日系カナダ人芸術家アレクサ・ クミコ・ ハタナカ氏 McMichael Canadian Art Collectionでの挑戦|特集「特別インタビュー」
今回ハタナカ氏がMcMichaelで完成させた作品は10月31日まで鑑賞できる(金、土、日の正午から午後3時のみ)。特別インタビューとともに彼女の魅力を伝えたい。
日本の伝統工芸をグローバルな視点で発信する芸術家
日系四世のハタナカ氏は版画やテキスタイル(布)、そして紙を主に扱っている。歴史のある制作方法、そして敢えて時間のかかる技法を選ぶことでその素材をとりまく人々や環境、文化の継承などのテーマを体現している。例としては和紙を材料とした衣類、その名も紙衣(または紙子)。伝統的なものづくりを取り入れることで彼女は自らのルーツや地球環境と心境の変化を模索している。
トロントのPatel Brown Galleryに所属しているハタナカ氏は世界中で作品を展示してきた。中国の深圳にあるGuanlan International Printmaking BaseやロンドンにあるThe British Museum、ニューヨークのHarper’sなど。カナダでは National Gallery of Canadaや Art Gallery of Ontarioでの展覧会が代表的。日本でも高知県にある、いの町紙の博物館にて和紙の立体作品をフィーチャーした展覧会が今年行われたばかりだ。彼女の代表作は公共の空間にて触れられるパブリックアートやインスタレーション、そして身近に感じられるパフォーマンス作品が多い。
今回彼女が招かれた「Artist Residency」とは?
アーティスト・レジデンシー、またはアーティスト・イン・レジデンスとは美術館やギャレリーが芸術家を一定の期間招き入れること。その人の創作スタイルや表現したいテーマをサポートしながら、収蔵品や施設の歴史を生かした新しい作品の創作を見守るコラボレーションである。
McMichael CollectionではそのプログラムをTom Thomson Shack Artist Residencyと呼び、敷地内にあるTom Thomson Shackという歴史ある小屋で芸術家は制作活動を行う。
カナダ美術史が大きく発展した場所、TomThomson Shack
Tom Thomson Shackは美術館内の敷地にあり、メイン・ギャレリーから徒歩すぐのところにある。元々はカナダの美術史で最も有名な画家集団、「グループ・オブ・セブン」のリーダー的存在だったローレン・ハリス(Lawren Harris)とその友人だった眼科医のジェームス・マッカルム(James MacCallum)が1914年に購入した土地だった。二人は裕福でない画家たちのためにアトリエを建て、安い家賃で提供した。その隣に建てられた小屋に住み着いたのがグループ・オブ・セブンの重要な画家の一人、トム・トムソンだった。彼は当時わずか1ドルで小屋を借りていたという。彼は39歳という若さで亡くなる1917年までそこで暮らしていた。
彼の死後もグループのメンバーだったA・Y・ジャクソンやF・H・ヴァーリー、彫刻家のフランセス・ゲージなどが小屋で制作活動に励んだ。
ハタナカ氏が挑んだサイト・スペシフィック・アート
ハタナカ氏は今回Tom Thomson Shackという歴史ある場所でサイト・スペシフィック・アート(Site-specific art: 特定の場所でその環境の意味や歴史背景を活かした作品)にチャレンジした。
出来上がったミニコレクション「Final Gasp of the Nervous System」では彼女の得意とする和紙などの手作りの紙を用いた版画や染め物で、破壊されつつある自然と人のメンタルヘルスとの関係性が表現されている。
「Faultlines and Loneliness」という作品でハタナカ氏は自然の風景と出版物に繰り返し刷られる「Loneliness(孤独)」の文字を強調。
「Aftershocks」では魚拓(魚の表面に墨を塗ることで和紙にその形を写すこと)を活かしている。このコレクションについてはインタビューで詳しく話を聞いているので是非読んでもらいたい。
TORJA&アレクサ・クミコ・ハタナカ特別インタビュー
ー日本のルーツ、または日系人カナダ人としてのミックスルーツはどのようにハタナカさんの芸術家としてのビジョンや活動を影響していますか?
