TORJA東北復興通信

震災特集で取材させていただいた一般財団法人C.W.ニコルアファンの森財団(以下、アファンの森財団)が東松島市との連携で取組む「復興の森」と「森の学校」の歩みを、引き続き、連載でご紹介してゆきます。小学校ができるのは2017年度、森の復興にはさらに長い年月と気の遠くなるような作業の積み重ねが必要です。その歩みを一歩一歩皆さまにご紹介し、ともに応援しながら歩んでゆければ幸いです。
(※連載は、アファンの森財団大澤歩氏よりお話をいただき、構成してゆきます。)

「復興の森」と「森の学校」の歩み●序章
「アファンの森財団」より

HP: www.afan.or.jp FB: www.facebook.com/cwnicol.afan.revival

仮設住宅に泊まり込み、地域の方々と力を合わせて制作した

仮設住宅に泊まり込み、地域の方々と力を合わせて制作した

地域の子ども達らと一緒に森の整備を進める

地域の子ども達らと一緒に森の整備を進める


~様々な繋がりを大切にして~

今年1月、野蒜小学校と宮戸小学校が統合してできる学校が「宮野森小学校」となることが決まった。森の中で学べる森の学校にするため、新校舎に隣接する森を整備し森の教室とする構想だ。

新校舎が完成するまでにはまだ3年程かかるが、「校舎がなくても森の学校はできる」という想いで、2013年はツリーハウス「ツリードラゴン」を、続いて2014年は森の一番高いところに海を臨める展望デッキ「うまのひづめ展望デッキ」を制作した。今後も森の学校の一部として、「サウンドシェルター」や「森の劇場」などが計画されている。

このプロジェクトは様々な繋がりに支えられている。震災後、すぐに復興に向けて動きだせたのは、一般財団法人イオンワンパーセントクラブの賛同のお陰であり、他、アサヒグループホールディングス株式会社、株式会社岡村製作所、サンデン株式会社、株式会社トンボなど、多くの企業や一般の方々からの支援を受け、ニコル氏と財団スタッフは全力でプロジェクトに取組んでいる。各社の震災への取り組みはもとより、各担当の方々との間には、ニコル氏と同様に、東松島市民と家族のような交流が生まれ、被災地の皆さんの心に寄り添いながら、希望を語り合えるようになっている。
また、馬のチカラで復興を支援する一般社団法人美馬森 JAPAN や地元で頑張っているNPO 法人児童養護施設支援の会の皆さんの協力は欠かすことができない。

さらに、震災の3ヶ月後に津波のかぶった田んぼに被災地で初めて田植えをした有限会社アグリードなるせに、森だけでなく地域の田んぼや畑も森の教室の一部として、地域全体で森の学校を創る中心的役割を担ってもらっている。

アファンの森を訪問したご家族が、主体的に森づくりや森の学校づくりのために動いてくれること、この活動を誇りに思ってくれることが何よりの希望だと、アファンの森財団の大澤氏の感謝の気持ちは尽きない。

次回●第1歩「90ヘクタールの土地の環境調査」をお伝えします。


「子ども街づくり倶楽部」—「みんなの家・かだって」より

HP: cadatte-kamaishi.com/?cat=192 FB: www.facebook.com/minnanoie.cadatte

放課後、「みんなの家・かだって」に集まってミーティング

放課後、「みんなの家・かだって」に集まってミーティング

プレゼンテーション当日。ドキドキ緊張したけど充実していた!

プレゼンテーション当日。ドキドキ緊張したけど充実していた!

釜石市只越(ただごえ)商店街に、@リアスNPOサポートセンターが運営する街づくり活動の拠点「みんなの家・かだって」がある。震災前から地域住民のハブとして存在していた。震災後、建築家伊東豊雄氏との出会いから「釜石商店街・みんなの家」として再建させた。近隣仮設住宅や地域住民の交流、バスの待合い、休憩、また復興について老若男女が語り合うハブとしての役割を果たしている。

僕らの街を僕らが創る!釜石市へ提言書を提出!

取組みのひとつに、「子ども街づくり倶楽部」がある。中・高校生を対象に行ったワークショップ「かだって×語って」をきっかけに子ども達が学校以外の自主活動として開始し、2012年4月から、倶楽部のメンバーの釜石市立大平中学校の学生達が「僕らのまちを僕らが創る」をテーマに取組んでいた。そして、今年1月24日、遂に釜石市野田武則長に提言書をプレゼンテーションする、という大仕事を果たした。
今回のメンバーは、同中学校3年生が開始から引き継ぎながら、現在は6名。「これから5年・10年後に釜石市の担い手となる自分達が今、子どもだからということで、復興について何も知らないままで良いのか。復興後の街に少しでも責任がもてるよう関わりを持ちたい。」という真摯な想いが活動の源だ。

活動の過程で、復興庁を招き勉強会を行ったり、同級生にアンケート調査の協力を募ったりと、広く情報収集、プランの見直しをすることで、より現実的・実質的な提言書の作成を目指した。途中、市内各地で行われていた嵩上げ工事を目の当たりにし、「今から自分達に出来ることはあるのか」「復興の妨げになりはしないか」という壁にぶつかりもしたが、「今、自分達が困っている事を素直にまとめる」と、「街頭/避難用看板/運動場」の3つの項目について提言をまとめ、中学生ならではの視点で、自分たちが創る未来の釜石へ参画した。提言書の最後には、「10年後の釜石について」のアンケート調査の結果がある。若い人が働ける場所がたくさんある街を起点とし、商業の発展や活気、街に集う人々の楽しさが挙げられ、結論は「みんなが笑顔」になれる街にたどり着く。

願う未来は、老若男女、皆同じなのだ。この提言書に込められた願いとメンバーの努力は、釜石市にとってひとつの希望に違いない。


4月の定点カメラ

@リアスNPOサポートセンター事務局長 川原 康信

HP : kickoff-rias.com/fukkocamera
 FB : www.facebook.com/fukkocamera

tohoku-01-07

2015年現在、瓦礫が撤去され、一帯は整備された(大槌小学校は写真右手の4階建ての建物)

大槌小学校

岩手県上閉伊郡大槌町の大槌小学校は、東日本大震災津波のより被災しました。小学校は津波の被害よりも、その後発生した火災により焼失しました。児童の多くは高台に避難して無事でしたが残念ながら7名の児童が犠牲になりました。現在は、浸水区域でない内陸部の仮設校舎で授業が行われています。

2013年3月11日、 津波が押し寄せ、家や車を飲み込んでゆく

2013年3月11日、
津波が押し寄せ、家や車を飲み込んでゆく

津波がひいた後の大槌小学校一帯

津波がひいた後の大槌小学校一帯