【数字で見る】AIとコンピューターサイエンスに強い!スタートアップ注目のカナダの大学 「U of T」(トロント大学)と 「U Waterloo」(ウォータールー大学)|特集「AI新天地カナダ 」
時代はAI・コンピューターサイエンスだ。AIチャットサービスとしてChatGPTが登場し、世の中を騒がせつつも私たちの生活に深く入ってきている。実はカナダ、そういったテック系に強い場所だというのはよく知られているだろう。それを牽引する“カナダのシリコンバレー”こと「トロント・ウォータールー回廊」には、QS世界大学ランキング(コンピュータサイエンス分野、2023年)で世界12位のトロント大学と22位のウォータールー大学がある。優秀な学生や教授陣が集い、世界的に注目される研究開発を続けて大きな名声を得ている両大学。優秀な人材の宝庫である2つの大学について、そのすごさの秘密に迫る。
T: トロント大学
W: ウォータールー大学
【T&W】
世界ナンバー1のテック学生数が自慢
大学の規模としてはそこまで大きくはないウォータールー大学だが、実はコンピューターサイエンスを学ぶ学生数は世界イチだ。QS大学ランキングによると、同大学のコンピューターサイエンス専攻学生は4790人で世界トップ。2位はシンガポール国立大学の4363人、3位はアメリカのイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の3654人、そして4位は3354人の在学生を抱えるトロント大学という順になった。コンピューターサイエンス分野で世界1位のマサチューセッツ工科大学は1481人、世界2位のカーネギーメロン大学は982人とカナダの大学の半数にもみたない。ちなみに、ウォータールー大学のコンピューターサイエンス専攻は入学自体がかなり難しく、その合格率は4.3%しかないというデータもある(turitoより)。また、ウォータールー大学とトロント大学のテック系専攻学生の高校時代の成績は、A+が95%以上だった人が全体の9割を占めるという(大学サイトより)。テック企業も多く教育施設も充実したカナダだからこそ、優秀な学生が多く集まるのだろう。
【T&W】
世界17位、テック人材の宝庫 “トロント・ウォータールー回廊”
北米で最大級の〝テックハブ〟として知られる「トロント・ウォータールー回廊」。アメリカの調査会社スタートアップ・ゲノムなどが今年発表したグローバル・スタートアップ・エコシステム報告書で、この地域が世界17位に選ばれた。つまり、技術系やスタートアップの点で魅力的な場所として世界的に認められたということになる。
このエリアにはトロント大学とウォータールー大学の他、5200のスタートアップを含む1万5千社以上のテック企業が集まっている。地域の企業に投資された額(2022年)は合計45億ドル以上であり、かなり潤っているのがわかるだろう。
先述の報告書でも、回廊はランキング1位のシリコンバレーと比べると劣る部分はあるものの、地域内のつながり(meetupなどの集まり)や研究開発拠点の数などを評価するコネクティビティと、資金調達の2点においては10点満点で9点を獲得。また、STEM(科学・技術・工学・数学)人材へのアクセスという点では満点評価を受け、トロント大学とウォータールー大学の存在が影響していると考えられる。
【W】
卒業者の起業家数21位カナダではNo.1
ウォータールー大学のすごさは学力だけではなく“起業力”にも大きな注目が集まっている。ウォータールー大学によると、同大学の主にエンジニアやテック系の卒業生によって設立された企業数は1000社以上。そのすごさの裏付けとして、金融データとソフトウェア会社のPichBookによると、スタートアップ起業者数の大学別ランキング(学部生のみ、2022年発表)でウォータールー大学は見事カナダ勢最高位の21位に選ばれた。同じくテック系に強いマギル大学は26位、トロント大学は27位だった。
ウォータールー大学はカナダの全創業者のうち18%が同大出身者だというデータもあるほど、起業に力を入れている学校なのだ。例えばソフトウェア開発でサイバーセキュリティに強いBlackBerry、安全な情報管理をサポートするOpenTextをはじめ、多くの企業が毎年生まれている。
【T】
育つ起業家マインド 30%がテック系スタートアップ
トロント大学だって負けていない。AIやコンピューターサイエンス分野に強い同大学では、在学中から仲間とともに会社を起こす学生も数多くいる。学生だけではなく教授や卒業生も巻き込んだ起業家コミュニティーを通し、これまで650以上の会社が作られ、9000以上の仕事を生み出してきた。
同大学のホームページ上で公開されているのは、AIやデータ分析、教育やソフトウェアの業界などで起業された576社だ。うち最も多かったのは全体の32.5%を占めるヘルス分野だった。AI分野は6.2%を占め、ソフトウェアやデータ分析などのテック系とAI分野を全て合わせると全体の30.5%を占めていることがわかった。
AI分野の会社であるWaabiとCohereに関しては、2022年のForbesによる「効果的なAI技術活用」をしている北米の非上場企業50に選ばれた。Waabiは長距離トラック輸送のための自動運転技術アプローチ、Cohereは自然言語処理で起業サポートする企業として知られ、2社とも「AIのゴッドファーザー」ジェフェリー・ヒントン名誉教授と関わりを持つ。会社を起こすだけでも大したことだがが、さらに国際的にもその分野で認知されるだけの事業と研究を見せているのはさすがと言うしかない。
【T】
熱心な研究を続ける教授陣AIは6つの分野に力
