トロントで輝く!若手社会人の夢!

海外で働きたい!自分のスキルを活かした仕事がしたい!などなど、「働く」ことを通して自分の夢の実現にむけて頑張っている人は多いはず。ここトロントで社会人として、夢の階段を一歩一歩登り続ける4名をご紹介。


飽きのこない、リアクションのある絵を。shimizu-shingo
父の存在が導いたアートへの道。

清水進吾さん

イラストレーター・グラフィックデザイナー、雑誌”SCION”アートディレクター

最も身近にあるアートともいえる広告。看板やポスター、雑誌など、街の至る所で美的感性が広がっている。イラストレーターでグラフィックデザイナー、そして雑誌アートディレクターの清水進吾さんは、そのアートを作り出している一人。彼はモントリオールで生まれ、トロント育ちの日系2世。Holt Renfrewの新聞広告やCoca-Colaのキャンペーンポスターのデザインをはじめ、2年前からはサイオン・カナダのライフスタイルマガジン“SCION”のアートディレクターとしても活躍している。

Ontario College of Art & Designのコミュニケーション・デザインプログラムで学んだ清水さんは、卒業制作の発表のアートショー”オープンハウス”をきっかけに、デザインオフィスで働くこととなる。「会場に飾ってあった僕の絵の横に置いてあった名刺に書いてあった連絡先に、オフィスからインタビューを受けてみないかと連絡があったのです。競争が激しい世界なのに、自分はラッキーでした。」
ポスターやロゴデザインの製作、雑誌編集、ウェブデザイン、キャラクターデザインやフラッシュを用いたデザインなどを、職場を変えながら経験。その中でイラストを描くことに楽しみを感じるようになり、フリーのイラストレーターとなって10年活動する。「自分のイラストを電車に乗っているときや街を歩いているときに見かけると嬉しいですね。」
そうしてイラストをメインに活動していた清水さんだったが、2年前にSCIONのアーティストディレクターに着任してからは、その多くの時間がアートディレクターとしての職務に費やされることとなる。大きなプロジェクトながらも、少数精鋭での編集作業。各スタッフに指示を出しながら、自身も全体の80パーセントほどのデザインを行うという。「誌面全体のアートワークを決め、それを作っていくのがアートディレクターの仕事。記事が手元にない段階でデザインを決めなければいけないので、アイデア出しや、イメージと合わなかった場合の調整などが大変ですね。」ディレクターとして人を動かす立場となって、新たな課題が見えてきたようだ。

彼がアートに興味を持つきっかけとなったのは、グラフィックデザイナーの父だった。ドラフティングテーブルに向かってマーカーで色付けや文字貼りする父の姿を幼少の頃から見てきた清水さんがアートの道へと進むのは自然なことだった。「子供の頃から馴染みがあったし、高校の頃の成績も美術が一番。自分が得意だったことを、今でもすることができていることが嬉しいですね。」以前は清水さんの作品に対し、厳しい評価をしていた父親が最近になって”良い作品を作ったな”と褒めてくれるようになったことが彼に大きな感動をもたらした。「嬉しかったですね。それを目的としていたわけではないですけど、何か突き抜けた感じでした。認められたというか。」
そして父親の存在は、清水さんのアートワークにも大きな影響を与えている。「70年代や80年代に流行したグラフィックやイラストが好きです。デザインもちょっとイラストっぽくて。その頃父がデザインの仕事をしていたことが大きかったと思いますね。」加えて、日本のバックグラウンドも大きな影響を与えているという。「こっちの子供たちはこっちのコミックスを読みますけど、僕はイラストに惹かれて少し読んでいた程度。父が買ってきた”少年サンデー”ばかりを読んでいたし、日本の漫画やアニメが好きだったのでその影響もありますね。」
埋没しないために個性の求められるアートの世界。清水さんは自身の作品の共通要素としてユーモアの要素を取り入れている。「ただ綺麗に描かれた、そこから何も感じるもののないイラストを描くのではなく、作品には何かおもしろみを感じさせるような要素を入れて、リアクションのある作品を描きたいと思っています。特に僕の絵は”美術”ではなく、ポップカルチャーをテーマにしたものが多いので、飽きが来ないように工夫しています。」清水さんがこのように考えて創作活動を行うようになったのは2年前のグループアートショーがきっかけ。La Carnitaというタコスの店が主催するガイコツがテーマのアートショーに「ガイコツとタコス、さらに誰も考えもしないようなものと組み合わせてみたい」と、当時世界が震撼した北朝鮮の金正日元総書記の死去のニュースにインスパイアされて、メキシカン風のガイコツメイクを施した金元総書記が、具が脳みそのタコスを食べているというイラストを作成。意味深で刺激の強いこのイラストを完成させたときには、”もしかしたら殺されてしまうかも”と思いながらも、観客のリアクションのおもしろさに自分の描く絵のテーマを見つけた喜びを感じたという。
「賞を取って個展を開きたいです。イラストレーターとしても、雑誌のアートディレクターとしても。そしていつか、ニューヨークの地で個展を開いてみたいですね。」そう今後の目標を語る清水さん。賞を取ることで新たな道が広がっていくアートの世界。今までは賞を気に留めてこなかったという清水さんだが、次のステップへと進むため、さらなる大きな目標を胸に、これからも創作活動を続けていく。

