第48回トロント国際映画祭 『Monster』是枝裕和監督インタビュー|#トロントを訪れた著名人
是枝裕和監督最新作『Monster』が、2023年5月にカンヌ映画祭でワールドプレミア上映された後、先月のトロント国際映画祭でも北米プレミア上映となった。本誌では、トロントでのプレミア上映直前の是枝監督にインタビューを敢行。映画『怪物』の制作や、映画祭、映画制作などへの思いについて語ってもらった。翌日のプレミア上映後の質疑応答の様子とあわせてお伝えする。
映画『Monster』について
ーご自身で脚本を書いて監督してきた作品と、今回のように他の人の脚本を監督されるときの違いがあれば教えてください。
『怪物』では自分で脚本を書いていませんが、プロットの段階から関わって3年くらいかけて一緒に話をしながら脚本を作り上げていきました。坂元裕二さんの脚本には自分では書けないようなところがあり、さすがだなと思いました。
ーご自身では書けないようなところというのは、どういう部分でしょうか。
『怪物』では最初から3分の2くらいまで、何が起こっているのか分からないような構成になっています。このような物語は自分では書けないと思います。
ー秘密基地の場面は、とても美しい空間で、子ども同士の関係を観客に納得させるのに大きく貢献していると思いました。造形を含め、どのように作り上げていったのでしょうか。
あの場面は、「銀河鉄道の夜」をイメージしています。『万引き家族』のアパートを見つけてきてくれたスタッフがあのロケ地を見つけてくれて。そこに、僕の作品で20年近く美術を担当してくださっている三ツ松けいこさんがセットを作ってくれました。あの青い電車は、俳優の黒川想矢君が青い電車の模型を作ってくれたのがちょうどイメージに合ったので、それを実際に形にしました。黒川君の作った模型は、劇中で机の上に置いてあります。
ーカナダでは性的マイノリティへの寛容度が進んでいると思います。日本的な感覚と、寛容度が進んでいるカナダとでは、この作品の受け止め方はどのように異なると推察されますか。
推察はしていませんが、このあと予定されている上映での反応を受け止めて帰ろうと思っています。
国内外での制作や、世界の映画祭での上映について
ー『真実』のフランスでの国際共同制作、『ベイビー・ブローカー』の韓国での制作を経て、『怪物』で日本での制作に戻られています。国内外の映画制作を経験されて感じたことや、それを受けて日本での制作現場において変化したことがあれば教えていただけますか。
予算が多くない日本では、余裕を持った撮影の日数を確保するのがまだまだだと感じます。
フランスで撮影したときは、1日8時間の週52時間までと決まっていました。韓国で撮影したときも、2日撮影したら1日は休むという具合で、全体で75日の撮影期間中で実際に撮影していたのは45日だけです。それも、週のうち休みの日があらかじめ決まっているので、スタッフは自身や家族が病院に行く予約を入れるといった予定が立てられます。
『万引き家族』の撮影日数は同程度の42日ですが、全体の撮影期間は50日です。『怪物』では子役もいたので、5日のうち1日、または10日のうち2日は休みを入れるといったスケジュールで、休みをたくさん入れたほうでした。日本の制作環境も以前に比べてずいぶん改善したと思いますが、まだまだです。
ー是枝監督の作品は、新作が完成するたびにトロントで上映されています。日本の他の監督の作品がもっと世界に出ていくためには、何が必要でしょうか。
デビュー作で初めてベネチア国際映画祭に参加したときは何も準備がなく現地へ行き、ああ、映画祭ってこういうものなのか、と思いました。そのとき初めてセールスエージェントやパブリシストという職業があることを知ったんです。僕はもともとがテレビディレクターだから、ほぼ取材者状態で、「映画祭って何だろう、映画祭に参加するってどういうことだろう」と自分なりに取材をしたんですよ。同じ時期に映画祭に来ていたトラン・アン・ユン監督に、どういうふうに映画祭に参加しているのかを質問して、パブリシストが大事なんだな、とか、映画をさらに遠くへ届けるためにはセールスエージェントがいるんだな、とかいうことを学んでいきました。それが最初の3本目くらいまでのことで、そういうことの積み重ねです。そのときに優れた配給会社や通訳の方の存在が重要で、試行錯誤と失敗を繰り返しながら強固なタッグを組めるようになったのがこの10年という感じです。
トロント国際映画祭・北米プレミア上映後の質疑応答
北米プレミア上映は、夜9時半の開始だったにもかかわらず客席は満席で大盛況。上映前の舞台挨拶と上映後の質疑応答に是枝監督が登壇した際には、監督が舞台に現れるたびに観客が総立ちになり、敬意を表して出迎える様相を見せていた。
上映後の質疑応答がすべて終了した頃には真夜中になっていたが、舞台袖に退場しようとする是枝監督のところに多くのファンが駆け寄る熱狂ぶり。サインやツーショットを求めるファンに対し、是枝監督は夜中にもかかわらずひとりひとりに丁寧に応じていた。
