早稲田ビジネススクールで講師デビュー | 世界でエンタメ三昧【第45回】
生徒1人しか集まらない不人気な授業
だんだん年を重ねると初めてのことに直面する機会が減ってきます。私の場合はゲームの開発だったり、関係性のコンフリクトマネジメントだったり、市場からみた戦略決定だったり。何度も何度も繰り返して「結果的に」うまくいったことというのは、小さなステップで何か間違いがあったとしてもそこに気づかずに、むしろ余計に無意識化でおかしな型を繰り返してしまうことが多い。それもあって、「時間配分を変える/住む場所を変える/付き合っている人を変える」という大前研一理論を、いつもタイミングをみて意識的に実行しようとしています。転勤だったり転職だったり引っ越しだったり。違う状況に身を置くことで自分の身に着けたことが、本当に実用性があるものだったかどうかがわかるからです。
そうした意味では、この18年2月というのは私にとって、ルーティンを打ち破る大きなポイントになりました。WBS(早稲田ビジネススクール)でコンテンツ学の集中講座を持ちました。なんと英語です。お誘いいただいた先生に「中山くんは英語も話せるよね、英語と日本語どっちがいい?」と言われ、見栄を張って「ど、どちらでも(震え声)」といった自分をいったい何度呪ったことか…しかもゲーム業界であれば確かに20時間でも30時間でも話せるのですが、今回のテーマはコンテンツ学。ここ数か月は週末返上でTV業界、音楽業界、映画業界からアニメ、スポーツに至るまで調べに調べ、講義資料を作る受験生のような生活を送っておりました。家族にもずいぶんピリピリして、色々迷惑をかけました。
最初はこんな新米講師の授業なんて誰も集まらないのではとドキドキしており、実際秋の1回目募集は1人だけ…終わった。これではもはや家庭教師です、今年は見送らせてくださいと涙ながらに弱音をはいて、教授に励まされたことがよい思い出です。
悲観的に準備したらPPT1000枚分仕上がる
蓋をあけてみると直前募集の結果、なんと27人。ずいぶん沢山の学生に集まっていただいて、英語ベースの講義としてはかなり人気のあるクラス、という形になりました。ただ勝負はここからです。なんといっても90分×15コマ=22時間強しゃべりたおさなければいけない。こう見えても中山はねちっこく準備するのは得意分野で、数か月かけて用意した資料はパワーポイントにして約1000枚、データは3GBを超えました。やりすぎました。大体において準備は悲観的、本番は楽観的に、とはよくいったものですが、自信のないあまり、用意した資料の2/3くらいしか消化できない事態。10テーマ用意していたものの、1つの業界を掘り下げるのには90分では足りず、コンテンツ・メディア・クリエイター業界を概観しつつ、出版・アニメ・音楽・テレビ業界をみて、アニメ・音楽業界の先行者とのインタビューを設定し、ワークショップをやったら、あっ、、、、という間に時間が過ぎて、なにより衝撃はマイテーマでもあるゲーム業界にたどり着けず、自分が実際やっていることはほぼ喋れていないという事態。
ただこうして学生の理解できる形まで業界構造を掘り込むと、それ自体が本当に自分自身の理解のずいぶんな助けにもなるものです。1995年の就業人口減少以来、出版・新聞・音楽とほとんどの産業が日本では漸減傾向にあります。クールジャパンだ、海外化だという声はあるものの、日本のコンテンツ産業はパッケージビジネスの終息とともに儲からない産業になっています。職人がつくる至高のコンテンツといいながら、日本のクリエイティブ投資の半分は垂れ流しになっているテレビメディアコンテンツ。生産者の名前すら出てきません。そうした中で映画・アニメは出資委員会からなるライツビジネスに転換を図り、例外的な成長業界。音楽だってJASRAC経由での市場は減っていません。ゲームはうなぎ上りにのぼっている。つまりコンテンツの消費そのものは増えても、ビジネスモデルが確立していないせいで消費者からお金がとれていないだけの問題だったりするのです。こうした経営学としてやれること、やるべきことなどもコンテンツ業界全体として整理することで見えてきます。
何より授業の醍醐味、それは多様な学生とのインタラクション。英語講義ということで日本人学生には倦厭されたようで、27人のうち純粋な日本人は4人だけ。こんなに外国籍が多い授業ははじめてだと生徒自身が言っておりました。国籍はアメリカ、中国、台湾だけでなくタイ、ネパール、モロッコ、エクアドルなど、いわゆる各国を代表する優秀な学生。そしてなにより皆企業経験者ということで、近いゲーム業界や広告業界のエライ方々もいて、議論にも花が咲く。え、なになにエジプトではこんなサイトでマンガに親しんでいて、モロッコだとそもそも私立にいかないとまともに授業なんかできなくて…云々かんぬん、日本にいながら世界旅行をしているような気分。まさにマンガ・アニメや日本のコンテンツビジネスに対する彼らの興味の強さを肌で感じる機会になりました。
日本のアカデミアにおけるコンテンツ学
早稲田のビジネススクールは国際化水準では日本のトップランナーであり、ランキングでいえば慶応や名古屋を抑えて軒並み1位(https://www.topmba.com/mba-rankings/global/2018?utm_medium=SMPost)。45人いる教授のなかでも半分以上は英語で講義できる人材を擁しており、実業家も広く集めている大学でもあります。それもあってブシロードから呼ばれた私ではありましたが…どうやらこうした柔らかいジャンルの授業は早稲田においても非常に珍しいらしく、そもそも日本の未来を担う主要7産業の一つになっているメディア・コンテンツはあまり学術としては確立していないようにも感じます。
思えばUBCもTorontoもConcordiaもバンダイナムコ時代に講演をさせてもらったカナダの大学には皆デジタルメディア学科があり、専攻としている教授がいました。僕のように実業家を呼んで話を聞くことにも熱心でIndustryとAcademicが相互補完的に成長している。21世紀に入って日本がゲーム業界においてプレゼンスを失った要因の大きな一つは間違いなくこうした知の継承エコシステムの弱さにもあります。
一人のアメリカ人の生徒が言っていた言葉で印象的なものがありました。「実は『コンテンツ学』と聞いてもよくわからず、友達と授業受けたいから来てみたら…自分がオタクですごい好きだったことの話だと後から気づいて、自分は元々そういうタイプじゃないけど、次から次へ質問が止まらなくて。なんか俺だけ質問してて恥ずかしいんですが」。学問とはまさにこういうものだと思います。本当に知りたいことは質問が止まらないものです。
私もまさにこのコンテンツ業界は日々質問の連続で、自らその答えを探して探求しているうちにどんどんと深まります。それは学問というのはあまりに俗な質問だったりするのですが、この繰り返しが趣味となり実業となり、最後に生業となるのです。好奇心がさらなる好奇心を呼び、だれよりも深くその構造に触れることができる。人に教えなきゃと思うから、さらにその触れた構造を縦横斜めからみて、全体を必死でとらえようとしてみる。自分は事業側の人間ではあるけれど、こうして教育と実業のハザマを行き来しながら、最終的には多くのファンと将来の仲間を増やす仕事を続けていきたいな、と強く感じた1週間でした。2019年2月はシンガポールのNanyang工科大で講義予定です。ぜひ希望者お待ちしております!
中山 淳雄
ブシロードインターナショナル社長。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで新規事業会社設立後、現在シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了、早稲田大学MBA非常勤講師。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。