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100回CFL グレイ・カップ チャンピオンシップのチケットデザイン

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HOLT RENFREWの新聞広告イラスト。全部で4種ある。

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アートディレクターを務める、雑誌”SCION”

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2年前のLa Carnitaで発表した金正日元総書記をモチーフにしたイラスト


清水 進吾(しみず しんご)
モントリオール生まれ、トロント育ちのイラストレーター・グラフィックデザイナー・アートディレクター。Ontario College of Art and Design卒業。コカ・コーラ社やHolt Renfrew、Virgin mobileらをはじめとする企業の各種広告イラスト、フリーマガジンなどのイラスト提供、サイオン・カナダのライフスタイルマガジン“SCION”のアートディレクターなどを務める。AI-27 Official Selection、ADCC Silver Award受賞。
SHINGO SHIMIZUホームページ:
www.shingo.ca
Twitter / Instagram:@Shingo_Shimizu
Facebook:shingoshimizuart


shishikura-reina大学在学中に培ったインターンシップ経験で、カナダでの就職を実現。

獅子倉玲奈さん

MUNK School of Global Affairs プログラムアドミニストレーター

”カナダの学校で学び、卒業後はカナダで就職”―。そんな夢を抱いて、カナダへとやってきた人も少なくないだろう。今回はその思いを成就させた獅子倉玲奈さんをご紹介しよう。

獅子倉さんはトロント大学の卒業生で、現在同大学の平和学・ジャーナリズムのプログラムアドミニストレーターを務め、イベントプランニングのほか、平和学部に在籍する約150名の学生、そして医者や生物学者といった経歴を持つ人を対象としたジャーナリストプログラムに参加する約15名の学生たちからの学校生活における様々な相談に乗りアドバイスを行っている。

