カナダで公用語が英・仏語ふたつのワケ|特集「カナダの“なぜ”に迫る」
カナダは英語とフランス語の二つの言語を国の公用語としているバイリンガルの国である。アメリカは公用語を設定していない数少ない国であるが、カナダのように二言語・それ以上を公用語とする国はアルバ、ベルギー、アイルランドなど60ヶ国以上存在する。
カナダの憲法によると英語とフランス語を公用語に設定するということは、全ての連邦国会・政府・法機関で言語使用の際に両方の言語が平等の地位、権利、特権を持ち、どの州でも法的に両人口の権利・平等が認められ保証されているということである。また、政府による両言語サービスの質が全国で保証されている。このような社会的制度をバイリンガリズムという。
しかし、州別に見ると実際に公式的な二言語システムをとっている場所は1982年カナダ人権憲章において確証されたニューブランズウィック州のみである。マニトバ州でも裁判によってフランス語の平等な法的地位を復活させ形式的に二言語を公用語としているが実際にフランス語のサービスが提供されるのは州内の一部の地域のみである。
一方ケベック州はそれの反対で1974年以来フランス語のみの一言語システムを使用している。しかし実際のところ全ての州である程度の両言語によるサービスを受けることができる。そしてケベック州には英語の中等後教育施設、マニトバ・オンタリオ・ニューブランズウィック州にはフランス語の教育プログラムがある。
バイリンガルになるまでの背景
カナダは大昔から原住民が住んでいたものの1500年代セントローレンス川周辺から主に北米東海岸の地域はフランスの植民地下にあった。1604年にフランスから入植したカナダ南東部アケイディアや1608年にフランス入植者によって成立したケベックを含め、フランスはこの大陸支配に大きく影響を与えた。
その後イギリス植民地となってからは英語が各州政府の言語となったが、カナダ政府は両方の入植者の言語を国として認めた。そこから1867年憲法内では英語だけでなくフランス語も国会・連邦法廷での使用が確立された。
それでも長い間に渡って英語が事実上の特権的な地位を占めフランス語の権利・特権は完全に平等なわけではなかった。さらに19世紀後半から20世紀前半にかけてカナダを渡って制定された、いくつかの法律はフランス語教育を制限したりケベック州外の州議会や法廷においてフランス語使用を実質的になくしたりした。
そこから時間をかけそれぞれの言語のコミュニティの立場やマイノリティへの懸念などが上がっていった結果、カナダ政府はその不平等性に取り組み国全体のバイリンガリズムへさらに力を注ぐために、1969年に制定されたカナダ公用語法にて両言語が同じレベルで公用語であるという憲法に基づく起源を再度述べ、二言語性の保証が設定された。
この公用語法を制定した王人委員会は特にケベック州におけるフレンチカナディアンの社会的不安解消や言語・文化の保護、政治や経済決議への完全参加を求める声に応じており、国全体のフランス語教育やバイリンガリズムだけでなく多文化主義のアイディア・連邦部門の創作に貢献した。
州レベルにおいては人口のおよそ3分の1がフランス語母語話者で、カナダで最大のアケイディアン人口を誇るニューブランズウィック州では1969年の公用語法で両言語に同等の立場・権利・特権を与えることを認め、1970年前半にオンタリオ州でも州の法廷やフランス語母語話者人口が大半を占める地域での両言語でのサービスを保証する法案を可決した。さらにカナダ全土において小学校でのフランス語イマージョンプログラムが拡大したことなどを通してフランス語・第二言語教育が盛んになっていった。
実際にカナダ内ではどれだけの人口がフランス語・英語をそれぞれ、もしくは両方を使用しているのだろうか?
