人生は一度きりとは言うけれど…。このワーホリ夫婦が面白い!電通・Googleを辞めてカナダ生活を選んだ生き方に迫る|特集「カナダワーホリのその先」

多くの人が憧れる大企業を飛び出してまで自分たちの心に向き合った 松澤遼さん・由佳さんご夫妻


 電通そしてグーグルと聞けば就職人気企業としても名高い多くの人にとっては羨望を集める企業だ。大学卒業後、遼さんは電通に、由佳さんはグーグルに新卒で入社し、重要なプロジェクトを担当しながら30歳手前まで勤務してきた。

 その松澤夫婦が今、トロントでワーキングホリデー生活を送っている。そして二人から発せられる生き方は、大企業を辞めた後悔など全く感じさせない清々しさを感じることができる。

 「一体なにを考えているんだ?この夫婦おもしろい」そんな想いを胸にエリート人生を歩んできたと言っても過言ではない夫妻にインタビューを申し込んだ。

ー大学卒業後、お二人とも就活ランキング上位の大人気企業に入社されてますが、当時のことを振り返ってもらえますか?

遼さん: 大学時代は雑誌の編集者になりたかったので、出版社を中心に就活していましたが、行きたい会社から内定を頂くことはできませんでした。そこで、自主留年をしてもう一度就活をし、就職先が決まってからは体育会野球部時代には実現できなかった留学もしてみよう、とポジティブに捉えました。2度目の就活では、出版社に加え、幅広い業務ができる広告代理店も含め採用試験を受け、結果ご縁あって電通に入社させていただきました。

由佳さん: 大学当時はチアリーディング部に所属し、同じく部活動ばかりしていました。就活は準備もしていなかったので焦ってしまい、当時は100社ぐらいエントリーしました。私の場合は、就活中にやりたいことが少しずつ絞り込めて、最終的には社会の生活環境に大きな影響をもつグーグルに決めました。

ー入社から退社までの5年間という時間の中で、当時の心境やどのような気持ちの変化があったのでしょうか?

世界で最も影響力のある起業家イーロン・マスクに会い、感化される


遼さん: 様々なクライアントを担当させてもらいましたが、自分にとって一番大きな影響を与えてくれたのは、2年目から担当したアメリカの電気自動車メーカーである「TESLA」のプロモーション業務でした。

 当時「TESLA」は日本ではまだ認知が低く、これから日本でのブランドが確立されていくという時でした。なので最初の仕事もそこまで大きくなく、様々なことをほぼ一人で担当することができ、やりがいを感じました。そして業務と並行して、「TESLA」創業者のイーロン・マスクの理念や考え、行動力にも感銘を受けました。入社時から大企業の中で日本社会の縮図のようなものに悶々としたものを抱える中で、「TESLA」の仕事もスケールアップしていき、その度に、イーロン・マスクの考え方に触れ「会社とは何のためにあるのか」「仕事とは何なのか」など、深く考えさせられました。実際にお会いしましたが、青くて、力強く、まっすぐ前を見つめる目が印象的でした。本気で我々人類の未来を考え、世界をより良くしたいという情熱が伝わってきました。

 実際に転職も考えましたが、部署内で異動させてもらい、社員の人材開発・能力向上などに力を尽くしましたが、次第に自分のやりたいことや居るべき場所が電通ではないと思いました。同時に、長年思い続けてきた海外で働きたいという気持ちも強くなり、退職を決意しました。

自分らしい生き方や人生について深く考えるようになる


由佳さん: 入社一年目はカスタマーサポートの部署に入り、個人広告主とエンジニアをつなぐ仕事に従事しました。その後、営業部に異動しやりがいを感じていましたが、入社4年目でクラウドの部署への異動希望を出し、法人営業という新たな経験もしました。社内の色々な部署でお仕事をさせてもらい、どの部署も上司や同僚に非常に恵まれた環境でしたが、なかなか自分の人生の目標を見つけることが出来ませんでした。その頃に、一度仕事を横に置いて、自分らしい生き方や人生について深く考えるようになり、退社についても考えるようになりました。

悩み、考え、二人で泣きあった日々

ー退社に至るまで、そして海外に行くことを決意するまでにお二人はよくお話をされていたようですが、当時のお互いの印象は?

