「チェロはわたしの一部」柴田花音さん|カナダでチャレンジする日本人シリーズ|特集「SDGs・女性とジェンダー平等 in Canada」
柴田 花音さん
2000年3月10日生まれ/愛知県 名古屋市出身
トロント王立音楽院 グレン・グールド・スクール
音楽家・チェリスト
国際的に活躍するチェリストを志す柴田さん。レッスンや公演の実技のほかにトロントの文化レベルの高さや北米らしい授業に刺激を受ける日々だという。音楽家として世界から日本を見つめる柴田さんにお話を伺った。
ー音楽の世界そしてチェロを選んだきっかけ
チェリスト「ジャクリーヌ・デュ・プレ」の演奏姿に憧れて
祖母や母がピアノを、姉はヴァイオリンを弾いていたので、音楽が身近にある環境で生まれ育ちました。私も姉に倣いヴァイオリンを始めましたが、1年ほどして姉のように上手に弾けないことが悔しく感じ始めた頃、偶然チェロという楽器を知りました。すぐにチェロの音色に惹かれ、さらに女性でありながらとても情熱的な演奏をするチェリスト「ジャクリーヌ・デュ・プレ」の演奏姿に憧れを抱き、母にチェロを弾きたいと懇願したのがきっかけです。
本当のことを言うと楽器の大きさだけでも姉に負けたくなくて、というのもあるかと思いますが…
ハンス・ジェンセン先生に師事トロント王立音楽院グレン・グールド・スクールへ
幼い頃から国際的に活躍するチェリストを志していたので、どこかのタイミングで海外へ留学する事は考えていました。
高校を卒業し、東京藝術大学に在学しながら、同じタイミングで留学先を探し始めました。世界中で活躍するチェリストを多く輩出している、ハンス・ジェンセン先生に「一度レッスンして頂けないか」とダメもとでメールを出したら、なんとシカゴでレッスンしてもらえる事になりました。
シカゴ・ノースウェスタン大学を拠点に教鞭を取られていた先生は、たまたまその年からグレン・グールド・スクールでも教え始めていました。グレン・グールド・スクールは入学試験の成績によって、授業料免除特待生に選ばれる制度があるので、トロントに来ないか?と言われ、すぐにその年にアプライしました。
ーグレン・グレード・スクールでの学び
同じ音大でも日本と比べると一般教養のクラスが多いことに衝撃
毎週のチェロレッスンに加え、室内楽や年に4回のオーケストラ公演(RCO=Royal Concervatory Orchestra)が主な実技の授業です。私は今年3組の室内楽を組んでいるのでかなり忙しい日々を過ごしています。
オーケストラ公演や学内コンクールが学校のホール「Koerner Hall」で開催されるのですが、毎回ほとんど満席のお客様に聴きに来て頂けます。また客席には小さなお子さんもたくさん見かけます。日本ではなかなか見かけない光景です。
また、同じ音大でも日本と比べると一般教養のクラスが多いことには衝撃を受けました。北米の音大の大きな特徴だと思います。映画学、政治学や科学の授業等があり、朝から3時間の講義がある時は集中力を保つのが本当に大変です。同じ時間練習をしている方がどれだけ楽かと思います…(笑)。
実際に授業でアーティストマネジメント会社にアピールする場面を想定して実演する事もあるのですが、私は自分の事をアピールする事はあまり得意ではないので、同級生達の堂々とした姿に毎回勉強させてもらっています。でもなかなか難しいですね…。今は未だ慣れない英語での学習に時間がかかってしまい、なかなか練習時間が取れない日々が続きますが、少しずつ良くなると思いながら頑張っています。
日常生活でもモザイク都市らしさを感じる
学校の仲間同士で話していても、互いのバックグラウンドや文化の違いから生まれる、価値観の違いによって意見や考え方が違ってくる事が多く、どんなに仲の良い友達同士でもなかなか理解し合うことが大変な時があります。
反対に、トロントに住む日本人のご家族がクリスマスに夕食に招待してくださったり、どこでも日本食がすぐ食べられたりと日本が恋しくなっても、日本を感じられる環境というのも、モザイク都市ならではの環境ではないかと思います。
ー音楽家として表現力・想像力の向上
チェロは楽器が大きく、深い音を出すにも一苦労します。普段からの筋力トレーニングや、女性の筋肉等の構造を勉強することで楽器を自在に扱い、求めている音色を表現できるように日々努力しています。
想像力の向上には、苦手な分野の小説を読んだり、映画を見てさまざまな分野に触れ、少しずつイマジネーションの幅を広げていけるよう頑張っています。
ー若くして海外でチャレンジすること
世界から見た日本を学べること、今まで学んだ音楽を世界からの視点で見直すことができる
若いからこそ勢いに任せてカナダに来れた所もあります。多様性の中でマイノリティとして身をおくことで、グローバルマインドを身につける事ができている事は物事を考える時にいつも世界を意識出来るようになり良かった点だと思います。
私にとってのこのチャレンジは世界から見た日本を学べること、そして今まで学んだ音楽を世界からの視点で見直す事が出来ます。さまざまな意味での世界基準を肌で感じ、学び、活動し日々努力を続けることは、幼い頃決意した『世界に通用するチェリストになる』という自分との約束を守るということで実を結びたいと思います。
ー音楽・チェロとはどのような存在
わたしの一部
わたしの一部です。生まれてから今までの3分の2年以上チェロを弾いているので、余計にそう思うのかもしれませんが、自分自身を形成するのに欠けてはならないものです。
柴田さんの素顔を知れるズバリ一問一答
どんな子どもだった?
