職人の道

HIRO寿司 吉田 宏隆氏インタビュー

トロントに移住して32年、自身の寿司屋「HIRO寿司」を開店して25年。本物にこだわり、無いものを作り出しトロントの人々を寿司で魅了してきた寿司職人吉田宏隆氏に話を聞いた。

地元入手の新鮮で優良な素材にこだわる

地元入手の新鮮で優良な素材にこだわる

自作の看板を背にカウンターにて

自作の看板を背にカウンターにて

● トロントで寿司屋を始めたきっかけは何だったのですか?

大学1年の時からすし屋で修行を始め、卒業後そのままそのすし屋へ就職しました。しばらくは給料も十分に貰えない、出前持ちで仕事を教えてもらえないなど、とても悶々とした日々を送っている中、ニューヨークで寿司ブームが起きました。私もニューヨークと話を進めていましたが、その話が決まりつつあるとき、ニューヨークに不法滞在で働いていた人たちが、一斉に摘発され強制送還させられるという事件があり、私の話はなくなりました。しかしその直後に大学の先輩からトロントの話を聞きました。当時トロントがどこにあるかすら知らなかったので、本屋で地図を見て確認しましたね。それがきっかけでした。トロントへ来たときは、漠然と「上手くいったら、1年に1回日本に帰ることができればいいな」という風に考えていましたが、あまり深く考えていませんでした。以前の「成功してやる」といった高い意識は忘れて、もう目の前にあることをやり遂げようという思いと海外での仕事に興奮状態でした。

● 32年間のトロント生活の中で困難はありましたか?

初め、妻と二人でトロントへ来たとき所持金は$2500でした。そこから家賃や家具などを買い、手元に残ったのは所持金$1000ほどで2人で新しい生活を始めるには不安なスタートでした。その後、妻が出産し無事に息子が生まれたのですが、そのとき息子が呼吸困難に陥りました。3日の命と言われましたがどうにか持ち直し、22歳まで生きました。医療事故で失った命でした。その時は地獄に落とされた気持ちでした。この30年は決してあっという間の短い30年ではありませんでした。とても長かったです。ですが、今の私は成るべくしてなったものではなく、様々な困難があり、それをどうにか乗り越えてきた自分が今の私を成していると思います。

● 日本でとトロント(海外)での寿司に違いはありますか?

例えば自家製のスモークサーモンやアンチョビなど、日本にはないですよね。私の親方に言わせれば、「食べ物で遊ぶものじゃない」と言われそうですが。しかしトロントは日本のように寿司の食材が何でも揃っているわけではありません。それにお客さんの味覚もはっきりしたものが欲しいという感覚なので、日本とは違うネタを作りました。トロントにはたくさんの日本食レストランがありますが、全ての店が本物を提供しているわけではないと思います。ですから私はこの店から世界に誇れる包丁や、和三盆、吉野の葛、手ぬぐい文化などといった本物の寿司と共に文化もここから発信したいです。

● 今だから思う20代の時にやっておけばよかったことなどはありますか?

英語は若いうちにやっておけばよかったと思います。それ以外には親孝行ですね。私は若いときに何度も仕事を変えましたので、その度に母は辛い思いをしたと思います。また私は長い間、出前持ちの仕事を任され、その当時は将来すし屋をずっと続けるとは思っていなかったので、休みがあればその時を楽しんでいましたが、もっと仕事や勉強をして知識を増やしておけばよかったと思います。当時は東京周辺、自分が働いていたすし屋のことしか知らなかったので、よその世界を知ることをもっとしておけばよかったと思います。

● 今のHIROさんのキャリアにおいて修行時代はどのようなものでしたか?

修行中はひたすら我慢の日々で、出口の見えない焦りはつきものでした。出前持ばかりで辛抱できずに初めの修業先を辞めましたが、次の店でも同じような待遇で今度はお茶汲みばかりでした。親方や先輩と相対する位置お客様の後ろに立ち、お客様に頼まれる前にお茶やタバコの火の提供に気付けるかというのを若い衆同士競い合っていました。その時期は、お客様を観察し、食事中の「間」を覚えた時期でした。後々、言葉だけでなく動作で気配を察することができるようになった大事な時期でもあります。トロントに来てHIRO寿司がザガットという雑誌の取材で、「HIRO寿司の沢山のお客様からですが、何故HIROは私が食べたいものが頼まなくてもわかるのか?」という質問をされました。勿論、超能力者でない限りそれは無理でしょうが、修行中に培ったお茶汲みや出前持ちでの経験が生きていると思います。実際食べたいものが出てきたとは本当でもあり又、偶然や勘違いなどでもあるのですが、それはつまりタイミングの問題でもあるのです。この辺はプロでないと説明は難しいのですが、どちらにしても昔の経験が生きていると言う事です。

● 現在日本から語学留学、ワーキングホリデーなどで海外へ留学する日本人が多くいますが日本人が海外へ進出、挑戦することを勧めますか?

自分の仲間ができるということですから勧めます。ですがその時に、日本人としての誇り、アイデンティティーを持って頂きたいです。自分を貶めずに芯を持ってやっていけたらいいと思います。人間というのは時に弱いもので、簡単に変な方向へ行ってしまいます。ワーキングホリデーで此処に来て毎日何をしていいのか模索して悶々としていても、「今」の積み重ねが未来であり、「今」も既に過去ですので、私たちには未来などはありません。今が未来になるし未来から見れば今が過去ですから、今を大切に生きて下さい。どこでどう繋がるか分かりません。


吉田 宏隆氏

千葉出身。1983年トロントへ移住。日本の寿司屋で修行を重ね、トロント・ダウンタウンに自身の店「HIRO寿司」を開店。多くの人々に親しまれ、今年25年目を迎え店を大改装。