老いるという事

読者に皆様こんにちは。2018年の年の瀬は北京で過ごしていました。私の祖母は北京に住んでおり、1年以上ぶりの帰郷です。
本日は少々重い話になりますが、しばしお付き合いを。

私の祖母は認知症が進み、普段の意思疎通もままなりません。
満102歳になる私の祖母。激動の時代の激動の中国を生き抜き、私の父を含め3人の子を育て、20代の若輩者の私が想像できないほどの苦労や壁があったことだろうと思います。
途方もなく険しい道を自分の力で歩んできた彼女も、今や認知症が進み、入浴や排泄まで全て人の手を借りないとできなくなってしまう。これが「老い」です。

経験のある方もいらっしゃるかもしれませんが、認知症患者の方は急に笑い出すこともあります。その笑い声や笑った表情が、あまりにも無邪気で屈託のない笑顔でした。何もない状況で突然、本当に幸せそうに笑う姿を見て、私は逆に少しだけ恐怖を感じました。
彼女の息子(私の父)が薬を飲ませようとすると、「あの男は私を毒殺しようとしてくる」と叫んでいる姿は非常に見ていて辛いものがあります。また、もし私の両親がそうなってしまったらと考えると恐ろしく感じます。
私がすべきだったことは、意識がはっきりしているうちに彼女が辿った歴史を傾聴することだったかもしれません。


これが認知症。超高齢社会の日本が避けては通れない道です。カナダでも、日本ほどではありませんが、高齢化社会だと言われています。罹患する側としても、介護する側としても、本当に多くの方がこれから先当事者になることと思います。

皆さんの周りに、認知症患者の方はいらっしゃいますか?どのように接していらっしゃいましたか?

Takuto