金のタマゴを生む「スポーツ業界」-放送から配信・ゲームへの覇権移行時代|世界でエンタメ三昧【第96回】
世界10兆円のスポーツ映像ライセンス業界、伝説の電通マンが収賄容疑
スポーツ業界に激風が吹いております。東京オリンピックにおける収賄容疑で逮捕された高橋治之氏は、かつて「長銀をつぶした男」「環太平洋のリゾート王」としても名高い高橋治則氏(長銀から1兆円を借りて、リゾート開発などで1兆円売上を誇る大企業を作り上げた)の弟でありながら、電通のスポーツ事業を築き上げてきた「伝説の電通マン」。父は東洋物産常務からテレビ朝日の取締役となり、叔父は労働大臣から元総理の浜口雄幸、自身も慶應幼稚舎から大学までエスカレーターの、いわゆる名家の子女です。
ニュースでは電通、オリンピック、賄賂など物議をかもしやすい文言で煽り立てられてますが、実は1984年LAオリンピック以来、メディアとともに北米を中心に超巨大化していくスポーツ業界に、日本企業の一会社員でありながらオリンピックやワールドカップの主催組織とも密につながり入り込んできた、国際スポーツ業界の〝大物政治家〟でもありました。サッカーの神様ペレをプライベートジェットで訪日招待し、中曽根康弘との軽井沢テニスをマッチングしたり、社員として所属している電通本社ビルの46階には自身がオーナーをする「ソラシオ汐留」を持っていたり、正直サラリーマンという枠を何段も飛び越えた「起業家」然とした人でした。
それだけに今回のAOKIへのコンサル料数千万円単位の収賄容疑で逮捕されるようなレベルの人ではないはず…とちょっと個人的には驚いております。高橋氏が日本代表をつとめていたISLはドイツのキルヒメディアと並んで、オリンピックからワールドカップ、F1からテニス・ゴルフに至るまで多くのスポーツ・ライセンスを取り扱う代理店業務を行ってきた世界トップ企業であり、巨大化する映像ライセンス料の重圧に耐えかねて(最初にリスクをとって例えば全世界の放映権を100億円などで購入し、それを各国の各放送局にちょっとずつばら売りしながら利益を得る)、両社ともに倒産しております。スポーツメディア市場は、いまや全世界で「年間10兆円」といった規模の市場を形成しており、その半分は「サッカー」(うちほとんどが欧州リーグ)、3割がUS4大スポーツ(アメフト、野球、バスケ、ホッケー)と、全世界における北米と欧州の割合が非常に強い業界でもあります。
人を惹きつける力が強いものは、その魅力が強ければ強いほど想像を絶するお金を産む反面、周辺でそれを利用しようとする取り巻きもまた力を持ちます。スポーツ映像の放映権料は、90年代から00年代にかけて(日本ではあまり動きませんでしたが)ケーブルが地上波テレビの領域に食い込んだ競争市場のなかでどんどん巨大化します。まさに「コンテンツイズキング」で、英プレミアムリーグの決勝戦をどのメディアが放送するかで、視聴率も加入者もガラッと変わるような状況だったわけです。
2002年日韓ワールドカップで、ISLとしてFIFAの代理業務をしていた高橋氏は日本で映像購入をするNHKに対して日本戦の3試合の放映権料は200億!98年のフランス戦は6億円だったので、4年で「映像を放送する」だけの費用が30倍にも膨れあがったのです。ただこれは別に電通やISLが〝ボッている〟だけではないです。映像ライセンス業界は相場が相場を呼ぶ市場、90年代は例えばNFL映像も年間500億円の販売費が3~5年単位の契約切り替えで倍々成長し、1000億、2500億と10年で5倍になりました(直近では年5千億を超えます)。地上波→ケーブル・BS→配信、とメディアが視聴者の取り合いでコンテンツの奪い合いをすればするほど、それにのっかったコンテンツ(試合映像)はバブルのように金額をあげるのです。
2022年カタールのワールドカップではAbemaTVが一括で映像購入をし、フジテレビが民放として唯一そこから25億円で一部試合放送の権利を買ったと噂されています。60%視聴率で15秒で1億円のCM代と言われています。2時間のうち15秒CMが約50本流せると算定すると(全部この金額で買う広告主がいるわけではないのでMAX金額ですが)25億円で「仕入れ」たフジテレビは、これを30~50億円の広告費用として「売る」わけです。
反社疑惑で地上波で流れなかったTHE MATCH、興行は合計50億円の大成功
スポーツがなぜこんなに巨額のお金を産めるのでしょうか?もちろんアニメだったり韓国ドラマだったり、コンテンツは値上がり傾向。ここ10年の配信大手の競争はコンテンツ業界全体を潤していますが、そのなかでも「ライブ」で「結果が予測できない」なかで「その場で国民全員が結果を追う」という、配信サブスク加入の誘因が最も強い部類のコンテンツです。
実は最近も画期的な事例がありました。22年6月に行われた那須川天心-武尊戦の「THE MATCH」、天心は42戦42勝無敗(18年12月のフロイド・メイウェザーとのボクシングルールで非公式戦で対戦、敗れた試合はノーカウント)。武尊はK-1のカリスマで41戦40勝、いずれもそれぞれの団体で神がかった成績を残しており、5年以上前からお互い試合を望みつつ、という煽り合いをしながら実現しませんでした(負けると最強神話が崩れ、選手生命にもつながるので、当然ですよね)。果たしてどちらが最強なのか、まさに「ザ・試合」のタイトルにふさわしい試合で、リアル『バキ』さながらに熱狂しました。ちなみに中山もこの試合でAbemaTV有料会員になりました。