彼女は千葉県に生まれ、父親の転勤を機に、5歳の頃から台湾、アメリカと海外生活を経験し、通信教育や補習校で日本語を学びながらも、幼い頃から英語を軸とした教育を受けてきた。中学2年生の頃に父親の大阪転勤で日本に戻るも、主に帰国子女を入学対象としたインターナショナルスクールの要素を持つ学校へと入学。英語や美術、音楽や体育を英語で、国語や数学などの他教科を日本語で学び、彼女の英語力はさらに磨きをかけていく。こうした背景から、自然と海外進学を志し、トロント大学へと進学。コミュニケーションを専攻する。
彼女はトロント大学とシェリダンカレッジの二つの学校からディプロマ、ディグリーを取得できるプログラムに参加して、広報やメディアの理論的構造、さらにフォトショップなどを用いたグラフィックデザインなどを学び、加えて在学中に3つのインターンシップを経験する。ロジャースTVのレポーターを務め、トロントのイベント広報やソーシャルメディア事業へと従事、さらにソーシャルメディア会社でどっぷりとソーシャルメディアの世界に浸かる。「カナダでは卒業してから仕事を探すという人が多いのですが、私は学生ビザで滞在時間に限りがあったので、とにかく大学にいる間に経験を積まないといけないというプレッシャーが自分の中にありました。」と獅子倉さんは話す。
そうして迎えた4年生。獅子倉さんは広告代理店やテレビ局を中心に就職活動するも、なかなか良い縁とめぐり合うことができずにいた。「選考の中で”カナダ人ではなければいけない”と言われたこともありました。また、就職活動を続けていくうちに、コミュニケーションコーディネーターになりたいという思いがありながらも、コミュニケーションだけを行うメディアへの就職に違和感を覚えるようになりました。」
そんな時、彼女はトロント大学運動科学部のコミュニケーションコーディネーターの採用情報を見つける。トロント大学には”カナダで働く権利のある人はなんびとであろうと差別してはいけない”という採用ルールがあり、応募書類にもカナダで働く権利を持っているかどうかの質問項目があるだけ。彼女は選考面接やテストを無事にパス。だが、彼女の前に壁が立ちはだかる。雇用契約を交わす際、自分が3年のワークパーミットを持った日本人であることを伝えると、ディレクターから契約を保留にして、上層部とミーティングをさせてほしいと告げられる。「カナダ人でないことを伏せていたわけではなかったのですが、”保留にします”と言われた時には不安になりましたね。」
ミーティングでは”なぜビザが切れてしまう可能性のある日本人を雇う必要があるのか”と議論になるも、ディレクターが彼女の必要性を熱弁。その甲斐あって彼女の採用が正式決定となった。「”私はあなたがなに人であろうと、あなたが必要だと思ったから戦ってあげたのよ”とディレクターの言葉を聞いた時、”あぁ、頑張ろう”と思いましたね。」と獅子倉さんは当時を思い出し、嬉しそうに話す。

そして獅子倉さんはコミュニケーションコーディネーターとして着任、現部署へと異動し今に至る。彼女は学生たちとふれあう機会の多い仕事に大きな楽しみを見出しており、今後はリクルートメント部門で海外から生徒を大学に連れてくるような仕事がしてみたいという。「私のように高校卒業後に入学する日本人の生徒数は他国と比べ少なく、もっと日本の人たちにトロント大学の良さを知ってほしいです。大学のサポートがあったからこそ充実した学生生活を送ることができたと私自身感じているので、生徒たちの手助けとなれれば嬉しいですね。」と、輝きに満ちた表情で今後の目標を語ってくれた。

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インターンシップでロジャースTVのレポーターをしていた当時の獅子倉さん

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コミュニケーションデパートメントで働いていた当時のボス・Althea Blackburn-Evansさん/獅子倉さん/同僚のValerie Iancovichさん

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コミュニケーションコーディネーターを務めていたときに携わったイベントでの風景


獅子倉 怜奈
(ししくら れいな)
MUNK School of Global Affairsプログラムアドミニストレーター。帰国子女で5歳の頃から海外生活を経験。日本で高校を卒業してトロント大学に入学、卒業後に同大学運動科学部コミュニケーションコーディネーターを務めたのちに、現在の部署へと移る。


saito-taeko行動と努力で導いた海外就職。

齋藤たえ子さん

TDインシュランス アナリスト

高校卒業後に来加し、現在TDファイナンシャルで医療保険分析のアナリストとして働く齋藤たえ子さん。カナダで過ごすこと十数年、彼女のこれまでの軌跡を辿ってみよう。

4歳の頃からフィギュアスケートをしていた彼女は、激戦区である北海道で国体補欠選手に選ばれたこともあるほどの実力者。高校卒業を目前、大学推薦の話も来ていたが、日本の大学には行かないことを決意してそのオファーを断る。「日本の大学は入学するのは厳しいけれど、一度入ってしまえば一生懸命学ばなくても卒業することができてしまいます。”大学では何かをしっかりと身につけたい”そんな思いを高校生ながらに持っていた私は、スケートの遠征でトロントを訪れた時に海外での生活にも興味を持ち、高校卒業後に語学留学を決意しました。」

トロントへと語学留学した彼女はESLに半年間通い、ジョージブラウンカレッジに入学。その後、姉妹校のヨーク大学へと編入して運動科学を専攻。1年後に環境学へと専攻を変え、その中でGIS(地理情報システム)の分野に興味を持った彼女は大学卒業後にも続けてGISを学ぶ。

