カナダで生活をするうえで、人と関わる際には “人種の眼鏡”をはずすという感覚を身につけていきましょう。|留学カウンセラーが説くワーホリカナダ生活 Vol.131

先月より娘は小学校にあがり、新しい先生、新しい教室、新しいクラスメイトとの新しい環境がスタートしました。昨年幼稚園がスタートした時は、初日に泣きべそをかいて、クラスの環境に慣れるにもしばらくかかったものでしたが、今回はすでに知っている友達も同じクラスにいたせいか、全く抵抗なくむしろ待ち遠しいくらいだったようで、初日の朝学校まで送り私がしばらくその場で様子を見ていたら、「ママ、どうしてまだいるの?」と逆に追い返されてしまうくらいでした(苦笑)
有難いことに、娘は学校がとても好きになってくれて、新しいお友達も少しずつ増えている様子です。子供が学校に行くのが好きでいてくれるというのは、とても安心できます。更に、むしろ親のほうが子供に教えてもらえる新しい発見があるのも嬉しいばかりです。
日常生活編83:カナダで生活をするうえで、人と関わる際には
“人種の眼鏡”をはずすという感覚を身につけていきましょう。

先日何となく娘と新しいクラスメイトはどんな子たちがいてどんなお友達ができたかという話をしていました。娘はまだ友達の名前を覚えるのは苦手のようですが、その日にどの子とどんな遊びをしたかなどについては楽しそうに話してくれました。
その会話の中で、私が何気なく「あの中国系の女の子は同じクラス?なんて名前?」と聞いたときに、娘からの返答が予想をしていなかったものだったので、はっとさせられました。娘が通っている学校は、トロントの街の中心地にあることもあり、色んな人種の子供たちが通っています。娘も白人カナダ人と日本人の私のミックス(interracialといいます)ですが、他にも同じようにinterracialのお友達や、アフリカ系、中東系、東南アジア系、南ヨーロッパ系、中国系など色々な人種のバックグラウンドを持った友達が沢山います。
その中で私が何気なしに、「中国系の女の子」と言ったら、娘が「中国じゃないよ、カナディアンだよ」と答えたのです。確かに、見た目も中国系で、お母さんと話している言葉も中国語のお友達ではありますが、カナダ生まれのカナダ人なのは確かです。
娘にとっては、その子は娘と同じ英語を話し、同じ場所で生まれ育った、同じ“カナダ人”なのです。興味深いのは、娘にとって肌の色や人種の違いで人を分けて見るという感覚がなく、どのような見た目の友達だろうが、学校で娘と同じように英語で会話して、同じように遊んで、同じようなものを食べて、同じように活動している同年の仲間という見方しかしておらず、「人種が違う」という概念があまりないようなのです。
もちろん、友達の中には、家族とは英語ではない言語で話している子も多いのですが、学校ではみんな同じように話して同じように行動しているので、人種や文化が違うという見方を知らないのです。
大人には人種や異文化について学ぶことでお互いの理解を深めるというのが一般的論ですが、トロントのような多様文化の中で育つ子供は、そもそも異なる人種=自分と違うとは捉えず、みんな違うのが当たりまえという感覚が自然に身につくのかな、と感じた一幕でした。






