ワーホリは「サバイバル」中村ノルムさん|特集「カナダワーホリのその先」

 前月に引き続きワーキングホリデーのその先を考える企画第二弾。今回は日本でワーホリを経験したカナダ出身の3人にインタビューを敢行。環境も価値観も文化も違う中で彼らの気づきや考えを紹介する。3名のストーリーを通して、ワーホリの先にはこんなにも多様な世界が広がっていることを知ってもらえたら本望だ。 #ワーホリのその先

中村ノルムさん

中村ノルムさんの年表

2007年(23歳)―ワーホリのビザでカナダから日本へ

2008年(24歳)―カナダへ帰国。友人の紹介で三味線を初めて耳にする

2010年(26歳)―日本へ再び戻る

2011年ごろ
ー三味線奏者・吉田兄弟へ弟子入り

2018年―会社勤めを辞める。三味線と動画作りに専念

2019年―師匠である吉田兄弟とテレビ出演を果たす

短いようで長い「一年」

ーノルムさんが思うワーホリの価値は何ですか?

 日本でワーホリに参加する一番の利点は日本を「お試し」することが出来る、ということではないでしょうか。一年は長いように思えますが、実はとても短い期間です。ただ、素晴らしい経験をしたり、深い友情を築いたり、大きな失敗を経験するのには十分な時間でもあります。

 つまり、一年間は「もし私が日本で暮らして働くことになったらどうなるか」という問いに対する答えを出すのにはふさわしい期間なのです。

ー「深い友情」とおっしゃいましたが、ノルムさん自身はそのような人間関係を築くことが出来たと思いますか?

 はい、でもカナダへ帰国するまでそれに気が付きませんでした。深い友情だと思っていた関係がそうでなかったり、その場限りの関係だと思っていたものが12年経った今でも続いている関係になっていたり。私の現在の親友やビジネスパートナーの中にも12年前のワーキングホリデーで出会った方々がいるので、それは自分でも驚きです。

 これが起きた理由の一つとして考えられるのは、当時は「深い友情」だと思っていたものが「利便性」によって築かれていた友情が多かったということです。

 ワーホリのように新たな国へ行くとまず、人に出会うことや友達を作ることに必死になるのではないのでしょうか。私もそうでした。そこで私たちはとにかく周りにいる人や同じ職場の人と友達になろうとします。ただ、そのように急いでしまうと、実はあまり性格が合わないのに友人が欲しいがためにそういった大切なことを見逃してしまうこともあると思います。

 また、ワーホリの最中に特に多いのが、友人が母国へ帰ってしまうということです。私がワーホリに参加していた最中にも、何人もの友人が母国へ帰って行ってしまいました。

日本の文化にのめり込んだワーホリ時代

 そのような経験もあり、日本に来てから三ヶ月ほどした頃から人との付き合い方を少しずつ変えました。他のワーホリの参加者や外国人観光客とはあまり時間を過ごさず、もっと地元の人々と関わるようにしたのです。

 そうして日本の文化にどんどんのめり込んでいきました。そのおかげで素晴らしい出会いもたくさんありました。例えば、私がワーキングホリデー中に暮らしていた浅草では、お祭りや地元の町会で多くの人に出会いました。その中には今でも仲良くしている人もいます。必死に「友達を作ろう」と思っていた頃よりも、もっと自然な形で人と出会えた気がします。

ー日本でワーホリに参加してから三味線奏者になるまでの道のりを教えてください。

 ワーホリ中はいくつかの仕事を転々としました。一年後、「もうこれで十分」と思い、カナダへ帰国しました。日本に戻ろうと思ったのは帰国してからのことでした。ある日、友人に三味線奏者の吉田兄弟のCDを紹介されました。その頃は三味線が何かさえも知りませんでした。ただ、彼らの音楽を耳にした瞬間、「これはすごい。日本に戻らなければ」と思ったのです。
 そうして日本に戻り、ワーキングホリデー中にお世話になったところで再度雇ってもらいました。

