vol.15|『カフェーの帰り道』|翻訳の窓から – 書評で読む世界

海外暮らしが長くなると、無性に日本を舞台にした小説や、美しい日本語が読みたくなることはありませんか。そんな時におすすめなのが、戦前から戦後にかけての東京・上野の「カフェー西行」を舞台にした連作短編集、嶋津輝『カフェーの帰り道』(東京創元社)です。
最大の魅力は、満場一致で直木賞受賞が決まったのも納得の、鮮やかな筆致。
「上野黒門町、池之端仲町の繁華街を過ぎてちょっとゆくと、そこだけ世俗から忘れ去られたような、活気のない一角がふいに現れる。互いに支え合うことでかろうじて形を保っているような、建っているというよりはしゃがみ込んでいる風情の屋並みが、くすんだ外観を羞じるでもなくあっけらかんと晒している。荒んだ感じはなくどこか長閑さが漂うのは、古書店の看板の字が笑いを誘うほど下手くそなのと、品数の少ない荒物屋の店先で、肥えた老女が猫を膝にうつらうつらしているからだろう。寒明けに相応しい陽気である。」
この冒頭から読者は一瞬にして百年前の上野へと誘われ、この店で働く女給たちと、その周囲の人々に出会うことになります。
といっても、描かれるのは大袈裟な物語ではありません。たとえば、竹久夢二の美人画のような女給が、夫の浮気相手ではないかと疑う主婦を描いた「稲子のカフェー」。出征中の息子を心配する、かつての美人女給を描いた「タイ子の昔」。兄が戦死したことを嘆き続ける母との関係に悩む幾子が主人公の「幾子のお土産」。
どの主人公も、時代の荒波や日々の閉塞感の中で、悩みや迷いを抱えています。しかし、ただ沈み込むわけではありません。どこか可笑しく、からりと立ち直る頼もしさがあります。稲子は、夫の浮気相手と疑う美しい女給にときめいてしまった自分をなじり、幾子は食が細くなった母との久しぶりの外食で、母を案じつつも、母が食べきれなかったら引き受けようとひそかに画策するのです。
泣き笑いと人々の逞しさ。極上のコーヒーを飲んだような余韻を残す一冊です。

フェリックス清香
書評家・豊﨑由美を師と仰ぐ翻訳文学書評グループBookpottersのメンバー。ライター・ブックライター・編集者・翻訳者。南フランス在住。https://linktr.ee/sayaka.felix