司会者 脚本家の坂元裕二さん、音楽の坂本龍一さんとの共同作業はどのようなものだったか教えてください。
是枝監督 おふたりとの共同作業はとても刺激的で、今も自分の中で大きな実りとして、財産として残っています。できあがった脚本を渡されて監督するよう頼まれたわけではなく、『万引き家族』が完成した直後の2018年の暮れに、プロデューサーを通して坂元さんから監督をしてほしいと依頼がありました。そこから参加して、プロットから脚本にしていく3年間に定期的に意見交換をしながら一緒に作り上げていった脚本なので、十分咀嚼をしたうえで撮影現場に臨めたのが良かったのかなと思います。コロナの時期に映画制作がストップしたこともあり、その時期にこの映画に向き合う時間が取れたことも良かったと思います。
最初にプロットに書かれていた設定は、東京の西のはずれで川が流れているというものでした。でも東京では撮影許可が下りなかったため、川を湖に変えようというアイデアで、坂元さんと一緒にロケ地を見に行きました。映画の冒頭にある夜の真っ黒な湖を前に消防車が走る場面、あの場所を見たときに、ここでできると思ったのと同時に、ここに坂本龍一さんのピアノの曲を入れたいと思って、僕の中で坂本龍一さんに音楽をお願いすることが決まりました。
観客 台風の場面には、『海よりもまだ深く』を思い起こしました。台風の場面にはどのような意図があるのでしょうか。
是枝監督 坂元さんが書かれた最初のプロットの中に、台風の描写がありました。偶然というか、僕も坂元さんも、世代的にもタイプ的も相米信二という映画監督がとても好きです。相米さんの映画の中に『台風クラブ』という傑作がありまして、これが台風をめぐる話なんです。僕がプロットを読んだときに思い浮かんだのは、自分の映画ではなくてその映画でした。
観客 子役について、素晴らしい演技を観るのはこれが初めてではありませんが、子役に素晴らしい演技をさせる秘訣があるのでしょうか。また、今回は他の作品と比べて少し暗い内容に思えましたが、この素晴らしい物語はどのようにしてできたのでしょうか。
是枝監督 たしかに自分で書くと、どんなキャラクターの中にもちょっとした笑える要素みたいなものを、どうしても書こうとするんです。今回は自分で書いてないので、人間の持ってる可能性みたいなものが、良い面も悪い面も自分が書くより少し輪郭がくっきりはっきりしているし、やや幅が広いんです。それが僕は新鮮だったんですよね。そこは修正せずに、むしろ脚本に沿う形で人物造形をやったつもりです。そこが多分、少し自分で書いてきた人物像とは違うニュアンスで受け取られているかもしれません。
子どもの演出に関しても、今までとはちょっとアプローチを変えています。いつもは子どもに台本を渡さずに現場で、選んだ子どものパーソナリティとボキャブラリーに合わせて僕が口伝えで台詞を与え、感情を説明していくというやり方を取ることが多いんです。今回は子どもたちが、あの年代ですけどある程度キャリアもあって、役が抱えている感情的な葛藤みたいなものが、その場その場で僕が説明して表現できるものではないなと思ったものですから、事前に台本を読んでもらって勉強会もしてリハーサルを重ねて、自分の人格の外側に湊と依里というふたりの人間を作っていきましょうという話をして取り組んでいます。本当に素晴らしい表現をしてくれたなと思っています。
観客 カンヌでクィア・パルム賞を受賞したのと同じ頃に、日本では同性婚が認められたと聞きました。それについてのお考えを聞かせてください。
是枝監督 まだ正確には認められていないんです。地方自治体によって、パートナー制度みたいな形で特例として認めるケースは出てきているけれども、まだ国が許容するところまではなっておらず遅れています。日本の社会における性的な多様性を、国も社会もまだまだ認めていないという状況が続いていて、ここカナダとはずいぶん違って、20年、30年、時間が止まっている状況だと思います。
1962年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。1995年に『幻の光』でデビュー。2014年に制作者集団「分福」を立ち上げる。『そして父になる』(2013)でカンヌ映画祭審査員賞、『万引き家族』(2018)でカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞。これまでトロント国際映画祭では、すべての監督作が上映されている。
大阪在住の映画好き。好きな監督の未公開の最新作観たさに、2009年からトロント国際映画祭に行くようになる。映画好きの短評とイラストが月イチで発行される「夜中のクロスレビュー」(https://crossreview.substack.com/)にも参加中。