【前編】カナダ最長トレイル「ブルース・トレイル」市民活動が守る自然の宝庫|特集「トロント発ローカルな旅-ブルース・トレイルを歩き、鳥と暮らす」
1959年、環境保護団体「Federation of Ontario Naturalists(現Ontario Nature)」の集会にてレイ・ロウズ(Ray Lowes)という男性が友人のロバート・ベイトマン(Robert Bateman)にある想いを語った。「ナイアガラ断崖を守りたい」という彼の大きな夢はいずれブルース・トレイル(Bruce Trail)という900kmにも及ぶカナダ最長のフットパスを1,500人以上のボランティアと造る壮大なプロジェクトへと発展していった。
ロウズが守ると誓ったナイアガラ断崖とは?
ナイアガラ断崖、またはナイアガラ・エスカープメント(Niagara Escarpment)とは、アメリカ・ニューヨーク州西部、そしてオンタリオ州南部に位置するナイアガラの滝があるエリアから、オンタリオ州北部を抜け、ヒューロン湖を西へ越えて再度アメリカのミシガン州、ウィスコンシン州までアーチ形に続く断崖のこと。断崖は4億3000年前の氷河時代より前に存在しており、その氷河で侵食したことによってナイアガラの滝、そして五大湖が形成されたと言われている。地球の歴史が詰まった地層とそれによって実った豊かな自然は1990年以来ユネスコ・エコパークにも認定されている。
ナイアガラ断崖は地球の歴史と自然の恵の宝庫
ロウズが愛したナイアガラ断崖の今の姿は2億5千年にも及ぶ侵食によって彩られた。地球とともに歳を重ねてきた断崖には歴史と奇跡がたくさん詰まっている。石灰岩や苦灰岩(くかいがん、またはドロマイト)、頁岩(けつがん)、砂岩などの堆積岩が重なり合ってできており、その表面には古生代(およそ4億8500万年前から3億6000万年前)の化石が眠っている。当時アメリカ大陸は熱帯にあり、浅い海に覆われていた。そのためオンタリオ州では見た目が貝類そっくりの腕足動物やイカ、タコを含む頭足類、ウミサソリ、三葉虫などの化石が観察できる。常に水の流れとともに形を変えてきた断崖では植物や野生動物などの生態系の種類も豊かだ。
ブルース・トレイル
ロウズはナイアガラ断崖とその自然の保護を目標にハイキングトレイルを作ることを志した。市民が利用すれば、きっと自然を好きになってもらえる、そして大事にしたいと思ってもらえる、そのような期待を添えてプロジェクトを発進させた。出来上がったブルース・トレイルはカナダで最古、そして最長のトレイル。距離感としては東京から山口県までで長く感じるが、四国で有名なお遍路の総距離よりは短い。名前はトレイル最北部に位置するブルース半島(Bruce Peninsula)に由来する。ブルース半島は昔からオンタリオ南部の住民に愛されるバケーションスポットだったため、そこを目標にトレイルを作ろうと考えられたそうだ。
「Bruce Trail Conservancy(BTC)」のはじまり
レイ・ロウズは1960年9月23日、フィリップ・ゴスリング(Philip Gosling)とノーマン・ピアソン(Norman Pearson)、ロバート・マクラーレン(Robert McLaren)と集まり、「ブルース・トレイル・コミティー(Bruce Trail Committee)」初のミーティングを開催。この4人こそが、トレイル発足の基盤となる「委員会」の創立者たちだ。
1963年、委員会は「Association(協会)」、そして保護団体や管理委員会を意味する「Conservancy」へと成長し、法人化された。
ロウズのビジョンを支えた人々の寛大さ
ハイキングというアクティビティがまだ流行していなかった時代に自然保護とトレイルウォーキングを掛け合わせようとした4人に必要だったのは同じく自然を愛する味方、そして共に活動してくれる仲間だった。
団体が法人化されるまで不動産業で勤めていたゴスリングは仕事を辞め、南はクイーンズトン(Queenston)から北はトバモリー(Tobermory)までの距離を往復し市役所や土地所有者にハイキングルートを整備する話を持ちかけた。
幸い快く賛成してくれる人が多く、ボランティアもあっという間に200人が集まった。一年で250kmもの道が作られるほど人と人との団結力は圧倒的なパワーを見せつけた。
道はどうやって作られた?
幅広い職種から集まったボランティアたちは自分たちの地域ごとに「クラブ」を発足し、道の整備に取り掛かった。一人で参加する人やカップルや家族、そのボランティア・スタイルは様々。
深く掘ったり木を切ったりするような行為は全くせず、なるべく自然そのままの姿を残すことを優先した。軽く土の形を整え、草や茂みの手入れをし、泥が乾きにくいエリアには橋を建てて歩きやすくした。最後に「ブレイズ(Blaze)」と呼ばれる白いペンキを木や岩に塗って作る道標を足してトレイルを完成させた。
独特なトレイル管理の仕方
このトレイルの最もユニークな点は、道のりの半分が公有地、もう半分は私有地を通っていることだ。ゴスリングとボランティアたちは土地所有者たちと口約束のみでトレイル建設に承諾してもらった。その数はなんと700件にも上る。口約束のため、いつ撤回されてもおかしくない。例えば、住宅が建つなど土地私有者の都合によってトレイルが途切れてしまうことがあるそう。その時はトレイルの道のりを変更せざるを得ない。
このような危機を回避すべく、団体はトレイル付近の土地が売りに出されるたびに寄付金で買っている。年間最低200万ドルの出費が嵩むが、なるべくトレイルのルートとその生態系に大きな影響が出ないことが「BTC」にとって一番重要だそうだ。