「飲食店起業の心得」RYUS NOODLE BAR オーナー・シェフ高橋隆一郎さん インタビュー|特集 過去から振り返るカナダ2020「予想と展望」

寿司屋で知った飲食業の魅力

学生時代

学生時代

 学生時代は寿司屋でアルバイトをし、接客やサービス業の面白さを知りました。例えば、お客さんへのサービスがダレクトに反応があったときなどは、飲食の仕事っていいなぁと学生ながらに感じていました。結果その気持ちが飲食業に携わるきっかけになりました。

 就職活動で日本でフランチャイズ加盟店開発事業や自らフランチャイジーとして外食・小売り等のブランドを育成するベンチャー・リンクという企業を見つけ、話を聞いているうちに、俺がやりたいのはこれだ!と思い自身の成長の場としても見据えながらそこに就職を決めました。それが私のキャリアの出発点ですね。

日本で培ってきた飲食業における店舗開発力や経営スキル

 元々飲食コンサルタントを志していた私の理想の業務とは大きく異なり、厨房現場のみという精神的にも肉体的にもハードな生活を送りました。ただ、後にこの経験が飲食事業の基礎的スキルを大きく伸ばしてくれるきっかけになっています。

 その後は東北に移り不振店の立て直しの業務に携わり、最終的に北関東・東北地域のエリアマネージャーを務め、店舗マネジメントを担当しました。

急成長をしていた外食ベンチャーでの学び

 つくば市で担当した中華業態の失敗は本当につらかったですが、多くの学びを得ることができました。あのときはみんなで一生懸命頑張っていたのに報われなかったのがとても悔しくて、こんな思いもう二度としたくないと思いました。そのあと冷静になって事業計画を見直した際には、計画の間違いや甘さといったものが出てきて、失敗から学ぶことが多くありました。

 さらに狂牛病、翌年には鳥インフルエンザが流行し、会社の売り上げの多くを占めていた焼肉業態や焼鳥業態が大打撃を受けました。その時に一つの食材に偏っている専門店ではない総合業態の強さを知りましたね。

30歳を前に人生の進路を考える

 いずれ自分の店を構えることも考え始め、今後食料自給率の高い海外に行くか大学院に学びなおしに行くか、いつの間にか悶々と考えるようになりました。
 海外に出ようという後押しになったのは、ある会計事務所への転職活動の最終面接で英語力が問題となり結果選考が見送りとなりました。その際に、英語力というのは今後の自分の選択肢の中で切り離せないものだなと痛感し、海外に出る事を決めカナダに来ました。

カナダでの学生生活そしてワークパーミット、永住権へ

 最初の1年は勉強に集中すると決めていたので学生ビザでバンクーバーに来ました。マーケティングとトレーディングを英語で学びたいという目標があり、語学学校や専門学校に行きました。
 
 人脈を広げていく中で飲食店に特化した人材ビジネスのお手伝いに携わりました。その過程で不振店を立て直す仕事やバンクーバーを中心に展開されている飲食店さんにお世話になり、カナダに移民することになりました。正直カナダにずっといるとは思っていませんでしたが、日本での経験が生き、またビザのサポートをしてくれる企業に出会えたことでカナダに残ることに決めました。

35歳で独立をするという人生プラン。トロントへ

 もともと学生時代から35歳で独立をしようと目標を立てていました。バンクーバーでご縁があり支援をしてくれる方と出会い、その時に立てた事業プランが現在の「RYUS Noodle Bar」の原型のようなものですね。

 さぁ店を開こうと決まったとき、トロントでの日本食ブームを耳にし、勝負する地をトロントに決めました。ファストフード業態よりレストランスタイルにしたいという願望はありました。そこで、ラーメンを主体としたファストカジュアルレストランというコンセプトを決めました。

