【悲劇の中でもネタは転がっている】ウーマンラッシュアワー村本大輔さん(第2回)|Hiroの部屋

今年からアメリカへ渡り、スタンドアップコメディに本格的挑戦するウーマンラッシュアワーの村本大輔さん。中編の今回は「タイミング」をキーワードに、能登での地震や今年行われるアメリカ大統領選挙などに関連して、村本さんの考えるお笑いについて話を聞いた。
日本に残す母と海外挑戦への思い

ヒロ: 村本さん、髪の毛を青く染められましたね。
村本: ちょっと心機一転しようと思って。人生で初めてのカラーリングです。
ヒロ: 青にした理由は何かあるんですか?
村本: 色にこだわりはなかったんですが、芸人の世界では髪の毛を染めると汚れ芸人だと昔の先輩たちによく言われてきたんですね。海外に行くタイミングだし、そういう無駄な概念から捨てていこうと思ったんです。
ヒロ: そうなんですね。タイミングと言えば、先日インスタグラムでお母様と九州旅行された投稿を拝見しました。「これでやり残したことはなくなったからそろそろ航空券を取ろうかねぇ」と書かれていましたが、どんなお気持でしたか?
村本: 僕は今43歳ですが、同い年でアメリカに20代からずっと住んでいる友人が、母親が高齢だからそろそろ日本に戻って面倒を見ながら過ごしたいと話していました。僕は彼女が20代の時にしたことを43歳の今しようとしていて、老後の母の面倒を見ることができないわけです。母親が高齢になるタイミングで海外に行くということは、自分の人生とはいえいろいろなことを考えます。行きたいと思ったタイミングが今なのでしょうがないですし、母のために行かなかったら母自身も嫌がると思うので、今は特別なタイミングだと思います。
生きるためにジョークは必要

ヒロ: 今回は「タイミング」という言葉がキーワードだと思います。先日、能登で大きな地震がありました。村本さんのご家族も被災されたそうですが、村本さん自身、熊本など多くの被災地を回ってライブする中で何を感じますか?

弟は奥さんの実家が輪島だったので家が倒壊して大変だったんですが、その時熊本にいたうちの母が「何か必要なものある?」と弟に聞くと「馬刺し」って答えたんです(笑)。普通は米とか言うだろうに、米はいっぱいあるから大丈夫みたいで。馬刺しと答えるくらい日常が戻ってきている人もいる一方でまだ日常が戻っていない人もいて、温度差はまだあると思います。
これまでも大きな震災はありましたが、それ以外でもニュースにはならないけど地元の人からすると大地震と同じような衝撃だった出来事もあります。地元の人はよく、ネタは常に転がっていると言っていますね。
気仙沼に行った時、一緒に避難していた旦那さんだけが津波に流されて亡くなった奥さんにお会いしました。2人は肉屋さんだったんですが、旦那さんが流される時に奥さんに言った言葉が「良い肉が棚の一番上にあって、浸水したら使い物にならなくなるからなんとかしといて」だったそうなんです。「それが最後のセリフですよ」って奥さんが爆笑しながら言うわけですよ。周りも一緒に笑っていて、家族を亡くした人たちが震災から5年目くらいでやっとそれを笑い話にできるわけです。笑いながらもちょっと泣いている感じもあって、ジョークって生きるために必要なものなんだなと感じました。能登もいつか笑える日が来るでしょうし、やっぱり笑って乗り越えないといけないところもあると思っています。
ヒロ: 能登はまだ大変な状況ですよね。
村本: そうですね。年末年始にかけて能登の地震、海上保安庁の飛行機事故などめまぐるしく悲劇が起き続けていました。1つ思ったのは、日本人は何でもかんでも自己責任にする国ですが、本当に人が困っている時には助けようとする人が多いんだなということです。
テレビは魅力的一方で失うものも

ヒロ: 最近、X(旧ツイッター)に「王には王の相応しい終わり方がある」と書かれましたが、あれは松本人志さんのことですよね?
村本: そうです。お笑い界のキングですから、ふさわしい終わり方をしてほしいなと思いますよね。
ヒロ: 週刊誌報道(性加害疑惑)後、松本さんは活動休止中ですが、日本のお笑い芸人さんたちにとってテレビとはどういった存在ですか?
村本: 小さい街でこつこつとラーメン屋をやっていた人が、大きなショッピングモールに出店できるみたいなことですかね。ショッピングモールには認められた店だけが出店できるわけじゃないですか。でも規律を守ってみんなと足並みを揃える必要があるので、お笑い芸人にとってテレビは最高のマーケットだとも思いますが、そのせいで失うものもいっぱいあると思っています。みんなに合わせるせいで勝手なことはできない、でも代わりにお金や夢がある。
コンビニのお菓子の陳列棚のように最初からずっとあるオーソドックスな味、つまり明石家さんまさんやダウンタウンさんはずっと残り続けるけど、新しい人たちはパッと出てきて飽きられてよく入れ替わります。お笑い界でよく言うのが、3ヶ月もテレビの中にいられればすごい方なのにダウンタウンさんみたいに30年以上ずっと君臨するというのは、相当緊張感があるプロフェッショナルじゃないとダメだと。
ヒロ: カリスマ性も必要ですよね。
村本: 今の時代、ジャニーズ問題もそうだし同じことを繰り返したらいけないと叫んで感情的死刑に走る人も多いと思います。週刊文春が正しいと考える人もいて、まるで『バットマン』のジョーカーのようなダークヒーローが信用されるようになってきているような感じがします。そうすると、芸能人は週刊誌にどんどん撃たれることにもなると思います。
タブーなしのお笑いを

