先住民地域の土地を奪い壊滅的な自然破壊をもたらす「トランスマウンテン・パイプライン拡張計画」の行方|特集 過去から振り返るカナダ2020「予想と展望」

 気候変動問題と戦うグローバルリーダーとしての役割を自称しているカナダ。昨年11月末、パリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)には首相自らが参加し、国際舞台で環境問題への積極的な取り組みを行っていくことを宣言した。今年第43回連邦下院議会選挙では、国民の関心は経済施策のほか、気候変動対策に集まり、10月にトルドー首相は圧勝後に温室効果ガスの排出量に応じて課税する炭素税の導入は不可欠と主張した。

 しかし、環境問題にコミットする姿勢とは反してカナダ政府と石油業界は折しもパイプライン計画への支援を募り、先住民族の土地を奪い、壊滅的な自然破壊をもたらそうとしている。同首相は6月18日、これまで環境団体や先住民団体による反対運動から建設が遅延されていた化石燃料の増産計画である「トランスマウンテン・パイプライン拡張計画(以下、TMX)」をついに承認した。

パイプライン建設計画の経緯

 同計画は1953年に建設されたパイプラインを新たなものに代替し、拡張することで内陸のアルバータ州から太平洋沿岸まで1日当たり89万バレルの原油を送れるようにするという内容である。

 計画は当初、米エネルギーインフラ企業キンダー・モルガンの子会社キンダー・モルガン・エナジー・パートナーズが2013年にカナダ国家エネルギー委員会に申請。2016年、トルドー首相がカナダの「国益」にかなうとして、アルバータ州エドモントンからバンクーバーの西郊バーナビーまでの約1200㎞の石油パイプラインを拡張する68億ドルの巨大計画を承認した。

 2017年、BC州のクリスティー・クラーク知事が同計画に年間10億カナダドル(約850億円)のレベニューシェアで合意し、年間20億カナダドルの州内経済効果があるとして計画への支持を表明。昨年8月、キンダー・モルガンの株主総会が売却を承認したが、同日、カナダ控訴裁判所は計画に対して環境NGOと先住民団体との協議不足を理由に承認を撤回するという決定を下した。政府は難局を切り抜けるため、キンダーモルガンからパイプラインの所有権を44億カナダ・ドルで買収した。

 2019年2月22日、カナダ国家エネルギー委員会は同計画が環境や地域社会への著しい悪影響があるものの、公益のために実施すべきという意見書をカナダ連邦政府に提出。6月18日、カナダ政府はついに計画を承認した。悪影響を低減するための措置を打つことを同時に提言しているもののこの判断は大きな国際的批判を受けている。同計画が完成すれば、現在の約3倍である原油が運ばれ、原油はバラードインレットを通りタンカーで海外へと輸出される予定である。カナダ産原油の大半が割安な価格で米国に売られる中、アジアなどの新市場への輸出を目指すと首相は述べた。

環境破壊への懸念

 トランスマウンテン・パイプラインは過去に82件の原油流出が発生し、2005年、2007年、2009年には1000バレルを超える流出を記録している。

 また意見書を提出したカナダ国家エネルギー委員会も、パイプラインやタンカーからの原油漏出が発生した場合に、周辺環境に著しい悪影響を及ぼしうることも認めており、航行による石油消費の増加で温暖化ガス排出量が大幅にも著しく増加すると結論づけられている。それは温室効果ガス削減を決めたパリ協定実現から更に遠のくことを意味し、パイプラインで運ばれた石油を海上輸送するための航行によってサザンレジデント・キラーホエールズという種のシャチと、それを食する先住民に対し著しい悪影響を及ぼしうるとも報告され、環境汚染の懸念が募っている。

 カナダは2030年温室効果ガス削減目標において温室効果ガス削減を約束しているが、パイプラインの産業を拡張しては、実現どころかさらに化石燃料に頼る産業を維持することになる。トルドー首相はパイプラインからの税収や最終的な売却益は「クリーンエネルギーへの移行」に投資すると説明しているが、同計画は「ブラウンフェイス」同様、彼に政治的ジレンマを突きつけるものだ。

 カナダ政府は計画承認の直前に15億カナダドルを「海洋保護プラン」に費やすと発表したばかりで、首相の矛盾した決断に対する不信感が募っている。バンクーバー市では連日のように抗議デモと集会が行われており、先住民族の土地を通過し、汚染する計拡張画は先住民族にとっては大きな失望で、彼らの権利を蔑ろにする裏切りである。

