おもちゃ業界③-LEGOとバンダイ:業界のゲームチェンジャー|世界でエンタメ三昧【第62回】
玩具業界のゲームチェンジャーLEGO
いまやゲームだデジタルだとエンタメのトレンドが流れてはいるものの、今をもってアナログの「玩具市場」は生活用品のなかで世界9兆円、米国2兆円、日本8000億円と十分なサイズをもった一大産業です。日本であればバンダイとタカラトミーで市場を二分するような状態ですが、米国ではMattelとHasbroの二大巨頭が君臨しています。図1でみると「バービー人形」のMattelがM&Aで各社を吸収しながら90〜00年代にNo.1の地位にありましたが、「トランスフォーマー」や「マジックザギャザリング」でそれに追随し安定成長するHasbroが迫り、なにより2000年前後まで倒産危機で瀕死であったオランダのLEGOが10年であっという間に2社を抜き去り世界一になったという激変が起こった業界でもあります。
このLEGOの驚異的な成長の背景については「レゴはなぜ世界で愛され続けているのか」(2014年、日本経済新聞社)に詳しいですが、DisneyにWarnerにとキャラクターIP(知的財産)に依存しすぎてほとんどがキャラクター玩具で占められる北米市場に警鐘をならし、知育玩具のジャンルで低価格で大量の組み合わせの原始的なレゴ商品のクオリティを高め、なによりニンジャゴーやスターウォーズレゴのようにテーマ・世界観とともに商品を売り出した戦略が分水嶺となりました。
実はLEGOの売上の伸び以上に驚異的なのは図2でみるようにLEGOの利益率であり、2018年は売上$5.7Bに対して利益が$3.0B。2番手Hasbro以下の各同業他社の10倍の利益を誇ります。経営とは本当に面白いもので、まだ若き30代のマッキンゼー出身の経営者を招聘し、たかだか10年で数世紀続くこのレガシーな産業が一気に塗り替えられ、1社のみ他社の10倍稼ぐといったような違うゲームルールを創り出しえるのです。
1980〜90年代バンダイの躍進
比較すると停滞しているようにも見える日本企業ですが、1970〜80年代をみるとベンチャーも真っ青な成長カーブを描いています。特に70年代後半から「仮面ライダーベルト」や「超合金マジンガーZ」の成功によって設立数年で100億円規模に成長したポピー(1983年にバンダイが吸収合併)や「ガンプラ」ブームで急浮上するバンダイ模型をあわせ、「キャラクター玩具」という一つの市場を形成するに至ったバンダイは、1995年においてHasbro・Mattelを追い落としかねない成長をみせた会社でした(現在もゲーム事業、映像事業を含めたバンダイナムコHDとしては玩具市場で世界一の売上としてランクインしており、玩具とゲームの成功という実は他社ではなかなかみることのない業績を達成しています)。
思えばバンダイは、「キャラクター」という抽象化されたシンボルに会社の競争優位性を集中させることで、時代時代にトレンドとなる事業の潮流をつかむことに成功してきた企業といえます。そもそもキャラクター模型で成功していた今井化学を吸収した1969年に始まり、1971〜73年にTVメディアの成長ととともに仮面ライダーと戦隊シリーズで毎年切り替わるマーチャンダイジングモデルを発明し、サンライズとともにアニメから玩具の流れをおさえながら出版、ガシャポン、玩具菓子、アパレルと展開先を広げ、1984年にはゲーム事業にも展開し、のちにナムコと合併してバンダイナムコとなります。MattelもHasbroもLEGOもタカラトミーもサンリオもなしえなかった「ビデオゲーム事業」で成功する玩具業者として、いまも世界的に存在感を示す会社でもあります。