私は日系四世です。日本のあらゆる地域で作られている伝統的な紙とその制作方法を取り入れることで自分のルーツとの深い関わりを感じています。
例を挙げるとしたら揉み紙。和紙にこんにゃく糊を塗って、揉んで乾かすと出来るのが揉み紙。そしてその紙を服に仕立てると紙衣になります。
それらの技法に自ら取り組むことで先祖たちが1000年以上触れてきた繊維や聞いてきた水の音、素材の感触を共感していると感じています。
最近では日系カナダ人コミュニティーとの繋がりを深めるためにお祭り、そして踊りに参加した経験を作品に取り入れました。
ルーツから離れた場所で暮らす者として、伝統工芸を守ることに興味があります。伝統工芸の意義や美徳を広め、「今」に繋げていきたい。伝統が生き残るためにはいつ、どのような改新が必要なのか、そして伝統はどのくらいの変化に対応できるのか?そのような質問を問いかけながら伝統工芸と向き合っています。
ーハタナカさんが紙という素材にこだわる理由を聞かせてもらえますか?
幼い頃に祖母からもらった伝統工芸品や和紙でできた人形などが身近にあり、大事にしてきたことが大きい影響になったと思います。これまで日本の伝統的な紙の話をしてきましたが、私は東南アジアの紙にも興味があります。とても素敵で高機能なのですが、残念ながら失われつつある伝統なのです。
芸術家として紙に興味を持ったきっかけはトロントと中国の南京市で学んだプリントメイキング(版画制作)です。作品では紙に印刷することはもちろん、服や彫刻作品にも取り入れています。伝統的な紙の制作は自然と深い関わりがあります。自然から素材をもらい、使い終われば自然に戻すことができる。環境に優しいものづくりなのです。残念ながら現代の生活では遠くかけ離れてしまったアイデアですが、そこに私は意義を感じます。
悪化する地球環境が人へもたらす影響は、私の作品の大事なテーマの一つです。紙を一から作るということは綺麗な水が必要。木々や自然への配慮も大切です。これまで伝統に携わってきた人たちが築き上げてきた歴史、そして紙というデリケートなものを強くする技法は自然の恵なしでは存在しなかった。だからこそ私は人と環境の関係を問いかける作品に力を注いでおり、ベースとなる素材や技法には誰にも曲げられないこだわりがあるのです。
ーMcMichaelで取り掛かったサイト・スペシフィック・アート(特定の場所でその環境の意味や歴史背景を活かした作品)について聞きたいです。レジデンシー中、特にインスピレーションを受けたことはありますか?
McMichaelともにTom Tomson Shackは森林の中にあり、川もそばにあります。この自然環境が今回のサイト・スペシフィック・アートの実現にあたって私にポジティブなエネルギーを与えてくれたことは確かです。しかし自然のありがたさを感じると同時に、気候危機は人間のメンタルヘルスへの危機だと考えさせられました。
私は双極性障害(躁うつ病)を患っているのですが、ある説では人間の「双極性」は約258万8千年前から約1万1700年前までの「更新世」という時代に生まれたのではないかと言われています。
北の温帯な気候に住んでいたヒト属や現生人類が氷期と間氷期に順応したことが始まりだったとか。冬はエネルギーを蓄えるため静かに暮らし、暖かくなったら冬の備えのために速やかに活動する。これからもし研究者たちが提言するように地球が「ミニ氷河期」に入るとすれば、この説をもっと身近に感じる日が来るかもしれません。
現代社会では、双極性障害はエネルギーの有無の差が激しいのでネガティブに見られることが多いのです。精神障害や発達障害は個人差が激しく、同じ病気でも全く症状が異なる。一括りに出来ないからこそ障害者が社会で受け入れられ、飛躍することに大きな壁があるのではないかと感じます。ですがその障害が地球の歴史と人類のサバイバルに関係しているのならポジティブに見ることも可能だと私は見ています。
双極性障害のような慢性的な健康障害は日々の暮らしを容赦なく影響します。私は毎日戦っているからこそ、メンタルヘルスやニューロダイバーシティ(神経多様性)をより多くの人に理解してもらえるような芸術作品を制作することに努力したいと思っています。
ー気候変動に対しての考えは完成したミニコレクションにどのように表現されていますか?
