2020年東京オリンピック・パラリンピック開催決定!スポーツ大特集

祝!2020年  東京オリンピック・パラリンピック開催決定! スポーツ大特集

トロントはすっかり秋模様。芸術の秋、食欲の秋など色々ありますが、やっぱり今年は2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催決定を記念して、スポーツの秋をフューチャーしました!注目インタビューは、現在トロントに在住しているレスリング選手・元世界女王の山本美憂さんと元女子アイスホッケーカナダ代表選手・オリンピック金メダリストのヴィッキー・スノハラさん。その他、アイスホッケー・バスケ観戦ガイドから、カナダ・スポーツブランド・スポーツバー・日系スポーツチーム・スポーツスニーカー紹介まで網羅。さらにインドアスポーツからジョギング・サイクリング情報、先取りスキー場紹介まで、TORJA片手にスポーツの秋を楽しみましょう!


美しさと強さを兼ね備えた不屈のファイター
レスリング選手・元世界女王

山本 美憂(やまもと みゆう)

yamamoto-miyuu-wrestler

1.毎日学校が終わると、子供たちをお出迎え 2.トレーニングしながらの生活は結構忙しい。けれど子供たちがいるから毎日頑張ることができる。 3.家族みたいな存在で、2年前トロントに来た当初から家族のように暖かく迎えてくれた。



ミュンヘンオリンピックのレスリング日本代表だった山本郁榮さんを父に持つ山本美憂さんは、弟の徳都さん、妹の聖子さんともにその親のもとでトレーニングを積み、全日本選手権で4連覇を達成、世界選手権では3度優勝という偉業を成し遂げた。結婚を機に一時現役を退くも、2011年に3度目の現役復帰を果たしてからは、トロントを拠点に活動している。

美憂さんがレスリングを始めたのは小学校2年生の時。弟・徳都さんが一足早くトレーニングを始め、その練習を観ているうちに自身もレスリングがしたいと思うようになった。「その頃は女子レスリングという種目はなかったので、父もまさか女の子の私がレスリングをやるとは思っていなかったようですね。」大会に優勝して金メダルを取ることよりも、そのご褒美に買ってもらえるおもちゃを喜んでいた幼いころの美憂さん。「弟と同じ大会に出場してどちらかが優勝すると、どちらかだけがおもちゃを買ってもらえる。それを悔しく思う気持ちはありましたが、弟のレスリングのスタイルにいつも憧れていました。」

美憂さんがトロントに来たのは2011年。きっかけはやはりレスリングだった。2004年に現役を引退してから7年が経ち、再び現役復帰を決意するも長期のブランクや年齢を理由に周囲からは難しいのではないかと言われ続けた。だがその中で一人、カナダ在住のコンディショニング・コーチをしている友人からは違った反応が返ってきた。「”年齢に合わせた食べ物やトレーニング方法を行えば、現役復帰できるだろう”と言われたのです。”あぁ、コレだ!この環境でやってみたい!”と、子供たちを連れてトロントにやってきました。」それから2年。レスリングだけでなく生活環境としても彼女はトロントに来てよかったと語る。「トロントは、レスリングの練習場にも子供を連れていけるのが本当にありがたいですね。私にとっては、子供たちがあってレスリング選手生活があるので、連れて行ける場所には連れて行かないと物足りなく感じてしまうのですよね。」

彼女は現在、妹・聖子さんの子供も含めた6歳、5歳、4歳の3人の子供と一緒に暮らしながらトレーニングを続けている。「朝子供たちを学校に送ってから朝練、帰宅して掃除やご飯を作り、子供たちを迎えに行ってからはご飯を食べさせて一緒に夜練に行き、家に帰って子供たちを寝かしつける、と、一日があっという間に過ぎていきます。でも、土曜日の午後と日曜日は完全オフ。子供たちと公園に行ったりしています。この2年間でベースを作ってきたので、これからは大会に出て結果を出していきたいと思っています。」11月にニューヨークで行われる大会が、彼女の大会参加復帰の場だという。

幼いころから親しんできたレスリングは、彼女にとって一体どのような存在なのだろうか。「自分を一番表現できるものですね。私は3回現役から退いていたことがありますが、ブランクの度に自分にとってどれだけレスリングが大きいのかを実感してきました。まさか今でもレスリングができるだなんて思っていなかったので、嬉しくてしょうがないです。次引退したらもう(現役復帰は)ないでしょうから、一日一日をすごく大事に思いますね。辛いことがあっても、”引退したらもうこれはできないのだな”と思うと、嬉しくなってきます。これまでスポーツキャスターやコーチなど様々な形でレスリングと関わってきましたが、やはり、自分でやっているときが一番ですね。」

美憂さんの長男・アーセンさんは、現在ハンガリーに留学中。彼は今年の全日本ジュニアレスリング選手権で優勝し、8月に行われた世界カデット選手権に日本代表選手として出場するなど、活躍が期待されている選手の一人だ。「2020年の東京オリンピック開催の頃には息子は24歳で選手としてもとても良い時期です。息子のオリンピック出場、そしてメダル獲得を、私も期待しています。当初、2020年のオリンピックではレスリングが正式種目から外れるかもしれないという話もあったのですが、無事に正式種目として認定されたことにも嬉しさが一入ですね。会場にぜひ、観戦に行きたいなと思っています。」東京オリンピック会場で、”山本”の横断幕が掲げられる、多くの声援が飛び交うことを心待ちにしていたい。