経済開発に奪われる先住民族の土地

 計画について議論をする上で決して欠かせないのはパイプラインが通過する土地が本来先住民族のものであるという事実、カナダの植民地支配の歴史、そして今も蔑ろにされる先住民族の権利についてだ。英仏人が大西洋を渡り植民地化した以前、タートル島(北米)は独自の文化、法律、統治システムを持つ主権国家の集合体だった。先住民族の権威は自然界と共有する責任に由来し、国々は占領した土地を管轄していた。その慣習は数千年続いていたが、英仏人が入植し、条約の一部を破棄し、内容を無視・操作することにより先住民を裏切り先住民の土地を奪った。

 市民革命後の英仏人の「first come, first rule」のルールからすれば、先住民の権利は最大限に尊重されるべきどころか、英仏系移民の権利よりも優位にある。このルールを無視し論理的パラドックスを抱えるカナダ建国は先住民を存在しなかったことにするために抹消政策に拘泥。その手段として先住民の差別と社会システムの変換と彼らの排除を迫ってきたのである。差別は今も引き継がれ、パイプライン計画は今に引き継がれる入植者の植民地支配精神の表れであると言える。

 入植者の差別が及ぼす被害は計り知れない。今年6月の調査委員会(MMIWG)による1200ページに及ぶ調査報告書は全国で多くの先住民族が殺害され、行方不明になっている事実を「民族浄化のための大量虐殺」と表現した。内容は先住民族を標的にした殺人・行方不明事件についての事実と改善策の提案であり、報告は彼らが総人口の4パーセントにしか過ぎないにも関わらず、先住民女性・少女が殺害・行方不明に巻き込まれている割合は、その他グループと比較して約12倍、白人女性と比較すると16倍にものぼると報告した。その事実の要因には英仏人入植時代から今日まで続く「先住民族破滅」を目的とした政策が影響していると報告している。

 また、1700年代に起こった先住民族殺害への報奨金制度から子供に寄宿生活を強要するレジデンシャルスクール制度、独自文化継承禁止政策、今日でも続く医療や経済活動へのアクセス欠如、警察の対応などが多くの先住民族に大きな影響を与えているとして報告されている。

 12月4日のバンクーバーでの記者会見にて、首相は報告書の内容として「大量虐殺」という言葉を初めて政府として受け入れることを表明。「国家として、リーダーとして、国民として、我々に何ができるかということに焦点を当て、悲惨な状況を終わらせるための段階に入らなくてはならない」と語ったが、パイプライン計画を承認した首相は口先ばかりだとして批判された。先住民族の土地を犯す同計画の議論をする上で、この矛盾をはらんだ歴史的経緯を決して忘れてはならない。

2020年、パイプライン拡張計画の行方は

 12月に先住民族グループが新たに同計画に異議を唱え、政府が承認する前に彼らに「十分に相談していない」と主張し、法的な異議申し立てを行った。BC州インディアン・チーフの連合最高責任者であるスチュワート・フィリップ氏は、政府は先住民コミュニティの環境への懸念は適切に対処していないと述べた。12月15日、バンクーバー連邦控訴裁判所で3日間の聴聞会が始まり、カナダ政府は「協議が有意義だった」という主張を支持する提案を提出してないことから、裁判所は控訴人の懸念が控訴の基準を満たしていると結論付けた。

 また、パイプライン計画の費用に関しては、同計画を担当するカナダ開発投資公社(CDEV)は、12月11日の年次公開会議と財務報告にて特定の建設スケジュールやプロジェクト全体の費用を特定することができていないとの詳細を発表。

 7月30日、法人は「カナダ口座」と呼ばれる連邦基金と修正されたクレジット契約を交渉し、その「クレジットファシリティ」は2019年末までに26億ドルの制限があると説明。この資金は2020年前半までの拡張の建設費に充てるためだと述べ、「継続的かつ増加する資金源をタイムリーに獲得することが不可欠」だと説明している。

 だが、確保された資金調達は2020年前半の数ヶ月しかカバーできないと認めており、最近の財務報告でCDEVは「プロジェクト全体の資金調達のための財政的コミットメントが得られていない」として、この不確実性がプロジェクトの継続的な財務と拡張完了リスクに繋がっていることを述べた。

 2020年のパイプライン拡張の雲行きは怪しく、パイプラインがカナダ政府に所有され、首相に国益として推進されているにも関わらず、計画のスケジュールと長期の資金調達はかなりの不確実性を依然として抱えていることを明らかにしている。

本文=菅原万有 / 企画・編集=TORJA編集部