作品では「Loneliness(孤独)」と「Aftershocks(余震)」という言葉を何度も繰り返し使っています。どちらとも世の中で起きている、そして増えていることです。
自然災害、そして資本主義のために自然を破壊してきたため起こっている人為災害は地球と人間の身体と心の健康を蝕んでいます。
地球に住む誰もが必要とする水を表現したく、個人的に頻繁に行く機会のある北極圏の雪や氷を描きました。一見地形とそれに沿った川や海に見えますが、どちらの捉え方でも私たちは水で繋がっていることに変わりはありません。
水繋がりで日本の魚拓という技法を用いました。魚拓は本当の魚の原寸大の記録を残すために墨や絵の具を塗って紙に写すことです。私は釣りをよくするのですが、自分で釣ったものでもスーパーで買ったものでも魚拓でその魚との記録を残してから調理して頂きます。命を頂くこと、つなぐこと、つながれた人々のこと、そして全てを一つにする魚拓というアートを今回の作品に使いたいと思いました。
ー来年には東京にあるカナダ大使館で展覧会を開くそうですね。どんな作品を展示するのか、できれば教えていただけますか?
来年の展覧会では私と東京との個人的なつながりを作品で表現しています。今回の機会をいただいてから私の先祖の暮らしを影響した地震について調べるようになりました。中でも大きな地震だったのが1923年に起こった関東大震災。それがきっかけでカナダに移住したそうです。
私は家族の歴史を知ることによって、地震や余震、津波というものは人生のメタファーのように考えるようになりました。「コントロールできないもの」、そして「どうにかして立ち直らないといけない状況」に対して順応力が必要となる。人から溢れ出すエネルギーや絆の強さ、一緒に作り出す喜びなどを表現したいと思い、今回は紙衣を用いた衣装を日本舞踊と太鼓のパフォーマンスで披露することに決めました。
実は日本で展示するものはトロントのJapanese Canadian Cultural Centreのギャレリーにて発表した作品の第三弾になります。
第二弾目は高知県のいの町紙の博物館が舞台だったのですが、私は2022年にこの博物館の近くにある鹿敷製紙という会社で紙づくりに携わりました。版画や染料で彩った紙衣をミュージシャンやダンサーたちに着てもらい、パフォーマンス作品を披露することができました。
その際に写真家のジョニー・ニーウム(Johnny Nghiem)に撮ってもらった写真やインタビュー映像をドキュメンタリーとしてカナダ大使館で展示します。
和紙の歴史や現代における和紙の継承の難しさなど、紙づくりの大切さへの理解を深めてくれるドキュメンタリー作品になっていると思います。
カナダ大使館で発表する作品を制作したことで人生が変わったと言っても過言ではありません。私が芸術を通じて出会えた経験とその素晴らしさをたくさんの人と分かち合えることは本当に幸せです。
芸術が観客の皆様にも思い出深い体験をもたらしてくれることを祈っています。
おわりに
ハタナカ氏はレジデンシー中、McMichaelが多くの学生グループやキャンプグループを迎えていたことに一番ワクワクしたそうだ。
若い世代とディスカッションをする機会はあまりないのでいい刺激になったと語ってくれた。
日系四世、クィア、双極性障害など、アイデンティティーを模索することで芸術を極めるハタナカ氏。彼女の視点や成長にこれからも目が離せない。
McMichaelでの作品はお目にかかれる日が金・土・日曜日の正午から午後3時と決まっているのでギャレリーを訪れる人は時間に気をつけて行きたい。そして最後に、来年東京に行く機会のある人はカナダ大使館での展覧会も是非チェックして欲しい。
https://mcmichael.com/10365 Islington Avenue Kleinburg, ON, L0J 1C0
今回ハタナカ氏がMcMichaelで完成させた作品は10月31日まで鑑賞できる
(金、土、日の正午から午後3時のみ)