遼さん: 非常に価値観が合っていたと思います。それまでの私は自分で考え、自分の中にためておくタイプだったのですが、彼女は物事に対して似たような感覚を持っていると感じていたので、大事なことを何でも話せる唯一の相手でもありました。時には泣きながら話をしたこともあります(笑)。

由佳さん: 忙しい日々の中で、人生について友人と語り合うような機会は少ないですが、そんな中、人生に対する様々な思いを打ち明けられる人が側にいたことは大変支えになりました。日々の業務へのモチベーションを保ちながら人生の別の方向性を考えるのは難しかったのですが、彼のおかげで自分の人生と向き合うことができました。

ー仕事を辞める時の心境を教えてください。

遼さん: 転職活動や多くの人の話を聞きにいきましたが、結論は日本には電通以上に働いてみたいと思える会社がありませんでした。ですが、電通というスケールが大きな会社を辞めることに対してもネガティブな気持ちはなく、周りの目も気にせず、自分がどうありたいかということに焦点を当てて行動しました。人生において仕事や会社がすべてではないとは思っていましたし、それまでやれなかった家族旅行など家族と過ごす時間が増え、そのおかげで絆も深まったように思います。

仕事を辞めて時間の経過とともに後悔の気持ちなどは?


遼さん 由佳さん:(二人揃って)後悔はまったく感じることがなかったです。

実際に二人でトロント・バンクーバー・ニューヨークの三都市に住んでみる

ー生活拠点をトロントに決めた理由は?

遼さん: 一言で表現できないところに魅力を感じました。はじめ住む場所を決めるために、直感的に面白そうと思っていたトロント・バンクーバー・ニューヨークに絞り、退職後に二人でそれぞれの都市で実際に住み比べてみました。その結果、トロントの人や街の雰囲気そして〝古いものを大事にしつつ、新しいものを積極的に取り入れていく〟文化が一番私たちにフィットしました。ニューヨークはアメリカがトランプ政権になったこともあり、混沌としていたので、住むのは今ではない、と考えました。

由佳さん: ニューヨークはエキサイティングな雰囲気、バンクーバーは少し落ち着きすぎかなという印象で、ちょうどミックスされた感のあるトロントが一番しっくりきました。これまでは海外に行くと、まず国籍を聞かれたり気にされる風潮があると強く感じたのですが、トロントではそんなことは全く感じず、人種・国籍を気にしないで皆が受け入れている雰囲気があり、好きになりました。

ー実際にトロントに住み始めてからのライフスタイルを教えてください。

遼さん: 海外に長期で住むことを決めていたので、永住権取得の準備とまだ観光ビザだったので働くことはできず、「IELTS」の勉強などしていました。観光ビザからワーホリビザに切り替えた後は、勉強に加えて仕事もするようになりました。

由佳さん: トロントには知り合いもいなかったですし、「IELTS」の勉強などを中心にしていたので、特に人とはあまり会っていなかったように思います。だんだんと人との繋がりができて自然と交友関係も広がっていった感じです。


遼さん: ゆっくりトロントを見回っていた感じですね。何かをしなければいけないみたいな焦りもお互い全くなかったです。

ートロントは住めば住むほど味がわかる場所と言われたりもするのですが、この街に感じることは?

遼さん: あまり周りを気にしなくてもいいところが好きですね。日本人であることを意識しなくていいし、日本で発言できないようなことも年齢問わず、ストレートに発言できるような雰囲気があるところが良いなと思います。

 それと同時に、海外に住んでいるという感覚があまりないです。住みやすいし、安全だし、様々な人がいるし、日本に一時帰国した際も箱根かどこかちょっと離れたところから東京に帰ったようなイメージで、そのぐらい海外に住んでいるという感覚はないです。テクノロジーの発展のおかげでコミュニケーションの充実や利便性がそうさせてくれているのか、それともトロントという街の持つ魅力なのかわからないですが…。

