いというメンタリティの指導者がまだ存在しています。しかし、それだけだと練習のクオリティが下がる可能性があると思います。
青嶋: 日本の人気スポーツの場合、大人数の選手を抱えて、昔ながらの方法で負荷をかけて、耐え抜いてきた者だけを選ぶ生き残りゲーム的なシステムが多く見受けられます。しかし、これはあまり理論的な裏付けは無く、競技レベルの進歩に指導者のレベルが追いついていない様な状況に陥っていると思います。
アスリートの体を守るためにも、少なくとも間違った指導法の改善に向けて声は上げていくべきだと考えています。アメリカのように、“Quantity”より“Quality”という発想で効率良い練習を重視する方が論理的ですよね。
ー日本式とアメリカ式どちらが良い?
遠藤: 難しい質問ですね。自分は日本式でやってきたので、やり過ぎは良くないと思いますが、アメリカに来て少し物足りなかったのも事実です。限界を超えて追い込んでいく様な日本式の練習の利点もあると思っています。
バランスが大切で週に5日やるのは理想的ではないですが、自分を追い込む練習にはやりきった感もあります。週一くらいは良いのではと思います。
青嶋: 私の意見は、限界を超える様な練習をさせるのなら、指導責任も取るべきだと思います。根性はともかく、身体的にはある一定線を超えると練習する意味がないことも選手は広く認識すべきです。
この問題は、最終的に自己責任なので、周りの環境が悪いのであれば、自分で自分の身体を守る知識を持ち、怪我を防ぐ絶対基準を持つべきだと思っています。
絶対基準とは、〝痛い・痛くない〟といった感覚的なものではなく、靭帯や腱に蓄積した疲れ具合や、主要関節の運動制限など明確な事象を判断基準とすることです。
しかし、正直なところ、若いと出来てしまうという恐ろしい事実もあります。でも、最終的にはこのような選手は十代後半から急速にスローダウンして、大きな怪我に見舞われることが多いのもまた事実です。
どのスポーツでも名選手の必須条件の一つは、長くプレーすることだと思うので、コンディショニングはアスリートにとって重要な要素ではないでしょうか。
ープロ選手として周りの雑音に対する対応
青嶋: メディアやファンから様々なメッセージが溢れている今日。どの様に対応していますか?
遠藤: 割と周りを気にしてしまうタイプでしたが、アメリカに来てから変わりました。チームメートは、みんな自分の考えで人に影響されず自由に過ごしているのを見ていて、「それもありかな」と思えるように変わりました。
青嶋: それは良い方向に流れたけど、日本にいたら出来ない考え方ですよね。ここにも日本のスポーツ界の抱える根深い問題点が潜んでいるかもしれませんね。日本式を全て否定する気は無いですが、変化が必要な時期にあるかもしれません。
ー独自のスランプ脱出法
遠藤: スランプの時は、だいたい考えすぎのケースが多いので、練習ルーティーンなどを変えて生活に変化を与えて、脳を活性化させて悪循環を断ちます。
ー遠藤選手が切り拓いたアメリカからのアプローチ
遠藤: アメリカでプレーした方が実力 を出せる日本人選手はたくさんいると思います。自分がまさしくそうでした。勇気を持って外に出て、活躍する選手が増えれば、日本のプレーの良さを様々なプレースタイルの中で実践することになり、日本のプレーの良さを再発見する事に繋がると思います。
それが結果的に日本サッカーのレベルを引き上げることにも繋がると思うので、自分が切り拓いたアメリカからのアプローチが若い選手にも受け継がれてきていることは嬉しく思います。全くマークしていなかった海外から、いきなり大きく立派な木が育ち、日本サッカーがレベルアップしていくことになれば良いですね。
ー青嶋先生から学んだこと
遠藤: 初めて青嶋先生を尋ねた時、身体を数秒触っただけで、悪いところを全てバッチリ当てたのはビックリしました。僕は、所属クラブのフィジオセラピストに毎日コンディションを見てもらっていますが、青嶋先生は違った角度で見てくれるのが助かりますし、厳しい指摘も多いですが、新しい発見が多いです。
青嶋先生が改善してくれた身体の変化は、翌日にクラブのセラピストもすぐに気がつくので効果を実感できます。クラブのセラピストやトレーナーにもコンディショニングの内容を報告してくれるので、彼らも先生を信用しています。
シーズン中で忙しくても定期的にコンディショニングにくる理由は、「先生の所に来ないと見つからない」「先生じゃないと治らない問題がある」といった思いがあるからです。
青嶋: まさしく遠藤選手のこの言葉を目標にアスリートをサポートさせてもらっているので、とても光栄です。これからも、遠藤選手の役に立てるマッサージセラピストでありたいと思います。