1号店のオープンと資金難を乗り越え出店拡大へ

1号店

1号店

 当時すでにトロントは豚骨ラーメンの兆しが出ていました。しかしながら他店と同じことをしてもダメだと思い、豚骨と鶏を合わせてスープを開発しました。また当時からヘルシー志向の傾向にも注目していたので、ベジタリアン・ラーメンのメニューも開発し、今でも変わらず全店舗で提供しています。

 ほかにもローストビーフ・ラーメンであったり全粒粉のオリジナル麺など、「RYUS」でなければ味わうことができないという料理・メニューにこだわり、さらに出店地のエリアによって客層が違うため、宗教や嗜好を考え彼らの生活に入っていく工夫をしています。

 1号店のオープン時、最初の2~3ヶ月はお客さんもあまり来なく、資金的にとても苦しくなり窮地にさしかかりました。少しずつ近所のトロント大学や病院からお客さんが流れ始め、店が盛り上がりを見せ始めました。しかしホリデーシーズンに差し掛かり大学が休みになり、同時にあの年は大寒波が訪れ、その影響を直に受け、ふたたび厳しい状況に陥りました。

 1周年のときに、2週間ほどラーメンを半額にするというキャンペーンをしました。結構な反響があり毎日スープが切れるほど忙しく、毎日ヘトヘトになったことがありました。本当に多くの人が来てくれましたが、キャンペーンを終わってふたを開けてみると驚いたことに赤字でした。もちろんキャンペーンが宣伝効果となり認知度が高まりましたが、あらためて飲食業の難しさを肌で実感したことは今の自分の大きな糧となっています。

1号店の火災

 2号店のオープン準備中に1号店が火災の被害にあいました。晴天の霹靂とは良く言ったもので、その瞬間は本当に何が起こったのか理解できない状況でしたが、唯一の救いは死傷者が出なかった事のみでした。これだけは本当に不幸中の幸いでした。もし誰か一人でも亡くなっていたりしたら、本当に立ち直れなかったと思います。失意の中で火災にあった後でも社員たちの励ましにはとても支えられ、経済的にも一気に厳しくなったものの、また一緒に頑張っていこうと思えました。彼らには本当に感謝しています。

CBCテレビのインタビュー

CBCテレビのインタビュー

自分にとってラーメンとは

 私にとってラーメンとは自分が表現できる一番大きなものですね。ひとつひとつのメニューに意味や思いを込めて作っています。これだけの多民族の方々を相手にしながら自分の思いを届ける手段が、今の私にとってはラーメンなのです。

 これまでずっとこの「RYUS」をブランド化するためにこだわってきました。日本のラーメン博物館に出店する際やNYに出店するときも色々と大変でしたが、会社の強固なブランディングこそが生き残る道であると信じ、私は歩んできました。だからこそ、カナダ発のラーメン店として日本への出店など初めてのことへの挑戦に対して積極的に取り組むブランドでありたいという気持ちが大きいのです。新規出店など2020年の事業計画もすでに立てていますが、世の中の状況に合わせて調整していく予定です。

 一方で、店舗も3店舗になり私がやりたいだけではなく社員、スタッフの想いも叶えられる会社でなければならないと考えています。そのためには社員、スタッフのライフプランと会社の方向性をどう刷り合わせて進めていくか?ここをプランニングして、経営理念である「四方良しの実践」(顧客、従業員、関連業者、自社)をこれから社全体で進めていく事がより求められるのだと思っています。その過程の中でRYUSブランドとしてラーメン以外にも挑戦する日も遠くないかも知れませんね。

高橋さん 年表

【日本】

 高校時代の空手経験からスポーツ系の大学を志望したが、経営学へと進路変更。大学では組織心理学のゼミを受講。

【カナダ】

2008年~2013年 バンクーバーに約5年間滞在。
2013年 トロントへ。2013年6月に1号店ボールドウィン店オープン。
2017年 2号店ブロードビュー店オープン。
2017年 1号店が火災の被害にあう。
2018年 新横浜ラーメン博物館へ出店。
2019年 3号店クイーン×バサースト店オープン。ニューヨークに出店(期間限定)。