もっと日本にCanLit! 第11回
第11回 アリス・マンロー
Alice Munro
2013年10月、カナダ人として初めてノーベル文学賞を受賞。「短編の女王」の異名をとり、出身地であるオンタリオ州の小さな町を舞台とした作品が多いにもかかわらず、その人間の心理を鋭い洞察力でみごとに表現した作品は全世界でファンを獲得している。
今月はやっぱりこの人。みなさんもご存知のとおり、先月ノーベル文学賞を受賞したアリス・マンロー氏。わが国の村上春樹氏には残念な結果となったが、カナダ文学ファンにとってはすばらしい知らせとなった。しかも、ノーベル文学賞を受賞した初のカナダ人(女性としては13人目)ということで、カナダ中を興奮の渦に巻き込んだ。受賞結果が公表されたときは、ちょうどドイツのフランクフルトで国際ブックフェア(四月のロンドンと並び、世界中の出版人が集まり版権などの売買をする二大ブックフェア)の最中で、カナダの業界人も多数訪れていたのだが、氏の作品はもとよりカナダ文学全般に対する各国の興味が非常に高まったという。
もう一つ、ご存知の方も多いと思うが、マンロー氏といえば「短編の女王」の異名をとるほど短編に徹した作家である。今回の受賞は、近年文学界で軽んじられてきた「短編」という手法が再評価されたことを意味し、結果、カナダのみならず英語圏全般で短編を評価する文学者たちの喝采を浴びた。
その昔、ヴァージニア・ウルフが「ユリシーズを読むと、人生のどれだけ多くが(文学から)除外されたり蔑ろにされているかを考えさせられる」と言った。この、長編小説などでは語られることの少ない、人生のほんの一ページ、それを鮮明に表現するのが短編小説であると筆者は考える。したがって、短編には著者の人となりが如実に現れるものではないだろうか。
1931年生まれのマンロー氏は、オンタリオ州西南部のウィンガムで生まれ育った。氏の作品の舞台はほとんどがこのヒューロン湖畔の小さな町である。(名前はいろいろ変化する。)貧しい幼少期を過ごし学生結婚をするも、作家となる夢を捨てきれない。妻であり母である女性が働くことがまだ一般的でなかった時代のそんな葛藤もたびたび作品のモチーフとなるが、私たち現代女性も深く共感できる。
実はマンロー氏、今年の春に引退宣言をしていた。この嬉しいニュースがきっかけとなって、また創作を続けてくれることを願わずにはいられない。
モーゲンスタン陽子
作家、翻訳家、ジャーナリスト。グローブ・アンド・メール紙、モントリオール・レビュー誌、短編集カナディアン・ボイスなどに作品が掲載されたほか、アメリカのグレート・レイクス・レビュー誌には2012年秋冬号と2013年春夏号に新作が掲載。今年6月にはアメリカのRed Giant Books出版から小説『ダブル・イグザイル/ Double Exile』刊行。翻訳ではカナダ人作家キャサリン・ゴヴィエ氏の小説『ゴースト・ブラッシュ』の邦訳を担当。2014年6月彩流社より刊行。また同月、幻冬舎より英語学習本も刊行される。筑波大学、シェリダン・カレッジ卒。現在はドイツのバンベルク大学院修士課程在籍中。最新情報はwww.yokomorgenstern.comまたはフェイスブック参照のこと。