動画配信の世紀―サブスクモデルが生み出す負 | 世界でエンタメ三昧【第51回】
1980年代から始まった映像販売市場
1970年代までエンタメ業界といえば「タレントと音楽」の時代でした。当時はTVや映画こそあったものの、ゲームやアニメといったデジタルに作り込んだ映像がない時代。エンタメに関わる仕事がしたいと思えば、タレント事務所もしくはソニーや東芝EMIといった音楽レーベルに入るのが常。TV番組も主体は歌謡曲で、あくまで「放送」として機能しており、映像そのものを販売する手段はそれほどありませんでした。ところが1980年代、アニメやCGそしてゲームなど、人の手によって創り上げる「映像」が主役となる時代がきます。その立役者がビデオです。10年間であっという間に5000億円市場を築き、2005年ごろまでビデオ⇒DVDと移行しながら7000億までジリジリと規模を上げていき、そして2000年代後半期にTV業界・広告業界が停滞するのと機を一にして5000億まで下がり続けます。救いの一手となったのが「配信」、特に定額配信(サブスクリプション)を課金モデルとするネット回線での動画市場です。
これは所有の時代からシェアの時代への転換点でもあり、動画をビデオなど形あるものとして所有することなく、ただアクセス権利のみを購入し、全員でコンテンツの制作費・調達費を分担するようなNetflix、Amazonプライムなどのビジネスモデルになります。サブスクは典型的な「規模の経済」事業です。コンテンツが多ければ多いほどユーザーの選択肢が増え、またユーザーが多ければ多いほどそのコンテンツ調達額も分散される。いわゆるプラットフォーム事業で、「大きいものが勝つ」一強多弱の事業です。だからこそ、全プレイヤーがスピード重視で赤字を垂れ流してもコンテンツを集め、No.1になるところまで定額課金ユーザーを集めきります。この意味ではAmazonのように「動画そのものでなく最終的にECのプライム会員になってくれればそのEC売上で収支は合う」ように別事業との組み合わせができる事業者のほうがより有利といえるでしょう。
薄く広く安定的なサブスクモデル
ビジネスモデルを絵にしてみると図2のようになります。基本的に価格にあわせて購入者は増えると考えると、価格を決定してしまう①パッケージ(売り切り)モデルは、安くして人数増やすか、人数減っても高くするかで四角形の面積が最大化するものです。さらに、価格で買えなかった人に廉価版を出したり、もっとお金を払える人にプレミアム版を追加で出したりと購入機会を創出することで面積最大化を狙う。ただ情報差異がある限り、「本当はみんなもっと払えるけど/もっとたくさん買いたい人がいるけど…」という取り残し部分は不可避です。これを変えたのがガチャに代表される②アイテム課金モデル、無料でダウンロードしてもらうことで人数を最大化し、徐々に運営サービスを提供しながらユーザーが支払うタイミングを動的に変えていくサービスです。良い点はサービス力次第で三角形の表面積はいかようにも変わること、悪い点は誰もが入ってきてすぐに抜けるので価値を感じられないとコンテンツのたたき売りのようになるし、何よりサービスを提供し続けるためのコストが甚大になります。③サブスクモデルはこの折衷案のようなところがあり、誰もが同じ価格での視聴ができ、たくさん見る人にとってはお得(がゆえに皆がどんどん余計に消費するようになる)、ほとんど見ない人からも一定金額を見込めるモデルです。②のように大量の人員・資金を投入し続けてサービス力を磨き続けなくても、ある程度コンテンツに力があれば安定した収益を見込めます。このモデルの障壁は通信料やサーバーコストですが、それらがある程度リーズナブルになってきた21世紀だからこそ実現できるモデルと言えるでしょう(実際に20世紀段階でも同様のサービス構想はあったものの、ほぼ通信速度があわない・通信コストが膨大すぎるなどで潰れています)。①のように取り損ないがなく、③のように運営負荷が大きくもない、なにより長期で収益の見通しが立てやすい安定性こそがサブスクモデルの魅力です。
競争が壊すサブスクモデル、ニッチなブルーオーシャーンを目指して
