木村悦子さん インタビュー
トロント日本映画祭 スペシャルインタビュー
トロント交響楽団アシスタントミストレスを務める
木村悦子さん インタビュー
TJFF上映作品「マエストロ!」がオーケストラを題材にしていることから上映前に特別ゲストとして登場した木村悦子さん。多くの観客の前で生演奏を披露した木村さんにその幅広い活動やオーケストラについて伺いました。
映画はいかがでしたか?実際に天童のような指揮者は存在するのでしょうか?
みなさんよく笑っていましたし、面白い映画でしたね。あの雰囲気の指揮者って実際に存在しそうでいない。指揮者とオーケストラがケンカしてしまうことはまずないと思います。でも指揮者によってはとても細かい要求をしてくることもありますし、求めるものは指揮者によって違います。それが高ければ高いほど何度もやり直しになることもあります。緻密に細かく言われ続けるとオーケストラも生きたものなので反発したくなることはありますが、最終的にはみんなで折り合いをつけますね。この出来事の間に立って双方の仲を取り持つのがコンサートマスターの仕事でもあります。
現在トロント交響楽団でアシスタントコンサートミストレスを務めていらっしゃいますがどのような役割があるのですか?
音楽的なことだけではなく、オーケストラ全体をまとめなければいけないのでやはり大変です。セクションからの相談や提案などもすべて私たちコンサートマスターのところに一度集められて、私たちから指揮者に発言します。これはオーケストラの面白いところだと思うのですが、練習中に出る質問は通常の学校のように自由に発言できるのではなく、後ろから前に伝えられて、最終的にコンサートマスターから指揮者に伝えられる習慣があります。とにかくすべてがコンサートマスターを通して行われています。
トロント交響楽団を含めて複数の海外の楽団で演奏されていますが、文化の違いなどは感じますか?
ヨーロッパ、アジア、アメリカそれぞれどこで音楽を勉強したかは弾き方を見ると大体分かります。ただその個性が邪魔になることはありません。それぞれ文化の違いなどもありますが、やはりオーケストラは大きな団体なので指揮者の解釈が自分と違っていてもそれに合わせていくのがしきたりですね。ただ大きなオーケストラの指揮者を担当できるレベルの人は影響力が強い人が多いので、自分の考えと違っていても、その楽曲の新しい魅力を引き出してくれるので、結果的には指揮者の解釈に乗っかっていくことになります。演奏には人それぞれの特徴や癖が出ますがメインとするアイデアは指揮者の元に統一されています。
トロント大学への留学前に英語は勉強しましたか?
英語はもともと好きでしたし、トロント大学に留学に来る前に半年ほど英会話教室に通っていました。自分では出来るほうだと思っていたのですが、来てショックを受けましたね。カフェのレジでも聞き取れなくてちらっと表示を確認してお会計していました。更に日本では先生に対して敬語を使いますが、それがこっちではあまりないのでその文化の違いにとても戸惑いました。普通に発言することもできなくてずっと黙ったままで先生を困らせていました。きっかけはちょうど1年経った頃に音楽祭のキャンプがあって6週間完全英語漬けで喋らざるを得ない環境に置かれたことですね。わかってはいましたがスピーキングは実際に喋らないと上達しません。私はなかなか勇気が出ず時間がかかりましたが、失敗を恐れずにまずは話しかけることが大切です。
スランプなどを経験された時にはどうやって乗り越えますか?
何を練習していてもある程度練習すると一度停滞期に入ると思います。その時期には全く上達しなくてイライラもしますが、今ではそこを抜けると先に進める時期が来るというのがわかっているので大丈夫ですね。学生の時には考えれば考えるだけ指が動かなくなって泣きながら練習していることも多かったですよ。ただ、私はとても根性がある方なのでそれで乗り越えてきた部分が大きいです。できないことが悔しくて諦められない性格なので、もっとやってやると気持ちを奮い立たせて挑戦していきます。諦めなければ必ず少しずつ前に進めると思います。
先日、石井竜也さんのステージにも立たれたり、他の楽団へゲストとして参加されることも多いですが他ジャンルや別楽団での活動の楽しさは?
実はPopsにはあの時始めて挑戦しました。ただピアノやギターのようにその場でアレンジして弾くことは苦手なのでしっかり譜面をいただいてやらせていただきました。とにかく音楽は楽しければ良いと思っているのでどんなジャンルでも弾くことは大好きですし、楽しませていただきました。他の楽団に参加したり、今日のような演奏をしたりするのはそれぞれの楽しい部分が違うからです。映画の中では「天籟(てんらい)」という表現でしたが、オーケストラのような人数で演奏しきった瞬間に感じられるなんとも言えない達成感。少人数の楽団では自分たちの音楽を1から作る機会が多いので、0から100に到達するまでの道のり。ソロでは自分とお客様との対話になるのでその瞬間にお客さんと繋がれるように弾いていくのが楽しいですね。私は欲張りな部分がありますし、やはり出来るだけ演奏していたいのでそれぞれの良い部分を存分に楽しむためにいろいろなことに挑戦しています。
今後挑戦していきたいことは?
音楽的には既にいろいろなことに挑戦しているので去年立ち上げた弦楽合奏団Musica 14.8でワールドツアーをするのが夢ですね。1年に1回しか集まれないので大きくしていくことは難しいかもしれないですけど、それぞれの拠点を回るワールドツアーができたら素敵だと思います。
音楽や芸術関係の夢を追いかける読者にメッセージをお願いします。
恥ずかしがらないでどんどん自分をさらけ出して自分を表現していくことが大切です。誰がどこで見ていてくれているかわからないので、自分でチャンスを切り開くためにも積極的に行動してください。若いときは無防備に挑戦していって欲しいです。チャンスをつかめるのが1番ですけど失敗したっていいじゃないですか。音楽はできるだけ生のものに触れた方がいいですし、本当に好きだった、感動したと思ったら恥ずかしがらずに楽屋に行って、またはメールなどできちんと伝えてください。そうしないと何も始まりません。返事が返ってこなくてもきちんと伝わっていますし、どこかで道は繋がっていきます。
木村悦子 ekviolin.com
情熱的でエネルギッシュ且つ想像力豊かなバイオリニストとして、世界に広く知られている。2007年からトロント交響楽団のアシスタントコンサートミストレスに就任。また数々のアンサンブルのゲストコンサートマスターとしても活躍中であり、オーケストラやアンサンブルのリーダーとしての活動の他、室内楽演奏会にも頻繁に出演し、カナダ各地での招待リサイタル等、ソロリサイタルも活発に行っている。演奏活動のみならず、後進の指導やコミュニティーワークにも力を入れており、トロント大学講師、カナダの音楽キャンプ講師も務めている。