迎えた就職活動の時期。GISの仕事に就くためには修士号が必要となり、また新たに学校へと通わなければいけない。”とにかく就職をしよう”と考えた彼女は、金融関係や病院のレセプションなどのアドミニストレーターを中心に就職活動を行い、TDインシュランスから採用通知を受け取る。最初はTDというネームバリューから入社を希望したそうだが、TDという大きな会社の中で様々な部署を経験。アドミニストレーター、アカウントペイアブル、そして現在のアナリストと興味のある部署を経験してきたことで、道がどんどんと広がってきたという。

そして最近では、新たなキャリア形成についても考えているという彼女。「これまで現在の職場で、多くのことを学んできました。仕事が大好きなので、さらにやりがいのある仕事、達成感を感じる仕事に挑戦してみたいと思っています。起業も考えていて、カウンセリングやコンサルタントの分野に興味を持っています。」一時は日本に帰ることも考えたそうだが、自分にはカナダの風土が合っていると感じ、カナダでこれからも奮闘し続けていきたいと考えているそうだ。

「留学当初は全くというくらい英語がわからなかった」という彼女だが、留学から1年半が経つ頃には、オールAプラスという成績でジョージブラウンカレッジでの修学を終えている。この短期での驚異的な英語力アップは、彼女の英語習得に対する強い意志がもたらしたものであった。「自分がトロントに来た目的は英語を習得すること。留学当初から日本語を封印して、英語のみを使う生活を送ってきました。日本人なのに英語しか使わないということに反感を持つ人もいると思いますが、そういったことも気にしないでこれまで来たことが、結果として良かったと思います。」さらに、日本語の封印だけでなく、彼女は留学当初からこれまでほとんど日本人との関わりを持ってこなかった。だがそれは、英語の上達目的というよりも、人見知りで内向的な性格によるものとのこと。最近ではこれまでの反動からか、日系コミュニティの集まりなどにも積極的に参加するようになってきたそうだ。「自分に対して厳しく、他人にも厳しい性格の自分。人に頼るのがとても嫌いなので、自分で全てやろうと、今までは人間関係に対しても消極的な部分があったのですが、最近では多くの場所に出掛けるようになって、新しい発見や刺激を受けています。」

「”やって後悔したくない”という言葉があまり好きではなくて。後悔するかどうかはやってみなければわからない、だからまず行動するべきだと思いますね。海外での就職などは、もちろん運もあると思いますが、努力などで自らが導いたものだとも思います。行動と努力、これが大事ですね。」そう彼女は海外就職を夢見る人たちへのアドバイスを語ってくれた。

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チームリーダーの誕生日をサプライズで同僚たちと祝う。(2013年)

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彼女の好成績がサプライズで表彰!(2013年)

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38度近くの気温の中、外のテントで行われた大学卒業式には母も来てくれた。(2005年)


齋藤 たえ子
(さいとう たえこ)
TDインシュランスアナリスト。ヨーク大学卒業。北海道出身で、4歳の頃から14年間続けたフィギュアスケートでは高校の頃に国体補欠に選ばれたこともあるほどの実力者。フィギュアスケートで培われた強靭な精神力で、18歳で留学してから1年半後にはカレッジでオールAの成績を取るほどに英語力や教養を身につける。アドミニストレーター、アカウントペイアブルを経て、現職に就く。


unno-merumo結婚、移住を経て、2年前に“発信型留学エージェント”を創設

海野芽瑠萌さん

BRAND NEW WAY トロントオフィスマネージャー・カナダオフィスディレクター

ヤング/ブロア駅から徒歩3分の場所にある、充実したサービスや多彩なアクティビティで評判を呼んでいる、トロント最大手留学エージェントの一つ・BRAND NEW WAY(以下:BNW)。このBNWの創設者の一人である海野芽瑠萌さんは現在、トロントオフィスのマネージャーとして実務にあたりながら、カナダにある全7箇所のオフィスの統括ディレクターも務めている。

