【特別インタビュー】“ナマズと地震”の 不思議な関係 小説『Catfish Rolling』がカナダでも出版 著者 クララ・クマガイさん
「ナマズが暴れると地震が起こる」。こんな話を聞いたことがあるだろうか。真偽はともかく、日本で何百年も昔から言い伝えられてきた不思議な信仰の1つだ。この言い伝えを元にした小説『Catfish Rolling』が今年出版された。著者はアイルランド、カナダ、日本のバックグラウンドを持つクララ・クマガイさん。ナマズと地震をテーマにした理由や、本を通して伝えたかったメッセージなどお話を伺った。
現代に残る昔からの言い伝え
―著作『Catfish Rolling』が3月にアイルランドとイギリスで出版され(Zephyr)、10月にはカナダでも出版されました(Penguin Random House Canada)。今のお気持ちを聞かせてください。
とても嬉しいです。私はカナダで生まれましたし、そんな土地で私の本が出版されるというのはとても素晴らしいことだと感じています。しかも、主人公の「ソラ」はカナディアン・ジャパニーズなんです。そういう関わりもあって、カナダでの出版はとても大きな意味を持っていると思います。
―主人公はクララさん自身をイメージして作られたキャラクターですか?
私とは全く別の存在ですが、成長する中で経験してきたことは似ているところがあると思います。私もソラと同じくハーフで、父が日本人、母がアイルランド人です。「どこ出身なの?」とよく聞かれますが、どの文化に自分が所属しているのかはっきりしないところもソラと同じです。自分が何者であるかを知る過程や、自分のアイデンティティ、ホームに対する感じ方が似ていると思っています。
―今回の作品はナマズと地震の関係をもとに創られたストーリーだそうですね。
ナマズが暴れると地震が起こるという昔話や魔法の要素を混ぜ合わせた作品ですが、2011年の東日本大震災が大きく影響しています。作品では、ナマズが引き起こしたと考えられている地震によって時間が普通よりも進んでいる場所、遅れている場所という時間の壊れた場所が存在します。母親を地震で失った主人公・ソラは、母親を探しに何度もそこに行こうとするんですね。また、このタイムゾーンについて研究して病気になってしまった科学者の父のことも助けようと、ソラが旅をするストーリーです。
―どうしてその話を書こうと思ったのですか?
2017年に日本で暮らし始めた時に初めて地震を経験し、地球が生きていると感じられたんですね。また、例えば地震が来た時にこの道路を使用しないよう伝える日本の道路標識にナマズが描かれていたり、緊急地震速報アプリがナマズの絵を使っていたりと地震に関連してナマズがたくさん使われていることを知りました。古くから伝わる話が今でも使われているということに興味を持ちましたし、昔から世界中の昔話やおとぎ話がとても好きだったこともあって、私の本には魔法や不思議なことが起こる世界を書きたいと思っていました。
日本を身近に感じた東日本大震災
―東日本大震災から作品のインスピレーションをもらったとのことですが、どんなことを感じたのですか?
発生当時はテレビで多くのニュースを見て、日本から遠く離れたアイルランドに住んでいた私でもとても恐ろしいと感じていました。父方の叔父が仙台に住んでいたのですが、叔父は自分が死んでしまうと思ったそうです。幸いにも仙台に津波被害はなく叔父は無事でしたが、非常に怖い思いをしました。でもこの経験を通して、変な言い方にはなりますが日本をもっと近くに感じることができたと思っています。アイルランドで父と一緒にファンドレイジングを募るなど被災者支援をする中で、日本についてもっと考えるようになりました。
―被災地に行ったことはありますか?
気仙沼や岩手、福島第一原発の周辺に行きました。実際に訪問して、そこに住む人たちにはそこに残りたい、町を復興させたいという強い地元愛があるということが感じられました。今回の作品の中に他とは違う時間の流れを持った不思議な空間があると説明しましたが、実は福島第一原発による被害から生まれたアイディアです。
―〝私たちが行けない場所〟ということでしょうか。
そうです。今では住民が戻ることができる場所もあるようですが、いまだに帰れないところもありますよね。ある場所では最近まで人が住んでいたと感じられる家がある一方で、ある場所では建物の中から木が生えてきていてまるで100年の歳月が流れたかのように見える家もありました。それが、不思議なタイムゾーンのアイディアに繋がっています。
多様性は日本にもたくさんある
―日本に5年間住んでいらっしゃったそうですね。日本は他の国に比べて多様性があまりないイメージを持たれていると思いますが、クララさんはどう感じましたか?
実は皆さんが思うよりも多様性にあふれていると思っています。よく日本のことを昔ながらの国だと言う人もいますが、私はそう思いません。『Catfish Rolling』の中には父がアフリカン・アメリカンのキャラクターやジャパニーズ・アメリカン、在日コリアンも登場します。私はこのような多様な人を日本で当たり前のように見てきましたし、意外にレアでもないんです。そんな人たちの存在があまり知られていないと思ったからこそ、この本を通して多様性や〝日本のアイデンティティ〟にもさまざまなものがあると知ってもらえたらと思います。
―日本の読者に対してメッセージをお願いします。
日本の方がこの本を読んで、ダイバーシティに富んだキャラクターたちのことを新鮮だと思うのか、それともすでに知っていた存在だと認識するのかとても興味があります。もしキャラクターのような人にこれまで出会ったことがなかったとしても、皆さんと同じ日本人なんだと考えるきっかけになると思っています。ご一読いただけたら嬉しいです。
1989年バンクーバー生まれ。日本人の父とアイルランド人の母を持ち、5歳でアイルランドに移住。2017年から5年間日本へ渡り、津田塾大学で講師を勤めた。学生時代には日本と海外の若者の交流事業「カケハシ・プロジェクト」(カナダ)にも参加している。フィクション、ノンフィクション作品を『Kyoto Journal』『Irish Times』などに掲載。小説家デビュー作『Catfish Rolling』はCBCの「2023年に読むべきカナダのYA25冊」に選ばれた。著作に『インディゴをさがして(原題:A Girl Named Indigo)』など。