出産と育児:「日本のあたりまえ」、「カナダのありえない」
我が家の子供達はみな成人しており、私は世間的に「子育てを終えた」と呼ばれる世代です。たしかに「子育て」は終わったのかもしれませんが、「親」であることに終わりはなく、子供たちの日常に一喜一憂する毎日を送っています。ところで、私は80年代に日本で出産と育児を経験していますが、90年代にカナダに移住した後にも出産、育児に携わることになりました。当時驚いたことの一つに、カナダでは立ち会い出産(父親が分娩に立ち会うこと)があたりまえであるということでした。80年代の日本ではありえなかったこの立ち会い出産、日本では現在でも三割に満たない少数派だそうです。その後も、私の知っていた日本での子育てと異なる「あたりまえ」や「ありえない」に出会うたびに、まるで自分の価値観を完全否定されたように思えて、悲しくすらなったものです。異国の地で初めて出産や育児をすることになった日本人にとっては、なおさらですね。そこで、今日は私が日本とカナダでの子育てで経験した、日本の「あたりまえ」が、カナダの「ありえない」になってしまう例を紹介させてください。
添い寝は日本の悪習慣?
母親(時には父親)が、子どもと添い寝するのは日本ではあたりまえだとされることが多いですね。私も長女とずっと同じ布団で寝ていましたし、カナダで生まれた次女とも同じように添い寝を望みました。しかしカナダ生まれの夫から「添い寝は日本の悪習慣で、子どもの自立心を育てる妨げになる」と大反対されてしまいました。添い寝を悪習慣だと見なすことは、どうやら欧米社会では 「あたりまえ」であるようです。以下はインターネットで見つけた添い寝に関する国際結婚体験者のコメントです。
これに日本人の父親が、北米の育児書を引用してコメントしています。
この父親が言うように北米でも添い寝(co-sleeping)を奨励する研究があります。例えば、添い寝をする母子は、別室で寝ている母子よりストレスホルモンの分泌が低い。さらに、添い寝をすることで、体温低下による子の呼吸機能低下を防ぎ、乳幼児突然死症候群(SIDS) の発生を防ぐことができるというのです。研究結果に頼らずとも、添い寝の長所は経験者ならいくつも挙げることができるでしょう。夜中に何度も授乳が必要な時期に母親がゆっくり休めることは不可能に近いですよね。添い寝をすることで昼夜を問わず乳児の世話に明け暮れている母親の負担が減るということも、子供にとってのみならず父親にとっても大きなメリットだと考えます。しかし添い寝は、つまるところライフスタイルの問題なので、それぞれの家庭で解決すればよいことなのですが、日本の「あたりまえ」が、なんとカナダでは「違法」である場合もあるのです。
留守番は虐待?
赤ちゃんが眠っている間に急いで買い物を済ませてしまおうと家を出たとたん、隣人に「ベイビーはどこだ?」と問いつめられた友人から電話がありました。「なんだか叱られているみたいで…」と。私は急いで彼女の隣人宅へ出向き「カナダの事情に不案内だからこれからも助けてあげてほしい」とあやまったり、持ち上げたりしてなんとか事なきを得ました。母親は「じゃあ、いつ買い物に行けばいいの」と不思議そうにたずねます。「連れてくのよ」と答えた私に彼女は目を丸くして「生まれたばかりの赤ちゃんを人ごみに連れ出すなんて!」とさらに不満な様子。そう言えば私も、明らかに生後1〜2週間という赤ん坊を抱いてレジに並んでいるお母さんを見て「非常識だ」と感じたことがありました。子供をおいて出かけられないのは、(日本ならば)子供がひとりで留守番できる年齢になっても同様です。日本では私も小学生の娘に「今日は少し遅くなるから」と登校前に鍵を持たせてから出かけることがあリましたが、この「鍵っ子」というのは、カナダでは「ありえない」ことなのです。オンタリオでは、11歳までの子どもに留守番させることは、児童虐待として扱われかねません。この留守番の「あたりまえ」の違いは、住んでいる地域の法律に従うべき問題ですので議論の余地はありません。しかし、子育てに関する考え方の大半は、先の添い寝のように、夫婦間のコミュニケーションで解決できるのではないでしょうか。 言うまでもなく、子育ては大変です。二つの言葉、二つの文化の中で子育てをすることはさらにむずかしいことですね。しかし、 友達を作り、情報を集めることで、そのチャレンジさえ楽しむことができるようになるになるはずです。幸いトロントでは、子育てのためのネットワークが充実しています。FTF(Family Talks Forum)のように、オンラインで仲間と繋がることも可能です。他人のありえないに屈することなく、自分のあたりまえを作り上げてゆくことこそが、子育ての醍醐味なのではないでしょうか。
野口洋美
心理学名誉学士(HBA)、コミュニケーション学修士(MA)
NPO法人APJW代表:別居や離婚を経験することになった日本女性の相互支援(ピアサポート)団体(web: apjw.info)の代表として、自立に向けての様々なテーマで勉強会を毎月開催。2015年、APJWはオンタリオ州のNPOとして承認される。国際離婚関連の執筆多数。離婚駆け込み寺(日加タイムス)、ひとり親のつぶやき(mamma、日系ボイス)など連載。2014年、国際離婚とハーグ条約をテーマにヨーク大学にて修士論文を発表。法律通訳としても活躍中。