芽瑠萌さんは日本で大学卒業後、英会話スクールで働いた後、25歳の時にワーキングホリデーで渡加。語学学校へ通ったのちに留学エージェントで働く。留学エージェントでは、前任者がすでに辞めてしまっていたために引き継ぎをすることもできず、トロントも初めて、留学エージェント勤務も始めてという中での就労となった。「正直途方にくれましたが、”私まで逃げてしまったら、今いる生徒さんや渡航を控えている生徒さんはどうするのだ”と、周囲の助けも借りながらなんとか働きました。英会話スクールでは営業とともにカウンセリングも少ししていたので、それが多少役立った部分もあると思います。」

そしてワーキングホリデーの頃に現在のご主人と出会い、日本に帰国した後も遠距離恋愛を続け、1年後に結婚して、再びトロントへとやってくる。「遠距離恋愛中に、どちらが相手の国に行くかというやりとりもあったのですが、主人が大きな病気をしてしまったので、私がカナダへ来ることを決意したのです。」

移住後にはワーキングホリデーの時に働いていた留学エージェントから語学学校のカウンセラーの仕事を紹介してもらい1年半働く。その学校には日本人の生徒が少なく、彼女は積極的に飲み会や懇親会などの企画を行った。そこで現在の仲間に誘われて、トロント日系コミュニティパーティを行う団体・同窓会の運営に携わるようになる。そして同窓会を通し、仕事以外でも多くの学生や日本人と出会っていくうちに、BNW創設の構想が仲間との間に出てきて2011年にBNWを発足し2012年から現在のオフィスで実務を行い始める。当初はディレクターとしてスタッフを統括することに相当苦戦したという芽瑠萌さん。「留学カウンセラーや塾講師など、これまで一人で考え一人で実行していくことしか経験したことがありませんでしたから、初めて統括する立場になって勝手がわからなくて、家で大声で泣くこともありました(笑)」

先述したようにBNWでは漫画喫茶やヨガクラス、ネイルやパーティなど、多彩なアクティビティが行われているのが大きな特徴の一つだ。それは、芽瑠萌さんと仲間の描く”発信型留学エージェント”の構想によるものだ。「そもそもの留学エージェントの始まりは、情報を求めている人たちにその情報を提供するというものだったと思いますが、”これが必要だと思うからこれをやりましょう”と後手に回ってしまうと、自立心のある人は使ってくれなくなってしまうのですよね。困った時の駆け込み寺としてだけでなく、ここに来れば知らなかったことを知ることができる、求めていたもの以外のことも教えてもらうことができるといった新たな”発見”を提供していきたいですね。」そしてこの構想のもとに、BNWでは”こんなことをしてみたい”というアイデアを持ったスタッフが集まっている。「スタッフたちのアイデアを取り入れながら、気持ちの赴くままになんでもやっていくような会社でいたいですね。」果たしてどのような企画が飛び出すのか、TORJAとしても続報が気になるところだ。

芽瑠萌さんは日々生徒たちのカウンセリングをしており、その中にはワーキングホリデーの仕事探しの相談も多い。最後に彼女からのアドバイスをご紹介しよう。「多くの人がローカル店での仕事を希望していても、英語力を気にして挑戦せずに諦めてしまいます。ですが、思い切ってローカル店にレジュメを持っていったという人たちからは、驚くような場所での採用が決まったという報告も実際に受けています。能力を自己評価して諦めてしまうのではなく、まずは一歩踏み出してみること、挑戦してみることが大事だと思います。」

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芽瑠萌さんをはじめとするスタッフの方が優しく出迎えてくれるBNWトロントオフィス

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顔の絶えないご主人との日常生活

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現在多くの生徒たちにカウンセリングをしている芽瑠萌さんも以前はワーキングホリデー時代があった。

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BNWを立ち上げるきっかけとなった同窓会には今でも携わっている。


海野 芽瑠萌
(うんの めるも)
トロント最大手エージェントの一つ・BRAND NEW WAY創設者の一人。現在はトロントオフィスマネージャー兼カナダ統括ディレクターとして、“発信型エージェント”の構想のもと、留学生に有意義な情報を提供している。英語教育者、カウンセラー、ワーキングホリデー経験など、自身の豊かな体験を踏まえて行われるカウンセリングには生徒たちも大きな信頼を寄せる。