 ただ、徐々に退屈になってきたのもあり、七年ほどそこで勤務した後、「そろそろ大きなことにチャレンジしよう」と思ったのです。そんなある日、友人に「もし、何でも出来るって言われたら何をしたい?」と聞かれました。その時に日本へ戻ってきたきっかけである三味線、そして吉田兄弟を思い出したのです。そこで私は思いました。「もし何でも出来るのであれば吉田兄弟から三味線を習いたい」と。もちろん、最初は話も聞いてもらえませんでしたが、何度もお願いしたのち、ようやく吉田兄弟の二人に弟子として受け入れてもらいました。

 “Shamisen in Tokyo”という三味線奏者を特集したYouTubeチャンネルを作ったのもその頃です。三味線の世界についてもっと知りたいという思いと、多くの三味線奏者に会いたいという思いから作りました。のちに、自分の日本への愛を共有すべく、新たなYouTubeチャンネル“Tokyo Lens”も作りました。

 去年の夏には勤めていた会社を辞め、以来三味線と動画作りに専念しています。今年のお正月には吉田兄弟と三人でテレビ東京に出演も果たしました。弟子入りして以来、彼らと共に何かしたいと常に思っていたのでその夢が叶ったのは光栄です。

趣味の世界の「言葉」を学ぶ大切さ

ーワーホリ中に直面した困難や苦労したことは何ですか?

 人間関係において困難なことがあるのはもちろんですが、文化的な面においても困難なことはあると思います。私は日本へ来たからには「日本でしか出来ない何かがしたい」と思っていたので、祭りに没頭しました。ただ、そこで感じたのはただ日本語が話せるだけでは不十分であるということです。

 祭りに携わる人々の間には彼ら特有の「言葉」があります。三味線の世界でもそうです。その趣味一つ一つの「言葉」を学ぶことこそ私が一番苦労したことだと思います。

 何かにのめり込むにはそれを「やる」だけでは不十分なのです。その世界にいる人たちと会話をするためにも、彼らの「言葉」が話せるようにならないといけません。そうして人と趣味について話すことで人間関係を築くことが出来ると私は考えています。難しいことですが、このような「世界」がたくさんあることが日本の素晴らしいところの一つなのではないでしょうか。

期待しすぎないことの大切さ

ーワーホリに参加している人、またはこれから参加しようとしている人に向けてアドバイスがありましたら教えてください。

 ワーホリに行く際に重要なのは「期待をしすぎない」ということです。ワーホリに参加するということはある意味「一からやり直す」ということでもあります。住む家を探したり、仕事を探したり、人と出会ったり、その地の言語を学んだり。何もかも一からやり直しです。「外国人だから特別扱いされる」と期待して現地に向かうと、その結果にがっかりしてしまうことでしょう。

 同時に、ワーホリが教えてくれる大きな教訓の一つが「一年の大切さ」です。一年は短く感じるかもしれませんが、その一年が全てです。そしてその一年をどう使うかはあなた次第。仕事を見つけたり、友人を作ったり、これから先さらに長く滞在したい場合はビザを入手したり。一年間という限られた期間の中で自分のことや滞在国のことなど、多くを学ぶことが出来ると私は思います。

ワーホリは「サバイバル」

 ワーホリは一種の「サバイバル」です。一年間を生き抜くか、途中で諦めて帰ってくるか。これを大きく左右するのは「行動力」だと思います。ですので、一つだけアドバイスをするとしたら「部屋にこもらない」ということ。

 私たちは一日の多くの時間をネットや動画を見て過ごしてしまっています。ただ、ワーホリの期間中はそんな時間はありません。もし、ワーホリ中にやりたいことや成し遂げたいことがあるのでしたら常に行動することが一番の近道です。街に繰り出し、いろんな人に話しかけてみてください。知らないうちにその人たちと仲良くなり、いつの間にか居酒屋でお酒を酌み交わしているかもしれません。それは素晴らしい経験ですが、部屋にこもっているだけでは何も始まりません。

 何か小さいことからでもいいので、とにかく外に出てみてください。人が集まるところに行くのもよし、趣味を見つけるのもよし、写真を撮るのもよし。とにかく、行動し続けることが何よりも大切です。


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