カナダ国内では1位の評価を受けるトロント大学のコンピューターサイエンス。大学によると、同校の研究分野は18に分かれ、プログラミングやロボティクスなどのザ・テック系からAIのエリアまで幅広い研究がおこなわれている。さらにAIに関しては、計算言語学と自然言語処理(自然言語をコンピューターで解析)、知識表現(人間の持つ知識をAIにもわかるよう記述する手法)、ロボット工学、認知ロボディクス、マシンラーニング、コンピューター・ビジョン(コンピューターを用いた視覚の実現研究)の6つのサブエリアがある。マシンラーニングはジェフェリー・ヒントン名誉教授の強い分野で、人間の脳神経系のニューロンを数理モデル化したものを組み合わせる「ニューラルネットワーク」によってAI時代を開拓したと言われる。
トロント大学の研究例を2つほど挙げよう。
【T&W】
2億ドルに込められた期待桁外れの支援額
AI分野にかけるカナダ政府は本気だ。政府によると、これまでの7年間でトロント大学にAIやテック技術の研究のためとして総額1億9950万ドルの助成金を出している。また、例えば自動運転の研究を進める「AI lab Acceleration Consortium」には今年さらに約2億ドルの政府による支援が予定されている。その他、2017年にはオンタリオ州政府は5000万ドル、カナダ連邦政府は4000万ドルの支援をした世界最高レベルの人工知能研究施設「ベクター研究所」もある。この研究所はトロント大学のジェフェリー・ヒントン名誉教授が主任科学顧問として就任したこともあり、トロント大学の学生も深く関わりのある機関だ。
一方のウォータールー大学には「ウォータールーAI研究所」がある。昨年と今年はそれぞれ210万ドル、150万ドルの政府による助成金を受けている。それ以外に2019年には、パートナーシップを結んだマイクロソフトから27万USドルの資金援助を受けた。両大学とも、多方面から巨額の支援を受けるほど期待が高いということだろう。
【W】
80%が在学中に有給Co-op 世界的大企業にも利益アリ
日本人の間でも人気のCo-opプログラム。ウォータールー大学が60年以上前にカナダで初めてCo-opを始めた。通常4年で卒業するところを5年にし、学生に実経験を積んでもらう有給インターン期間をもうけた。
コンピューターサイエンスやAI研究で世界的に有名な同大学の学生ともあれば、企業も喜んで採用に乗り出す。大学によると、60カ国7500の企業がウォータールーの学生をCo-opで雇用している。カナダのトップ100企業のうち7割以上がCo-op先であり、それ以外にもマイクロソフトやグーグルなどの世界的企業も含まれる。
コンピューターサイエンス専攻の学生はCo-opが必修ではないものの、80%の学生がCo-opを選択し在学中から5万~12万ドル稼ぐという。
Co-op制度は、学生だけではなく企業にもメリットがある。2019年のデロイト報告書によると、2018年にウォータールー大学の学生をCo-opで採用した企業には1年で5億2500万ドルの追加利益があったとのこと。企業から見た学生たちの評価も高く、そのまま有名企業やシリコンバレーなどで就職する学生も多数いる。
【W】
引用されるのは信頼の証 世界トップ20の被引用率
大学ランキングを見る上で重要なのは「研究の被引用率」とも言われる。つまりその大学がどれだけ信頼に値する重要な研究をしているかを見る指標になる。QS大学ランキングによると、ウォータールー大学の被引用率を点数で表すと82.9点。他のアメリカ国内トップ校と比べると点数は低いものの(平均90点以上)、コンピューターサイエンス分野で世界トップ25の大学の中では20番目に点数が高い。実はウォータールー大学は教員1人あたりの被引用数が14年連続でカナダで最も多い(WaterlooEDCより)。
それだけ信用できる研究の数が多いことを意味するが、さらには研究による収入ランキングでもカナダ国内1位なのだ(Research Infosource Inc.より、2022年発表)。研究総合大学としての地位を確立している。
【T】
学生主導の大会優勝賞金4万ドル以上
在学中から研究に没頭し、学校外の優秀な学生と競い合うという面白い試みがトロント大学にはあるようだ。同大学でAIやコンピューターサイエンスについて学ぶ学生たちからなるグループ「UofT AI」は、5ヶ月にわたるマシンラーニング研究コンテストを2020年から毎年開催。
初年度は気候変動、2022年は人間とコンピューターの相互作用をテーマに研究して論文を作成し、優勝者には4万~7万ドル程度の大きな賞金が出ている。コンテスト参加者は名門校も多く、プリンストン大学、スタンフォード大学、ジョンズ・ホプキンズ大学などが名を連ねている。また、グーグルやIBMなど世界的大企業が協賛に入っているのも特徴的だ。
健康をテーマにした2021年の大会では、見事トロント大学の6人の学生(1人は日本人)が1位に輝いた。6人はトロント大学の研究者が考えたモデルを使って、農家に壊滅的被害を及ぼす菌の感染リスクを予測するニューラルネットワーク(脳内の神経細胞のネットワーク構造を模した数学モデル)を考案した。
【T&W】
スキルある卒業生を輩出 世界トップ25
日本の新卒採用とは異なり、欧米ではスキルや経験を持つ人を採用したいという傾向が強い。QS大学ランキング(2022年)によると、雇用主側が求めるそのようなスキルと資質を持った卒業生を輩出している学校として、トロント大学は世界21位、ウォータールー大学は世界24位とかなりの高評価を受けた。
トロント大学は学生時代からスタートアップを起業したり、ベクター研究所のような世界屈指のAI研究施設と関わりながら研究活動をしたりする学生も多い点、ウォータールー大学はユニークなCo-opプログラムで世界的な企業などで約2年の就業経験ができる点が、優秀かつスキルある学生を輩出できるということにつながっていると言えるだろう。