「逃げる」に勝る避難は無い | 東北の小さな酒蔵の復興にかける熱い想い【第75回】

 東日本大震災で大きな被害を受けた地域の1つに岩手県宮古市田老町があります。この町は、万里の長城と呼ばれた津波防災の象徴でもあった「X型」の超巨大防潮堤がありました。この防潮堤は、東日本大震災前までは、日本各地から視察が来るほどの大きさを誇り、視察に来る人も、そして住んでいる人も誰もがこの超巨大防潮堤がある限り、田老は津波の被害を免れると信じて疑いませんでした。

 そもそもこの超巨大防潮堤は、田老がこれまでの歴史の中でどれだけ津波で大きな被害を受けてきたかの証でもあり、その悲しい被害をとにかく防ごうと先人たちが考えて設備してきた最高の防壁でした。

 しかし、その超巨大防潮堤が、今回の東日本大震災ではほとんど機能することなく、津波によりあっけなく倒壊してしまいました。誰がこんなことを想像したでしょう。私もこの防潮堤を見たことがありますが、この防潮堤が倒壊するような津波は想像することが出来ませんでした。それほど、今回の東日本大震災の津波には力があったということです。

 さらに悪いことに、田老の人たちは、誇りでもあったこの巨大防潮堤に依存しすぎて、今回の津波から「逃げる」という選択をすることが出来ませんでした。誰もがあの巨大防潮堤を見たら、「大丈夫」と思ってしまうほどの大きさです。ずっと住んでいる人たちはどこかで「大丈夫」という気持ちがあってもおかしくありません。

倒壊した田老の防潮堤


 被災者の行動記録をたどってみると、田老町の人たちが見事にこの防潮堤を信じ切ってほとんど避難していない現実が見えてきました。防潮堤を過信して逃げなかったのです。津波の犠牲になった方々のわかる範囲での行動をたどると、一人は津波の高さに驚き、そのまま防潮堤を信じ、自宅にとどまり、もう一人は逃げずに家の2階から海を見ていたと言います。さらに驚く事に、地震の後に津波を見ようと防潮堤の上に登った人もいたそうです。

 震災前の田老町の市街地は基盤の目に整備され高台に向かって道路が放射線状に延びるなど避難を重視した構造になっていたそうです。

 しかし、犠牲者で地震後にすぐ避難した人はなんと11%しかいませんでした。超巨大防潮堤が「逃げる」という最も重要な行動を鈍らせてしまいました。先人は、超巨大防潮堤と共に、高台へ逃げる道も用意していたのに、あまりにも目の前にある安全に見える防潮堤を過信してしまったのです。

 震災後、各地で10メートルを超える防潮堤が建設されています。しかし、どんなに大きな壁も必ず壊れます。「逃げる」に勝る避難は無いのです。


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本文:南部美人 五代目蔵元
東京農業大学客員教授

久慈 浩介