日加相続回想記 ~歴史を紐解くように〜|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第34話】
日系人の受難の歴史を垣間見る
弁護士として駆け出しのころに扱った日加間の相続問題は、日系カナダ人のご家族からのご相談でした。「亡くなった父が日本に不動産を持っているらしい。でも日本語を読める人がいない。父のカナダの遺言書で、日本の不動産を相続できないか」というものでした。
ご家族が長年大事にしていた日本語の書類を一式持ってこられました。その中には、土地の権利書だけでなく、日本の尋常小学校時代の表彰状、筆書きの戸籍謄本、日本の親戚からの手紙などもありました。ちなみに、昔は、日系カナダ人のコミュニティーには必ず一人、日本語を英訳してくれるお年寄りがいて、日本語書類を持ち寄っては、見てくれたそうです。一つ一つの書類に目を通しながら、先代の日系カナダ人の受難の歴史を重ねずにはいられませんでした。
便利な戸籍謄本
ちょっと珍しいケースでは、日本のとある都道府県から、「県道を新しく作る予定だが、この土地の権利を持つ人の末裔がトロントにいる。このご家族のために、必要な書類を用意してほしい」というご依頼を受けたことがありました。
ここで問題となったのは、カナダ人の相続人には戸籍がないということ。日本の法務局に受け入れられる形で、各相続人の戸籍謄本にあたるものを準備してほしいと頼まれました。戸籍謄本は、両親の名前、出生、結婚、離婚、死亡などすべての身分情報が集約されていて実に便利な書類です。
ちなみに、カナダの相続問題で苦労するのが、法定相続関係の証明です。相続人の出生証明書、結婚証明書、離婚証明書等、一つ一つの証明書を集めながら、被相続人との接点をつないでいかなければならないからです。
さて、このケースでは、最終的に、日系カナダ人のご家族の日本の戸籍謄本に含まれる情報を各相続人の宣誓供述書(Affidavit)としてまとめ、カナダの政府発行の各種証明書を盛り込みながら書類を作成し、一人分が小冊子のようになりました。この件のおかげで、家系図を手に入れることができ、ずっと知りたかった日本のルーツを知ることができたと、日系人カナダ人のご家族に喜ばれました。また、しばらくして、「お蔭様で、小学校の児童たちが安心して通学できる道ができました」という完成したばかりの道路の写真が日本から届き、ランドセル姿の小学生が歩く姿を想像したりしながら、感慨深く写真を拝見しました。
相続は人々の歴史を映す鏡
このような経験を重ねるたびに、日加間の相続問題は、まさに日本とカナダの人々の往来の歴史の鏡であることを実感します。
戦前に海を渡った日本人、帰化二世の日系カナダ人、戦後の新移住者、国際結婚での移民、日本に移住したカナダ人、ビジネスでカナダにやってきた日本人。海を越えた人と人との縁をつなぐように、歴史と文化、言葉、法律などの様々な違いを超え、問題解決に向け、いかにしてシナジーを生み出すかに知恵を絞るのも、日加相続を扱う面白さの一つです。
さて、ふとわが身を振り返りますと、私の子供たちもいつかこのような問題の当事者になるのかもしれません。そう思うと決して他人事ではありません。
[おことわり] このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。また、本コラムの情報は、2022年3月時点での情報に基づいており、今後法改正により内容が変更する可能性があることをご理解ください。