ヒロ: もう1つ別のタイミングで言うと、今年11月にアメリカ大統領選があります。まさに村本さんのアメリカ拠点の初年度で興味深いです。
村本: タイミングを狙っていたわけではありませんが、アメリカ人に選挙の話を聞くのはすごく楽しみです。

村本さんのアメリカからの発言などがネットニュースで取り上げられる予感がします。
村本: でもちょっと考えることもあって。以前中国の友達に台湾という「国」に行ったと言ったら「台湾は国じゃない」と。でも台湾の人に台湾という「場所」に行ったと言えば「台湾は国だから」と怒るわけです。僕のライブのお客さんが中国人か台湾人かわからないので、言葉のチョイスは難しいなと思います。
ヒロ: そういうセンシティブな話題にも入っていくのがスタンドアップコメディの魅力だったりするんでしょうか。村本さんはかなりタブーなしでいくつもりだとか?
村本: そうですね。日本は特に「これはやめた方がいい」というタブーを作りたがって、怖いからこれはやめておこうと考える国だと感じます。日本のお笑いファンには、おそらく中国と台湾の話すらわからない人もいると思います。
東京でアメリカ人がしているオープンマイクのコメディクラブを見に行った時に、日本体育大学の大麻の話が出てきました。「0.0042グラム見つかったらしいぞ」、「0.0042グラムだぜ?アメリカだったら歩くだけで口に入るぞ」って(笑)。ネタがすごく良かったですね。日本のお笑いでは、前提を知らない人が多いからネタにできないこともあります。日常会話の中でそういう話をしないし、勉強を学校だけで終わらせているということがコメディにも影響しているような感じがしています。
ヒロ: ダイバーシティの無さも影響するかと思います。カナダも、隣近所がいろんな国の人ばかりで日本と全然、違います。
笑いの神様が〝ネタ〟をくれる
ヒロ: ネタはどう作っているんですか?
村本: 以前ビリー・アイリッシュとデヴィッド・レターマンのトークショーを見ていて、作ろうと思って作ったものよりも急にふと浮かんできたものの方が良いものになるよねという話が出ました。まさにそうなんですよ。道を歩いていて急にポンっと神様が落としてくれる。なんかおもしろいなと思ったら、後から文章とかいろんなものを足していく感じです。
ヒロ: 振りやオチなどお笑いの基礎的技術はどのように身につけたのですか?
村本: 何年かやっていけば身に付くものだと思います。最初に笑いの神様が1個赤身の肉を落としてくれるわけですが、そこに何を乗せるか、どう焼くかいろいろ考えてシンプルにして作品に仕上げて出すという感じです。悲劇の中に喜劇はあると言いますが、震災が起きた時や先輩にめちゃくちゃ怒られた時、週刊誌に撮られた時、いろんな怒りや悲しみがあった時にいつも神様が「悪かったね」と言って肉を落としてくれてネタができていますね。
今回の地震で弟に「大丈夫?どうやった?」と連絡したんですが、弟の話を聞きながらネタを探しているんじゃないかと謎の罪悪感が生まれましたね(笑)。とんでもない人間だなと思いましたよ。
ヒロ: 昔から「笑いは緊張と緩和」だと言いますが、村本さんは直近のご家族の悲劇からも本能的なネタ探ししてたとは、さすがですね(笑)
村本: 悪魔ですよ、コメディアンは(笑)
(聞き手・文章構成TORJA編集部)
村本大輔(むらもと だいすけ)さん
【受賞歴】
1980年11月25日生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人。
2009年 笑わん会第10回 優秀賞
2009年 第7回MBS新世代漫才アワード 第2位
2010年 第31回ABCお笑い新人 グランプリ 審査員特別賞
2011年 第32回ABCお笑い新人 グランプリ 最優秀新人賞
2011年 第43回NHK上方 漫才コンテスト 優勝
2013年 THE MANZAI 2013 優勝
Hiroさん
名古屋出身。日本国内のサロン数店舗を経て渡加。NYの有名サロンやVidal Sassoonの就職チャンスを断り、世界中に展開するサロンTONI&GUY(トロント店)へ就職。ワーホリ時代から著名人の担当や撮影等も経験し、一躍トップスタイリストへ。その後、日本帰国や中米滞在を経て、再びトロントのTONI&GUYへ復帰し、北米TOP10も受賞。2011年にsalon bespokeをオープン。今もサロン勤務を中心に、著名人のヘア担当やセミナー講師としても活躍中。世界的ファッション誌“ELLE(カナダ版)”にも取材された。salon bespoke
130 Cumberland St 2F647-346-8468 / salonbespoke.ca
Instagram: HAYASHI.HIRO
PV: "Hiro salon bespoke"と動画検索