とにかく練習嫌いで、常にどうやって練習をサボろうかと考えている子供でした。
憧れている人・影響を受けた人
ジャクリーヌ・デュ・プレさんと山崎伸子先生です。2人とも長年憧れで、多くの影響を受けた女性チェリストです。
カナダで出会った生涯忘れられない人
学校のチェロの先生方です。
音楽・チェロ以外で勉強したいことや挑戦してみたいことは?
今は音楽のことで頭がいっぱいなので、なかなか思いつかないです…
プライベートはどんな人?
予定がなければ起こされるまでずっと寝ています。学校でもずっと寝ているので、私がステージで演奏する姿を学校の友人たちが見ると「あんなにエネルギッシュなのが信じられない。別人だ…」といつも言われます。
次の目標
次の目標は、コロナで延期や中止になっていた国際コンクール等に挑戦して良い結果を残したいと思っています。
「ジェンダー平等」と「女性のエンパワーメント」について思うこと
ー女性であることと音楽家・チェリストであることはどのようなエンゲージメントがある?
納得いく答えはまだ探しきれていないのですが、
表現者である私たち音楽家は、音楽を通して性別・年齢・人種関係なく、変幻自在にどんなキャラクターにでもなりきって、曲に込められたストーリーやメッセージを表現するものなので、
昔、日本で師事していた先生がふと「音楽は性別を超えたものだ」と仰っていた事を覚えています。当時の私はまだ中学生で「なに言ってるんだろう?」としか思わずキチンと理解しようとせず、結局その言葉の真意は未だにわからずじまいです。この先の音楽家人生のどこかで自分なりの解釈を見つけられたらいいなと思います。
ー女性の社会的地位の向上やジェンダーギャップなどが注目されています。柴田さんがこれまで歩まれてきた環境や女性を取り巻く環境について
幼い頃からチェロという大きな楽器を弾く上で、男性と身体的作りや体力的な差においてデメリットは少し感じていたところはあると思いますが、私は負けず嫌いであると同時に楽観的な性格だったので、そのデメリットについて考えこんだりする事はなく、「男性チェリストにも負けないチェリストになる」と自然とモチベーションに変換していたように思います。
唯一思い浮かぶ「女性である事で不公平と感じたエピソード」は、チェロという楽器と出会い、お稽古が始まる事が嬉しくて直ぐに祖父母に話した時の話でしょうか。昭和一桁生まれの祖父が、姉がヴァイオリンを始めた事を喜んでいたのに対し、私がチェロを始める事への最初の一言は「女の子なのに、足を開いて楽器を弾くなんて…」と少し嫌がられました。
時が経って思うのは、これが最初の女性として受けた不公平感だったかもしれません。ですがそんな祖父は今では誰よりも私の応援隊でいてくれてます。
例えば、オーケストラの首席奏者(各楽器セクションのリーダーポジションの奏者の事)や団員はほとんど男性の方でしたが、最近は女性の首席奏者や団員がとても増えたと思います。近年は女性演奏家自体の人数もすごく増えてきましたし、性別関係なく実力に見合った評価をされる環境が整っていると私は思います。
私の恩師であるチェリスト・山崎伸子先生もその一人の音楽家です。先生は、90年代という女性演奏家はかなりのマイノリティー、そして家庭を持ち子育てをしながら演奏活動を続ける女性の音楽家がほとんどいない時代に、指揮者であるご主人をサポートし、子育てをしながら、音楽界での演奏・教育活動の両立を続けられました。そして現在も女性演奏家にも活躍の場があるように演奏会のプロデュース等もし続け、その過程がいかに大変なのかよくお話してくださいました。
ージェンダー平等や女性のエンパワーメント、解決すべき社会の課題などについて
ひとりの女性としてジェンダーの平等は一刻でも早く実現してほしいと思うと同時に、ジェンダー問題についての記事を読むたびに自分がどれだけ恵まれた環境に身を置くことができているのか再認識させられます。
社会の課題に対して声をあげ、立ち上がる事ができる方々は素晴らしいと思います。ですがそんな中過剰に権利を主張し、言いたい放題な人が最近目につくようになったのも少し残念です。幼い頃チェロの先生によく「演奏中は心は熱く、頭は冷静に自分をどこか客観視するように」とアドバイスを頂いていました。それは何に対しても活かす事ができるアドバイスなのだなと折に触れ思い出す言葉の一つです。