ただやはり玩具市場は人口と可処分所得に相関するもの。バンダイもタカラトミーも、国内市場8割というローカル依存度が高いビジネスをしている限りにおいては、上記のMattelやLEGOなどとの欧米大手の成長速度にはついていけません。現状ではまだそれほどの規模になっていなくとも、2018年度では香港のSouth China($539M)やDream International($451M)、中国でアニメ・玩具を連動させるAlpha Group($430M)やミニカー玩具とゲーム事業のRaster($427)など500億円サイズで毎年20〜30%成長する東アジアの競合も増えてきている状況です。そうした中で東アジア諸国の高い年齢層向けのプレミアム玩具、特に単価1万円を超えるようなものが近年では大きく売上を伸ばしています。2018年そうした潮流に対して、バンダイはバンダイ(男児向け、女児向けなどの従来の玩具を扱う赤いロゴで赤バンダイと呼ばれる)とバンダイスピリッツ(ハイターゲット向けの玩具、プラモデルで青いロゴで青バンダイと呼ばれる)と異なる戦略をとるように2つに分社化しています。
日本の玩具業界の分水嶺は1兆円弱の玩具市場に対して、1兆円超に拡大するゲーム市場に1980年代のうちに参入できたかどうか、子供人口の減少トレンドのなかで2000年代に大人向けホビー玩具でユーザー層を広げられたか、2010年代にモバイルゲーム業界に展開できたか・アジア含めた越境展開ができていたか、といった時代にあわせた戦略の成否で10年単位で図1のような勝敗が決まる結果となったといえるでしょう。
数十億円の市場でカテゴリーキラーとなる
ただこうした伝統的な業界でもチャンスがないわけではありません。米Funkoは1998年に設立された新興玩具メーカーでしたが、2010年に発表した「Pop!」という日本の「SDスタイル」に近い2頭身アクションフィギュアで急成長。2015年に$57Mから3年後の2018年には$686M。さすがにMattel,、HasbroやカナダSpinMasterほどではありませんが、米国3番手のJakksをあっさりと抜き去った稀代の玩具市場開拓者でもあります。
Pop!のように他社キャラクターのプラットフォームとなる人形を創造したという意味では「ねんどろいど」を開発したグッドスマイルカンパニーは2001年設立ながら300億円市場のフィギュア業界では最大手となっており、そのカテゴリー別市場内シェアでみればバンダイや壽屋(コトブキヤ)よりも大きいです。同じように2007年設立のブシロードも(2006年当時は)400億円程度しかなかったカードゲーム業界で、コナミの「遊戯王」とタカラトミーの「デュエルマスターズ」が寡占となっていた状態に新星のように現れ、「ヴァイスシュワルツ」「ヴァンガード」といった新規のタイトルで2012年度より業界3位の位置を占め、カードゲーム業界自体も1000億円へと成長させていくけん引役にもなりました。
ある市場を攻略するとしたときに数千億円という市場規模を見ているのであれば、それはやめたほうがいい、と言われています。「少なくとも」数百億円を狙え、と。それは市場の粒感として数千億円というのは「正しく分解できていない」ということなのです。玩具市場にトライする、めざせ8千億円、という攻め方は間違いだということです。最低でも中分類のフィギュア市場300億、ドール市場130億、ジグソーパズル70億円と、より小さい市場単位で勝ちパターンを見分ける必要があります。
LEGOやFunkoの事例などをみると、どんな業界にも絶対的な平衡状態ということはなく、経営のかじ取りによっては市場自体の構造を変えることすらできる、と過去の事例を振り返れば希望が湧いてきます。イノベーションには制約はなく、我々はこれこそまさに経営「ゲーム」として、ポジション戦略・商品戦略によって企業を違うステージに導くための努力を重ねるのです。
中山 淳雄
ブシロード執行役員&早稲田MBAエンタメ学講師。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトを経て、バンダイナムコスタジオで北米、東南アジアでビジネスを展開し、現職。メディアミックスIPプロジェクトとともにアニメ・ゲーム・スポーツの海外展開を推進している。東大社会学修士、McGill大経営学修士。著書に”The Third Wave of Japanese Games”(PHP,2015)、『ヒットの法則が変わった』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)ほか。仕事・執筆の依頼はこちらまでatsuo.no5@gmail.com