2016年の調査によるとフランス語・英語のバイリンガル人口率は上昇傾向にある。1969年の公用語法施行以来、カナダ内におけるフランス語・英語のバイリンガル率は1961年の12・2%から2001年の17・7%と一定に成長を続けてきた。2006年と2011年を比べると17・4%と17・5%と近年その成長率の変化は少なくなってきているものの2016年には18%に達しこれまでで最高記録となった。これはカナダ人口の620万人に当たる。3分の2(60%以上)のバイリンガリズム成長はケベック州からくるものでバイリンガルカナディアンの大半、約360万人がここに在住している。
また、このバイリンガリズム上昇の理由としてもう一つ挙げられるのがフランス語教育イマージョンプログラムの人気上昇である。現在このプログラムにはカナダ全体で41万人の子供が参加しており、ケベック州外の英語が母語でフランス語で会話ができる能力を身に付けるのは一般的に5歳から19歳の学校にいる間であるという。2011年から2016年の間、英語が母語の5歳から9歳、10歳から14歳、15歳から19歳の全ての学年別年齢カテゴリーでバイリンガル率が上昇した。
一方で言語別に見てみると…
ケベック州外で母語がフランス語だけの人口は僅かながらも減ったがフランス語を母語とする人口は2011年から5年間で8千400人増えこの成長はフランス語と英語両方を母語に持つ個人に起因している。
それに対して英語だけを母語に持つ人口もケベック州含めカナダ全体で増えた。しかしそれらの数の増加にも関わらず近年の移民による言語多様化のために英語もフランス語もその相対的な量は減少している。
また、英語を家庭内で話す人口は2011年の74%から2016年の74・5%と僅かではあるが増えているのに対しフランス語のそれは23・8%から23・3%と減少がみられた。英語もフランス語もその言語のみを家庭内で使用する数は全体的に減った。このようにフランス語も英語もその一言語のみではなく他の言語と使用されることが多くなってきている。
言語的マルチカルチュラリズム
英語・フランス語のバイリンガルが増えてきている中でこれらの言語以外を母語に持っていたり家庭内で使用したりする人口が増えてきているのも確かである。
例えば2016年の調査時、報告された言語数は215にも及ぶ。そのうち22言語はそれぞれ10万人以上もの人口を占めておりそれは630万以上もの人で構成されている。現在家庭内で最も使用されている英語・フランス語以外の言語はマンダリン(標準中国語)でそれに続いて広東語(中国)、パンジャーブ語(インド・パキスタン)、スペイン語、タガログ語(フィリピン)、そしてアラビア語(アラブ諸国)である。中でもタガログ語とアラビア語の増加が著しいとされる。
これらのカナダ公用語以外の言語を話す人口の3分の2がトロント、バンクーバー、モントリオールと大きな都市に集中している。また、エドモントンやカルガリーでも近年その人口がますます増加しており、どの言語が最も使用されているかは各場所で異なる。さらに移民の言語だけでなく原住民の言語を使用する人口も年々増加してきている。
原住民言語を家庭内で話しているカナダ人は22万人以上にのぼる。中でも最も使用される言語はクリー族、そしてイヌイット族、オジブア族の言葉でこの数はこれらを母語に持つ人口よりも大きい。これには自分たちの現地語を第二言語として習得している特に若い原住民がますます増えているという背景がある。
オンタリオ州、フランス語サービスのカットを決定
2018年の11月、オンタリオ州首相ダグ・フォード新政権は州のフランス語サービス委員会のポジション閉鎖と建設開始が予定されていたフランス語大学の中止を決定した。
この発表に対してオンタリオやケベック州のフランス語話者コミュニティや民間、そして政治家などあらゆる方面から激しい批判や怒りの声が上がっている。カナダのジャスティン・トルドー首相もこのオンタリオ州政府の決断に対して困惑と落胆の声を述べた。
民間や政治家からの激しいバックラッシュを受けたオンタリオ州政府はフランス語サービス委員会のポジションを州政府オンブズマン局に作ることを再発表しフランス語関係事務を省に変えていく方向を見せた。
今後は言語も多様化
2016年の国勢調査では英語・フランス語のバイリンガルだけでなく英語・フランス語どちらかと他の言語でのバイリンガルも徐々に増えてきていることも判明している。移民の増加によって二言語だけでなくあらゆる言語がたくさんの人に使用されており、多文化主義の国だからこそますます言語的多様性も生まれてきている。