マイホームはあなたの大事な資産です|カナダで暮らす-エステート・プラニング入門【第5話】
「遺言書さえあれば…」と、私自身が最も痛感するのが、不動産を持つ方が、遺言書を作らずに亡くなったケースです。今回は、所有者が亡くなった後に残された不動産について、どのような手続きが必要になるかについてお話します。
1.共有名義の不動産の場合
ご夫婦で不動産を所有する場合に、「含有(がんゆう)- Joint Tenancy」と呼ばれるタイプの共有名義を利用するのが一般的です。この共有名義の特徴は、生前は夫婦が所有権を等分に有し、夫婦の一方が亡くなった場合、残された共有名義人に所有権が100%移る仕組みで、「Right of Survivorship – 生存受取権」と呼ばれます。
そして、名義人の一人が亡くなった場合、残された共有名義人は、死亡した名義人を所有権から削除する「Survivorship Application – 生存者申請」と呼ばれる、名義変更の手続きが必要になります。
なお、含有による共有名義の不動産の名義変更には、遺言書は必要ありません。亡くなった名義人の死亡証明書を弁護士に持参して、名義変更の手続きを州の土地登録事務所(Land Registry Office – 日本の法務局にあたる)に申請・登録してもらう必要があります。ちなみに、この手続きを行わない限り、死亡証明書を市役所に持参しても、固定資産税の請求書(Property Tax Bill)の宛名人は変更されません。
2.亡くなった不動産の名義人が単独の場合
①遺言書がある場合
不動産の名義が単独で所有者が亡くなった場合、遺言書により任命された遺言執行人(Executor)に、不動産を取り扱う一切の権限が与えられます。通常、残された不動産は空き家となり、空き巣や火災などのリスクが高まるため、不動産をできるだけ早く売却することが望まれます。 それゆえ、故人の不動産の売却は、比較的ストレスの高い問題のひとつです。
遺言書があれば、遺言執行人が、不動産エージェントを雇い、売りに出すといった、不動産売却のための法律行為や、相続人への名義変更を行うことができます。
また、不動産売却に、裁判所での遺言書の検認・登録手続(プロベイト)が必要な場合でも、遺言書があることで、その手続きを確実により迅速に進めることができます。
②遺言書がない場合
オンタリオ州では、不動産の所有者が無遺言(むいごん)で亡くなった場合、残された不動産を売却したり名義変更したりする一切の法的権限は、裁判所で任命される遺産管財人(Estate Trustee Without a Will)のみにあります。日本のように、相続人同士が同意すれば、名義の変更ができるということはありません。
したがって、残された配偶者への名義変更や、不動産の売却等は、遺言書がなければ、裁判所によって遺産管財人の任命が許可されるまで、全く身動きが取れないのです。
実は、この遺産管財人の任命には、法定相続人の過半数の合意が必要であるため、家族関係によっては、申請の準備に時間を要します。私が過去に扱った件でも、独身の方が生前に不動産のリスティングを行い、その後、突然遺言を残さずに亡くなり、遺産管財人の任命が急遽必要になりました。カナダ国内外にいる、法定相続人であるいとこ15名の住所を特定し、遺産管財人任命の合意を得るのに苦労したことがあります。そして何より、無遺言による遺産管理人申請にかかる時間、費用、ストレスは計り知れません。
特に、不動産にモーゲッジがある場合、所有者の死亡後に銀行口座が凍結し、モーゲッジの返済が滞ることが多く、遺産管財人を早急に任命して対応しないと、そのうちに銀行が不動産の売却権限を行使する恐れもあります。
また、不動産所有者の法定相続人に未成年が含まれる場合、未成年の財産権の保護を図るため、名義変更や売却等、不動産を扱う一切の法的行為に、オンタリオ州政府が関与することになり、手続きがより複雑化します。
あなたの財産を守るために
このように、不動産はあなたの生活の拠点となる大切な資産です。不動産購入の際には、その購入を担当した不動産弁護士に、一緒に遺言書の作成をお願いするのも良いでしょう。
【おことわり】このコラムは、オンタリオ州法に関する一般情報の提供のみを目的とし、著者による法的助言を意図したものではありません。
スミス希美(のぞみ)
福岡県出身。ミシサガ市パレット・ヴァロ法律事務所、オンタリオ州弁護士。中央大学法学部卒業後、トロント大学ロースクールに留学しカナダ法を学ぶ。相続・信託法専門。主に、遺言書や委任状の作成、信託設立などのエステートプラニングや、プロベイト等の相続手続を中心とした法律業務に従事。日本とカナダ間で生じる相続問題に詳しい。