山本 美憂(やまもと みゆう)
1974年生まれ。ミュンヘンオリンピックレスリング代表だった父親・山本郁榮により幼いころからレスリングの英才教育を受ける。13歳で第一回全日本女子選手権優勝し、その後4連覇を達成。17歳で初めて出場した世界選手権では史上最年少優勝を遂げ、計3度世界選手権優勝を果たすなど、輝かしい実績を持つ。


2歳からホッケーに触れ、世界最高の選手と謳われる存在となった日系カナダ人
元女子アイスホッケーカナダ代表選手
オリンピック金メダリスト

ヴィッキー・スノハラ

vickey-sunohara-hockey

1.クラシック(ハミルトン 2.ファンからのサインに応じるヴィッキーさん 3.Four Nations Cup 優勝時のトロフィー授与オリンピックの聖火最終 4.ランナーを務め、聖火を灯すヴィッキーさん



カナダの国民的スポーツといえばそう、アイスホッケー。そのアイスホッケーの世界で、世界最高の女子ホッケー選手の一人だと謳われているのが、ヴィッキー・スノハラさんだ。彼女は1998年の長野オリンピックで銀メダルを、2002年ソルトレイクシティオリンピック・2006年トリノオリンピックでは金メダルと、過去3度の冬季オリンピックでカナダにメダルをもたらした。現役を引退した現在は、トロント大学の女子アイスホッケーチームのヘッドコーチとして指揮を執っている。

ヴィッキーさんは父親が日本2世、母親がウクラニア人の日系カナダ人。彼女がアイスホッケーを始めたきっかけは、大のアイスホッケー好きであった父親だったという。彼女の父は自宅の庭にアイスリンクを作り、2歳にも満たない彼女にアイスホッケーの世界を紹介した後、彼女が2歳半のときには彼女を抱きかかえながら氷上でアイスホッケーをプレイしたこともあったという。兄と姉は興味を持たなかったが、彼女はそれをきっかけにアイスホッケーを始め、5歳半になったころには、男の子たちと一緒のチームでプレイするようになっていた。

そして成長した彼女は、夢にまで見たオリンピックの舞台で3度プレイをすることとなる。過去出場した3度のオリンピックは彼女にとって、それぞれ全く異なるものであったという。「長野オリンピックは、初めて女子アイスホッケーが正式種目となったオリンピックで、本当に興奮したわ。その時は金メダルは取れなかったけれど、本当に楽しかった。ソルトレイクは、最大のライバルであるアメリカチームを下して、初の金メダルを獲得した大会で、会場に多くの人が観戦に来てくれたりと、カナダと似たような環境だったのが嬉しかったわ。」これまでの数多くの出場大会の中でも、この二つのオリンピックは彼女にとってとても思い出深い大会だったという。

さらに長野オリンピックは大会以外でも、彼女にとって大きな意味を持つ出来事であった。長野オリンピックが彼女にとって初めての日本訪問となったのだ。「初めての日本滞在は、とても素晴らしく、楽しかったわ。オリンピック終了後に、祖父母がカナダに移住する前に住んでいた長野県の上田市に行ったの。長野市から上田まではほとんど離れていないから車で上田市まで行って、日本の親戚たちとディナーを食べたの。私は日本に自分の親戚がいるということさえも知らなかったのだけれど、彼らが席を用意してくれて。私は日本語が話せないし、親戚たちは英語が話せない。オリンピックのドキュメンタリー撮影をしていたクルーの通訳を交えて、会話したわ。」

1990年の世界選手権以来、数多くの優勝をカナダ代表チームにもたらし、2001年からはカナダ代表チームのキャプテンも務めていたヴィッキーさんだったが、2007年の世界選手権を最後に現役を引退。2009年に双子の男の子を出産し、プライベートスクールでアイスホッケーを教え、2011年からトロント大学のチームでヘッドコーチを務めており、今季で3季目を迎える。選手と指導者、関わり方は違えど、彼女は今でもホッケーとともにある。「アイスホッケーは私の人生です。私は今でもアイスホッケーをプレイするのが好きだし、大会で競うのも、氷上にいるのも、アイスホッケーに関わること全てが好き。アイスホッケーを通してたくさんの友人ができて、たくさんの国々を旅して、本当に私の人生を形づくっているものだと思うわ。コーチという今の仕事も、最高だと思うわ。」

先月決定した2020年開催の東京オリンピックは夏季オリンピックのため、種目にアイスホッケーは含まれていないのだが、開催地が東京に決まったことについて訊いてみると、彼女は目を輝かせた。「長野オリンピック以来の日本で開催されるオリンピックで、とても興奮するし、開催地が日本ということはとても良いことだと思うわ。長野オリンピックで私たちカナダチームが日本を訪れた時、多くの日本人が歓迎してくれて街もとても清潔で、危険なことも感じたことがなかった。2020年の東京オリンピックは夏季オリンピックだけれど、1998年の長野オリンピックから22年ぶりの日本に、私も行きたいと思っているわ。」そう、嬉しそうに語ってくれた。

ヴィッキー・スノハラ
元女子アイスホッケーカナダ代表選手。1970年オンタリオ州スカボロ―生まれ。1990年の世界選手権優勝以来、多くの大会でカナダチームを優勝に導き、世界最高の女子ホッケー選手の1人だとの呼び声が高い。3度のオリンピックに出場して金メダル2個、銀メダル1個を獲得している。父:日本人、母:ウクラニア人。