ただ途中フジテレビが放送をしないということが問題になりました。キックボクシングや総合格闘技は昔からキナくさい部分があり、「反社会的勢力とのつながり」が問題になりました。この興行を仕切る榊原信行氏は、東海テレビ会社員だった時代から総合格闘に入り込み、DSEを設立し、プロレスイベント「ハッスル」やPRIDEなどの事業を展開してきた総合格闘技界の父のような存在です。だからこそ当時からの取引筋に反社がいるのではないかという話題も取りざたされ、(K-1も2004年に石井館長の脱税容疑などでブランド劣化し、そこから10年は日本のキック・総合格闘は「アングラ」なイメージが付きまとい続けます)。
しかし地上波のフジテレビが放送しないなら、この試合をみるには5万人しか入手できないプラチナチケットをなんとか入手するか、月1000円のAbemaTV有料会員に登録するしかない。これだけの歴史的試合を、無料で人々に見せないとキックの世界が盛り上がらないだろう!とつぶやいたのが天心選手の「お金の為じゃねえんだよ 未来の為にやってんだよ 子供達はどうすんだよ」というツイートにつながります。
ただ結果として興行事業としては大成功をおさめます。5.6万人の会場の平均単価はなんと4万円弱という高額のチケット、最前列チケット300万円は日本興業史で最高額でしたが、それも含めて20億円で完売です。いかに注目度の高い試合だったかを物語ります。それで25億ほどのチケット収入。さいたまスーパーアリーナの興行なので7~10億円といったコストがかかったでしょう。でも手数料抜いても現地興行だけで収入はあったはず、という結果です。
地上波であればあの1時間で数億円のCM広告費はついたことでしょう。フジとしても十分に商売になることは試合前からわかってましたし、問題は商売云々でなく「反社かもしれない」が地上波メディアとして後々問題になるかもというコンプラ問題の一点です。ただ地上波がなくても多くの人がAbemaTVで50万件のPPV(有料サブスクは後から見れました。ライブでみるにはその場で番組をペイパービューで「購入」する必要があった)で25億円。そこに屋内広告などでのスポンサー収入が5億円、あの1時間の試合で50億円の収入があったということになります。
スポーツベッティングの力で黒字化するAbemaTV
インターネット広告最大手のサイバーエージェント(CA)は2016年からAbema TVを展開しています。Amebaという名前はCAにとって非常に思い入れのある名前です。2006年、個人向けブログ事業のアメーバがうまくいかず、藤田晋社長は「2年で立て直しできなければ社長を辞める」という宣言までして行いました。
本来のボトムアップで現場に任せるCAの手法を捨て、トップダウンでビジョンを掲げ、収益度外視でページビュー目標を死に物狂いで追い始めます。現場が嫌がった芸能人ブログの導入やAKB48・エイベックスなどとの業務提携をガンガンに行います。有言実行で2年で月ページビュー30億に到達させ、03年から6年赤字が続いたブログ事業を、創業10周年目の09年にはようやく単月黒字化、ページビュー100億円にまで到達させます。その後数年で累積赤字60億円も解消させます。これでCAは「広告代理店」から「メディア事業」となり、当時の売上1千億企業から10年後に5千億を超える一大メディア・ゲーム・広告企業と変貌します。その分岐点が「アメーバ」だったわけです。
その名前を冠したAbemaTVはまさに社運をかけた事業となりました。「メディア事業は見てくれる人や集まってくれる人が増えれば、売上は後からついてくる」という藤田社長の当時の確信は、非常にあぶなっかしく、最初の5年は売上も数億~数十億にも関わらず、年間50~100億単位のコンテンツ投資がなされ、「毎年200億円赤字」というのがIRでよく見慣れる光景になりました。毎年300億の営業利益を稼ぐゲーム事業がなければ(『ウマ娘』リリース後の2021年度は960億円!)とてももたなかったでしょう。
ただAbemaTVの黒字化の可能性がようやくみえたのがこの2022年度、それは有料サブスク者が増えたことでも、巨大なスポンサーがついたことでもありません。「スポーツ」です。図1のように22年はQ3までですが、赤字幅は20億円。赤字圧縮の理由は「周辺事業」の売上増にあります。これはWinticketという競輪番組を配信し、そのなかでAbemaTV経由で競輪投票・ベッティングができるというビジネスで、その取扱い金額は3年で260億(20’)→1350億(21’)→約2000億(22’ Q3まで)となっており、その手数料収入としてAbemaTVに33億(20’)→183億(21’)→252億(22’ Q3まで)と13%程度の収入になっているのです。これは6000億ほどあった競輪ギャンブル市場が、この数年で1兆円規模まで成長し、その2割がAbemaTVになる、といったレベルの業界地殻変動が起こっており、スポーツの新しい稼ぎ方の道を切り開いた稀有な事例です。
ちなみにThe Matchで25億円にもなったPPVの番組売上も22年Q3の55億の半分近くを占め「年間PPV売上の半分ちかくを『THE MATCH』1本で売り上げた」という神興行になっています。『ウマ娘』が競馬市場3兆円にも進出していることを考えると、今後CAの新事業の軸として「4兆円の公営ギャンブル市場」への映像・ゲーム・チケット購入での参画、というのはすでにかなり成功事例を生み出しています。
遊ぶだけではなく、観る・買う・賭けるができるスポーツは、放送・配信などのメディア、インタラクティブな遊びを提供するゲーム、そして広告市場などにとって「金のタマゴを産むガチョウ」でした。これは50年前からそうであり、ネット中心の時代になってもずっと変わらないコンテンツとしての魅力です。それが今放送メディアの手から、配信・ゲームなど他メディアの手に移りつつある、というのを高橋氏の事件やTHE MATCHからひしひしと感じています。