由佳さん: 私も同じような考えです。独立した国のようと言うとおおげさですが、多種多様な人たちがそれぞれのカルチャーの衣食住を持ち、異なる生活を送っているけれども、お互いに助け合っている環境が良いですね。無干渉ではないけれども、それぞれを尊重している感覚が好きです。個々の集合体というイメージですかね。トロントを気にいるにつれ、より日本のことも好きになりました。

区切りはなく、人生は一本の線

ーワーホリ後についてどのように考えているか教えてください。

由佳さん: 特に時間軸で区切りは考えておらず、人生は一本の線だと思うんです。以前、体調を壊したこともあり、かねてから「食」に興味を持っていました。もっと深く学びたいと思い、私は「食」を学ぶためにカレッジに通う予定です。私たちは夫婦で家族なんですが、お互いにやりたいことがあってそれぞれやるようにしています。

遼さん: もちろん夫婦であり家族なので一緒に動きますが、お互いのやりたいことを尊重できる関係でありたいと思っています。

 私は、自分がやりたいことや興味があることにさらにフォーカスしたいと思っています。起業かもしれないし、共感できる会社に入るかもしれないです。自分が納得できて、且つ、社会的意義があるかどうか、が判断軸です。この社会に対して自分がやる必要性を強く感じれば、起業もしたいと考えています。

それぞれの挑戦に、誠実でありたい

遼さん: 人生を年齢で区切るつもりはなく、何歳になっても挑戦し続けていたいです。とにかくチャレンジし続ける人でありたいです。現状に甘えず、自分をアップデートし続け、それが誰かのためにもなっていればいいと思いますね。


由佳さん: 人として女性としてどうあるべきかを考えていて、家庭を持ちながらも自分が興味のある「食」について真摯に向き合っていたいです。自分が出した答えに誠実に向き合っていられればいいかなと思います。

ー清々しさを感じるお二人ですが、今の自分が昔の悩んでいた自分に声をかけるとしたら何と言ってあげたいですか?

由佳さん: チャレンジしたら道は拓ける、と伝えたいです。自分で挑戦して一歩を踏み出せば、もしも元の場所に戻りたいと思っても自力で戻れるだろうし、チャレンジする事自体が学びでした。

遼さん: きっと人生はバランスよくできている、ということですかね。あのまま電通を辞めずにいても金銭面や生活面などそれなりに人生を楽しめたと思いますが、できないことや諦めることもたくさんあったと思います。外に踏み出せば失うものもありますが、得るものもたくさんあると思います。人生はやってみないとわからないことがたくさんあるということを体感しています。

ーインタビューを通してご夫婦それぞれの声がお互いにどのように響きましたか?

由佳さん: 時系列で振り返れたので、あらためて初心を思い出した感じです。想いを言語化することで整理ができましたし、それにこれからの挑戦に向けてワクワクすることができました。お互いよく話はするのですが、彼は心の芯で考えている部分は自分で決めるまでなかなか口には出さないので、あらためてインタビューを通して話が聞けて良かったです。

遼さん: 結婚した以上は2人で1つだと思っているので、その気持ちがまた強く持ててよかったです。彼女は僕にはないものを持っているので、お互いにサポートし合えたらいいなと思います。

プリンスエドワード島で始まる新たなストーリー

由佳さん: 実は2月からトロントを離れてプリンスエドワード島に引越しすることにしました。トロントのカレッジに合格していたのですが、もっと「食」の深い部分である素材や生命について学びたくなり、プリンスエドワード島に素晴らしい学校を見つけたのがきっかけです。

 カナダを代表する農作物・海産物などの生産者も近く、「食」を学ぶにはうってつけての環境だと思い決断しました。

遼さん: 生まれも育ちもお互い東京で、利便性に囲まれた生活を昔からしていましたが、地方に行ったときに自然に囲まれた生活もいいなと感じていました。それに社会に対する疑問というか、便利な世の中になってはきていますが、人間の心の豊かさはそれとは逆行しているのではないかと感じています。

 プリンスエドワード島での生活が、これからの僕らが進んでいく道へのヒントになるかもしれないし、僕らのようなストーリーが同じような気持ちで悶々としている社会人の方や若い人に響く何かのきっかけになれば幸いです。