ただこのサブスクモデル、一つ大きなネックがあります。競争が苦手なのです。もともと人気のあるドラマ・アニメは集中しているもの。皆が同じラインナップをそろえているとコンテンツ供給側はライセンス売買額で儲かるものの、配信側はお金が垂れ流しになる。それがゆえにテレビ局は5つのキー局に制限され、買い手の競争がおさえられています。ところが配信となると電波の制限もないし、雨後の筍のようにたくさんの買い手が現れます。日本国内だとdTV(docomo)、Hulu、U-Next、ビデオパス(au)、Amazon、Netflix、UULA(softbank)、TSUTAYA、J:Comなどなど。皆が100万種類以上もの映像コンテンツを配信し、ユーザーはどこに入っても有名なものは視聴できてしまう。かといって一度入ってしまうとスイッチする動機もなくなる。こうなってくると一強多弱ではなく、全弱全負けの市場になるリスクがあります。およそ20年前に、キャリア3社に対して国産携帯メーカーが10数社ひしめき合って小さなパイをとりあっていた時代のように、、、。
収益性と考えた時に、実は最も大きいのは「コンテンツ費用」。当然ながらドラマ・アニメなどの制作費、もしくは制作したものをライセンスしてもらう費用です。新興で成長中のAbemaTVではそれが200~300億のコストの5割を超えます(図3)。それでも既存の大きなプラットフォームに比べると小粒であり、フジテレビや日テレといったTV局は3000億の3割、すなわち年間1000億と、いまだAbemaの5〜10倍の制作費を確保しているのです。TV局の優位性は電通・博報堂など代理店に手数料13%支払うことで広告主への販売を担保しており、あえてネットワークの広告宣伝費を省力化できるところにあります。そしてサブスクの雄であるNetflixはといえば1.5兆円売上の5割、なんと年間7000億ものコンテンツ費用。桁が違いすぎますね。
成長中のプレイヤーはこのコンテンツ費用に苦しみます。Abemaの売上をアプリ収益から推定すると今期で150億規模。途上国中心のiFlixは20億、UKのDAZNは400億規模。それぞれ赤字にも関わらず、年間ほとんどのコストをコンテンツ投資に費やしている。それに対して「一強」もしくはプレイヤーを制限した「寡占競合」となっているNetflixやTV局は3〜5割をコンテンツに費やし、1割程度の広宣費・手数料を費やしながら、きちんとボトムラインの利益は1割程度確保している。すなわち競争のない環境に降り立ち、コンテンツ調達費をコントロールできる形にした上で規模の経済を効かせる、というのがサブスクモデルの勝ちパターンといえるのです。
では札束のたたき合いのようなこうしたコンテンツ獲得競争に対して、どういった手段をとればいいのか。それは「同じ競争はしないこと」。1億人のサブスクライバーを集めて1.5兆円売上を実現するNetflixに対して、380万人の有料ユーザー集める恋愛アプリTinderは1300億円、1億人が無料利用し広告モデルで600億円を稼ぐTik Tokなどセグメント化すれば様々な攻め手があります。日本でも、楽天という総合ECが現れた後、価格.comのような情報比較サイト、ZOZOのような服飾専業EC、メルカリのような中古フリマアプリ、事業を先鋭化させて生き残る事例はいくらでもあります。
徐々に時代は、なんでもそろえなければならない総合系よりも、ユーザー層が固定されロイヤリティも高い専業一強系のほうが生きやすい時代にもなります。1兆円のNetflixに追い付け追い越せというあまりに野心的な動きをしなくても、100万人を集めるCrunchyrollのようなアニメ専業の100〜150億円規模のPFでもいいですし、新日本プロレスワールドのようにコンテンツを絞り切ったインハウス側PFでもいいのです。そうした専業型であれば利益30%~50%といった高収益型のプラットフォームが幾つも存在しています。コンテンツ調達費も抑えられ、セグメント化されたユーザーに向けて広告宣伝費も効率的に投下できれば、サブスクモデルは確かにゲームで乱立しすぎた疲弊摩耗型のアイテム課金モデルと一線を画する、優れた選択肢になるでしょう。
中山 淳雄
ブシロードインターナショナル社長。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオでバンクーバー、マレーシアで新規事業会社設立後、現在シンガポールにて日本コンテンツの海外展開中。東大社会学修士、McGill大学MBA修了、早稲田大学MBA非常勤講師。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった いいモノを作っても、なぜ売れない? 』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)他。